328.誰か訪ねて来た
「お、おおお。赤い魔鳥……危険過ぎるだろ。平気だったのか?」
「バルトロがデッキブラシで叩き潰したの」
「マジか!」
ティナもすっかり堅苦しい言葉を辞め打ち解けることができている。
言葉遣いは俺からお願いしたんだよね。
きっかけはバルトロがティナに「その口調、気持ち悪い」と漏らし彼女がバルトロを蹴り飛ばしたことからだ。
彼女らの様子を見た俺は「いつもの口調でいいよ」とうまい具合にお願いできたというわけさ。
いつもの口調だと彼女も喋り易くなったのか、大航海の最初から語り聞かせてくれていた。
共和国が船団を用意して調査に当たろうと申し出てくれたところ、バルトロらは一隻だけにして自分達のみで気軽に行きたいと返す。
バルトロらと船を運行する船員のみという構成でたった一隻で噂の海域までやって来たところ、赤い魔鳥なる危険なモンスターが襲来した。
そいつをマストに登ったバルトロがデッキブラシで叩き落としたというのだ。
「只の鳥だ。大袈裟だぜ」
「赤い魔鳥はAランクモンスターだ。いくらエンチャントの魔法をかけたとはいえ前代未聞のことだろうな」
ひゅうと口笛を吹きうそぶくバルトロに対し、呆れたようにガルーガが返す。
「赤い魔鳥は鉄の剣だったら斬れるの?」
「そうですな。以前使っていたオレのハルバードならば重さで叩きつけダメージを与えることならできます」
ひいい。想像するとお尻がキュッとなった。
筋骨隆々のガルーガが身の丈もあるハルバードを思いっきり振りかぶってやっとこさダメージが入るモンスター……怖すぎる。
「赤い魔鳥に対処できなければ船が炎上し沈むわ。他にも飛行できるモンスターが飛来していた、のだろうと分かった」
「ほほお。原因が分かったんだ。それからそれから」
「コムルーン島に上陸して、立ち去れという圧を受けた」
「なるほど。赤い魔鳥が逃げ出すほどのモンスターがいたのか。それで」
「ヨシュア様。それだけで理由が分かるの?」
「あ、いや。モンスターのことは詳しくないのだけど、鳥と同じとすれば地上のどこかで休憩したり繁殖したりする。コムルーン島が絶海の孤島だとすれば、休むところを失った鳥が当該海域に飛来する、となるんじゃないかって」
ティナが大きなアーモンド型の目をこれでもかと見開く。
ガルーガも驚いているのだろうけど、グルルルという喉鳴りが猛獣みたいで迫力があり過ぎる。
バルトロだけはいつもの調子だったけど、俺に慣れているから特にってことなんだろうな。
「ヨシュア様の推測通り、コムルーン島にいた大海竜の圧によって鳥型モンスターが海路に出現して……が沈没の原因だったの」
「おお。大海竜、強そうだ」
「それがよ、ヨシュア様。倒さずに帰って来たんだよ」
ティナとの会話に口を挟んだバルトロがすまんと手を前にやる。
「へえ。バルトロなら大海竜でも渡り合えるから、なんか事情があったんだろ?」
「さすがヨシュア様、察しがいいな。大海竜は卵を護っていたのさ」
「そいつは俺たちの事情で排除するに気が引ける」
「話が分かる! やっぱヨシュア様ならそう言うと思ったぜ。迷ってたら意外な声が頭に響いたんだよ」
頭の中に声が響くってアレしかいないじゃないか。
バルトロに語りかけたのは神のごとき龍「リンドヴルム」で間違いない。人知の及ばぬ龍なので、距離の壁なんぞなんのそのだろうな。
もちろんここで俺が下手なことを口にすると俺の脳内に声が響くことになる。
リンドヴルムと言えば、お目付け役のオレンジ色の爬虫類は今日もシャルロッテから肉をもらいご満悦だった。
あの間抜けなニクニク言うだけの爬虫類が超生物リンドヴルムの使いなんて誰も思わないだろうな。
俺の内心をよそにティナが続きを語り始める。
「その後は覇王龍リンドヴルム様を通じて大海竜と交渉をしたの。大海竜は卵が孵るまではコムルーン島に留まり、その間は海路を変えることになった」
「なるほど。子供が生まれたらコムルーン島から去ることになったのかな?」
「うん。子供が生まれてからはしばらく海域を護ってくれることになったの。一時的に大幅に距離が増えるけど、大海竜のお墨付きってことを共和国は喜んでくれたわ」
「船乗りの間で大海竜の信仰みたいなものがあったのか」
「ヨシュア様。どうしてわかるの!? 船の守り神として御守りがあったり船首に大海竜を模した彫刻をしたり、としているの」
当てずっぽうだったんだけど……。
船乗りは古来より航海の安全を祈願して海の守り神を模した物を身につけたり、船体に彫刻したりしていた。
地球の話にはなるけど、船首に衝角がついていた時代には目立つ船首に海の神とかユニコーンやらを彫刻していたそうな。
何かのゲームか本で聞きかじった程度なので間違えているかもしれない。
「報告ありがとう。俺も冒険した気持ちになれてワクワクしたよ」
「行かせてくれてありがとうな。そうだ。ホウライのこと、聞かせてくれないか? 行ったことがないんだよ」
「冒険者だったら色んな国に行っているのかと思ったよ」
「俺は山奥ばっかでさ。連合国も帝国も未開地域の方が多いだろ? その辺周っているだけで仕事には十分なんだ」
よおし、ならばホウライ話を聞かせしんぜようぞ。
変なテンションになってしまった……。
ホウライで見た朱色の街並みや食べ物のこと、服装やユマラという協力者のことなどを語る。
お酒も交えながら喋っているといつの間にか結構な時間が過ぎていたようだった。
話はホウライのことからネラックの街のことに移り、あることを思い出す。
「そうだ。バルトロに一つ協力して欲しいことがあって」
「何でも言ってくれ」
と言ったところでバルトロの顔が曇る。
遅れてずっと給仕をしてくれていたエリーの持つポットがピクリと揺れた。
「ヨシュア様。誰か訪ねて来たようだぜ」
「こんな時間に?」
はて、と首を捻っているとルンベルクが顔を出す。
「ヨシュア様。歓談中に申し訳ありません。危急の用とのことで聖女様と御一行が直接見えられております」
「え、アリシアが!」
そいつは唯事じゃないな。一体何があったんだろう?
新たな神託があり、直接俺に伝えに来た? 俺に関わることなら有り得るけど、使いの者に書を持たせることでも事足りる。
となれば、書物では足りない事態が起こっている。
それもアリシアが直接となれば、枢機卿か聖女が伝えねばならぬような極秘事項ってことだ。
「すぐに通してくれ。みんな、途中ですまない」
「いやいや、もうそろそろお開きってとこだったろ。また呼んでくれよ。ヨシュア様」
「ヨシュア殿。本日は招いてくださり感謝します」
「ありがとうございます!」
バルトロにガルーガとティナが続く。
「エリー。執務室に移動する。お茶の準備を頼む」
「承知いたしました」
「ルンベルク。同席できる人がいたら、呼んで欲しい」
「畏まりました」
ルンベルクには「誰が」と伝えずとも問題ない。極秘事項でも共有しても問題なく、俺が相談できる人を連れて来てくれる。
具体的にはハウスキーパーの四人、ペンギン、シャルロッテ辺りだな。
俄かに慌ただしくなってきたぞ。




