325.田んぼ
田んぼだ。まさしく田んぼがここにある。
水稲があるのは知っていたし、栽培されているのだから共和国から輸出されていることも把握していた。
田園一つが目測で50メートル四方くらいだから、農場全てとなると50ヘクタール近くあるんじゃないだろうか。
10ヘクタールで300メートル四方くらいだったかな。それの五倍となると、実験農場と呼んでいい規模なのか悩むところだ。
これほどの面積を耕そうとすれば、農家の人が10人やそこらじゃ不可能だと思う。ここには農業機械なんてものはなく、全て手作業になるのだから。
田んぼがあるだけじゃないぞ。水稲が実り、黄金色に染まっている。そろそろ収穫時期と言ったところ。
「見事に実っていますね」
「竹もございます。15パーセントほどは竹林です」
イゼナの向いている方向を追ってみると、竹が密集して生えている部分があった。
「初めての試みで大豊作じゃないですか!」
「レーベンストックの方々があってこそです。彼らをジョウヨウに招き、一から十まで教わることができました。感謝してもしきれません」
顔を綻ばせるイゼナだったが、何だか含んだようなスッキリしない感じがする。
そんな彼女に替わってクレナイが前に出て片膝をつく。
「殿。殿の、え、ご懸念? 通りです」
「田んぼ作りがやはりネックだったか」
「然り」と頭を下げるクレナイ。彼に同意するように目を落としたイゼナが続きを述べる。
「おっしゃる通りです。小麦畑を作る労力に比べ、軽く10倍は。慣れも考慮したとしても数倍以上はかかる計算です」
「収穫量から計算したとして、小麦と比べて買値が3~5倍程度になる見込みでしょうか?」
「小麦と同じで魔法を織り交ぜていけば、作業効率が向上することでしょう。初年度は水を引く必要がありますが、次年度からは必要ありません」
「魔法などが『慣れ』の部分ですね」
田んぼを作るには水源が必要だ。田んぼに水を張らなきゃならないからなあ。
「これを」
クレナイから書類を受け取り、パラパラとめくる。
ほう。治水工事は大成功とのこと。コンクリートで固めたら、これまでのような決壊もなく順調そのものなのだって。
更に飛行船を利用することによって、従来型の治水工事に比べ、3倍ほどの速度で進んでいるらしい。
なので、当初数年かかりで実行する予定だった治水工事が粗方済んでいる。リャウガ川は今年度だけでほぼ完成の見込みで、もう一方のミャウガ川にも手を伸ばしていく予定となっている。
リャウガ川から人工的な支流の引き込みも進んでいて、人の手で周囲に水を溢れさせることもできそうだとのこと。
「小麦と水稲。どちらが効率よく作れるのか……という命題に対する答えはとっくに分かっていたことじゃないか」
小麦と水稲、どちらも作ることができる気候や土壌ならば小麦の方が効率がいい。
ローゼンハイムで実験した時に答えは既に出ている。
しかし、ホウライにおいては土壌の問題があるんだよな。自分の考えをまとめるかのように独り呟いた後、セコイアに目くばせする。
ん? セコイアが首を左右に振っているじゃないか。ついでにふさふさの尻尾まで首の動きに合わせるかのように。
「もう来ておるぞ」
「え? いつの間に」
「ボクらが農場に到着した後に呼んだのじゃ。都合が悪かったかの?」
「いや、街の外に農場があると分かった時点で呼んでくれても良かったくらいだよ」
「ふむ」
カッコよく決めたセコイアだったが、右手に握りしめた桃を小さな口一杯にほおばった。
「桃を食べながらだと締まらないな……」
「なかなかに美味じゃぞ」
果汁が口の端から垂れてきていて、あれじゃあ手もべたべたになっちゃいそうだな。
エリーがいればすぐにフォローをしてくれるところだが、生憎彼女はこの場にいない。
仕方ないので、俺が彼女の口元を拭ってあげることにした。
……俺の手もべたべたになったぞ……。
ええと、ユマラはもう来ているんだったか。
ユマラはお座りして桃を次から次へと食べている。籠一杯にあった桃がもう一つたりとも残ってないじゃないか!
残りは彼が前脚で握りしめた二個のみ。それも、彼の口の中に納まった。
「美味しいでありますか?」
「もっしゃもっしゃ」
そんなユマラに対し、頬を紅潮させ喜ぶシャルロッテ。
せっかく頂いたのに一個くらい食べたかった……。
呆れる俺に対し、イゼナとクレナイはまるで異なる反応をする。
彼らは俺との会話に集中していたからか、ユマラがもしゃもしゃと桃を食べているのを見ていなかったらしい。
気の抜けるユマラに対してイゼナは両手を合わせ感嘆の声をあげ、もう一方のクレナイは警戒する素振りを見せた。
「ヨシュア様。この方がユマラなのですか?」
「はい。頼りなさそうな見た目をしていますが、私とセコイアを背に乗せても平気で駆けるほど力があります」
「××××」とクレナイがイゼナに何やら耳打ちするが、ホウライ語なため何を言っているのか分からない。
少なくとも彼の警戒は解けたようで何よりだ。刀の柄に乗せた手を離してくれたのだから。
「ユマラは竹と引き換えに農作業を手伝ってくれると申し出てくれています」
「本当にユマラを連れて来てくださるとは……。竹は問題ございません。少し植えておくだけで竹林にまで成長してくれます。リャウガ川流域で湿地が出来た場所があり、自然と竹林になった場所までありました」
「なるほど。所々にあった竹林は自然発生したものだったのですね」
「はい。環境が整えばあっという間でした。竹は成長がとても早いのも特徴でしょうか」
竹は問題なし、と。むしろ「雑草」的に田んぼの邪魔をするかもしれないな。そこは、大きくなる前に引っこ抜けば良いか。ユマラの餌にもなるし、一石二鳥だぜ。
ん。何だろう。ユマラに目を向けたままセコイアが俺の服を引っ張って来る。
「ヨシュア。田を作ればいいのか? とユマラが聞いておる」
「そうだけど、田を作るっていっても色んな工程があるだろ」
桃を完食したユマラが後ろ脚だけで立ち上がり、「がおー」と鳴いた後、前脚を地面につけた。
首だけを俺の方へ向け、すぐに前へ顔を戻すユマラ。
「ついてこい」ってことかな。
のっしのっしとゆっくり歩くユマラの後ろをゾロゾロと全員がついて行く。
田んぼの端っこまで来たところで、再びユマラが首だけを俺の方へ向けた。
まだ耕されていない大地に四つの足で立ったユマラが大きな口を開き、鳴く。
「がおー」
ゴゴゴゴと地響きがした。
次の瞬間、地面が盛り上がり穴ができる。穴が広がり、土は一か所にまとめられて土塁のように積まれて行った。
あっという間に2メートル四方くらいの水を張れば水稲を育成できそうな小さな田になる空間が出来上がったのだ!
「す、すげええ。魔法かな」
「うむ。ユマラは土の精霊と縁が深いのじゃ。これくらいの作業はお手のものじゃよ」
「一日で一ヘクタールくらいの田を作ってくれそうだな」
「もう少し行けるんじゃないかの。個体によって魔力量が異なるから一概には言えんが」
シャルロッテ、イゼナ、クレナイは開いた口が塞がらないと言った様子だった。
俺もとんでもなく驚いたよ。セコイア以外はユマラの力なんて知らなかったんだから、そうなるよね。




