324.お、この香りは
「あ、あのお」
「し、失礼しました、であります!」
「飛行船の壁を壊されたら一大事だものな。目を離さないのは悪いことじゃない」
「力持ちなんでありますか!」
飛行船にパンダことユマラを連れて帰ったのだが、シャルロッテが頬を紅潮させじーっと奴を見ている。
ユマラことパンダだっけ? まあ、どっちでもいいや。
右耳がピンク色のパンダがユマラである。
シャルロッテはしばらくの間ダメかもしれない。さっき、俺とセコイアを乗せて飛行船まで戻って来たと言ったところだってのに、まるで初めて聞くみたいに「力持ち」とか言っているんだもの。
「シャルって。爬虫類好きなんじゃなかったっけ」
「爬虫類とは、どのような生物群でありましたか」
「ドラゴンとかトカゲとか、ニクニクとか」
「ゲラ=ラ氏のような生物でありますか?」
「うんうん。それそれ。仮装の時にもドラゴンの鱗を使った鎧を着ていたじゃない」
「はい! 雄々しくて物おじせず、悠々と空を駆けるその姿、憧れであります」
ゲラ=ラがふよふよ浮いていても勇壮さなんて微塵もないんだが。人の好みは様々だからな、うん。
シャルロッテの爬虫類好きに助かっているところもある。彼女は毎日、ゲラ=ラのお世話を欠かさないし、彼もシャルロッテになついているものね。
そんな彼女がユマラにぞっこんなんて、意外だった。
一方のユマラであるが、大物ぶりを発揮している。彼からしたら俺たちの縄張りである飛行船の中だというのに、寝っ転がって後ろ足を上にあげたり下げたりして完全なリラックスモードだ。
「可愛いか、あれ……」
「ヨシュア様には愛らしく見えるのですか?」
「違うの?」
「自分は雄々しさに惹かれるであります」
「あ、うん……ジョウヨウに到着したら交渉事もあると思うから頼む」
「承知いたしました!」
忙しい彼女を連れて来たのはジョウヨウとの決め事や進捗連絡もあるからである。
ユマラとイゼナたちの交渉事はセコイアに通訳をしてもらって進めるとして、連合国とホウライに関してはシャルロッテの出番になるだろう。
「あ、そうだ」
この場にエリーかアルルがいればお願いしたのだけど、生憎連れてきていない。
奥のストックヤードから、リンゴを掴んで戻って来る。
試しにユマラの前に置いてみたら、彼はお座りして右前脚でリンゴを掴む。
スンスンと匂いを嗅いだ彼はあんぐりと口を開け、リンゴを齧る。
「がおー」
どうやらお気に召したらしい。竹だけを食べるのかと思っていたが、リンゴもいける様子。
しかし、食べられるからといっていくらでも与えていいのかは悩みどころ。
そんな時は野生児の出番だな。
「いっぱい与えても大丈夫なのかな?」
「ユマラをペットか何かと勘違いしておらんか?」
「自分で節制はできるってことかな」
「リンゴは甘いからの。大抵の草食は好む」
「肥満になったり、虫歯になったら困るよね」
「ペットとは異なると言っておろう」
本当かなあ。ニクニクの姿を見ていたら、ペットとそう変わらない気がするぞ。
満腹になるまでいくらでも食べる。
リンゴが気に入ったのか、ユマラがじーっとこちらを見ているじゃないか。
「リンゴがもっと食べたいらしいぞ」
「そうみたいじゃの」
「何か訴えかけてきてる?」
「今、ユマラと会話はしておらぬ。態度を見れば分かるじゃろ」
「ペットじゃないか……」
「違うと言うておるじゃろう」
セコイアと会話をしていたら、お座りしたユマラが歩き始め俺の服の裾を前脚で引っ掻く。
これが知性ある動物のやることなのか? わ、分かった。分かったから、引っ張るなって。
渋々とリンゴをバスケットに詰め込めるだけ詰め込んで、ユマラに与える。
すると、彼は満足したようにお座りして両前脚でリンゴを掴み、むしゃむしゃと美味しそうに食べるのだった。
「ほう……」
「どこに感心するところがあるんだ?」
「そのうち分かるじゃろ」
「リンゴが気に入ったことは分かるけど……」
両腕を組み感嘆の声をあげるセコイアに尋ねてみるも、俺には何が起こっているのか分からない。
いずれ分かると言うが、たぶんくだらないことだろうから秒で忘れてしまうことにするか。
電気の時に雷獣へ協力を仰いだ。
雷獣は甘い物好きという可愛らしい一面があったが、猛獣という感じがして威厳があった。
ユマラはこう、何と言うか鳴き声も含めて何とも言えぬだらけた空気になる。
こう見えて熊を追い払うとか、強そうなところはあるのだけど、今のユマラの姿からじゃあ「強そう」なんてとても想像できない。
「大人しくて人懐っこい。一緒に仕事をするには悪いことじゃないよな」
「ユマラは盟約の概念を理解する。人間が約束を違わなければ問題ないじゃろ」
ユマラがリンゴを完食する頃、ジョウヨウに到着した。
◇◇◇
電話やメールで気軽に連絡ができない環境だから、飛行船が着陸すると大騒ぎになる。
俺が自らジョウヨウに来たことで、てんやわんやになってしまって少し申し訳ない気持ちになった。
「政務もある中、来ていただきありがとうございます」
「何をおっしゃいますか! ヨシュア様自ら来訪してくださるなどこの上ない喜びです」
中華風の姫のような装いのイゼナが顔を綻ばせる。彼女の数歩後ろを着流しのクレナイが目を光らせていた。
その他にもジョウヨウの騎士らしき人たちが護衛に当たっているようだ。
俺と寄り添うようにしてセコイアが付き添ってくれている。今回は彼女が俺の護衛を兼ねているので、近くにいてもらわないと。
ジョウヨウのがちがちの護衛がいるので、セコイアがいなくとも問題ないとは思うが、それはそれ。やるべきことはちゃんとしておかなきゃならないんだ。
国家間のお付き合いって中々に面倒なんだよね。
「実験農場は壁の外になります」
「米の生育はいかがですか?」
「それは、実物をご覧になってみてください」
イゼナの表情からすると、悪くない感触だ。
牛車に乗るように促されたけど、敢えて歩くことにした。ジョウヨウの街は見ていて飽きないし。
ひょっとしたら、まだ見ぬ食材を発見できるやもしれないから。
セコイアの鼻を頼りにしようぞ。
「なんじゃ?」
「いや、何でも」
「その顔。何か思うところがあるのじゃろ。それも失礼な方向で」
「そんなことはないって。シャルとユマラを待たせているだろ。セコイアが指示したら来てくれるんだよな?」
「うむ。牛乳娘を背に乗せ、駆け付ける手筈じゃ」
「実験農場に到着してから、お願いするよ」
「ふふん」と自慢気に鼻を鳴らすセコイアである。
その鼻、しかと活用してくれよ。
「お、この香りは」
「香り?」
「甘い果実じゃな」
「ほうほう」
素晴らしい。早速反応したじゃないか。
俺にはまだ感じ取れない。どっちの方向かセコイアに示してもらうと、都合の良いことに進行方向だった。
間もなく、セコイアの反応した匂いが俺にも分かったぞ。
この甘い香り……。
俺の様子に気が付いたイゼナがすっと横に並ぶ。
「桃の香りがお気に召しましたか?」
「桃だったんだ。いくつか持っていきたいのですが、よろしいですか?」
「もちろんです」
イゼナが目くばせすると、クレナイが反応し籠一杯に桃を入れてくれることになった。




