321.試乗
「また変わったものを作ったのじゃな」
「いつの間に乗っていたんだよ……」
さっきまで背後にいたはずだったのに、狐耳が両腕を組み「ふふん」と鼻息荒くこちらを見下ろしている。
どこからかって? ゴムタイヤ式路面機車の屋根の上だよ。
彼女は尻尾をピンと立て、自慢気にうそぶく。
「キミが宗次郎に夢中になっている間にじゃな」
「俺に見られないように裏側からよじ登ったのか。そんな涙ぐましい努力をしなくても」
「何を言っておるんじゃ? ボクがなんでわざわざ裏側に回らねばならぬ」
「お、おい」
止めるのも聞かず、セコイアはひょいっと車両の屋根から飛び降りる。
華麗に着地した彼女は膝を折り、飛び上がった。
車両より1メートルほども高く跳躍した彼女はスタッと車両の上に降り立つ。
「とまあこんなところじゃ」
「忘れてたよ。普通じゃない身体能力ってことを」
「そうかの?」
「アルルとバルトロは、ほらまあ、達人だし?」
すると俺たちの会話を聞いていた本日の護衛がすっと前に出る。
長いストレートヘアに前髪をビシッと揃えた彼女は我らのメイド、エリーだ。
「ヨシュア様。僭越ながら、私がお運びします」
「い、いや。屋根の上に登りたいわけじゃないから」
ルンベルク以外のハウスキーパーにセコイアとペンギン。それにガラムとトーレまで揃うと賑やかだなあ。
こういう和やかな雰囲気って結構好きだ。
エリーといちゃついているとでも思ったのか、セコイアが屋根の上から飛び降りこちらを見上げて来る。
「して、ヨシュア。小型の魔石機車かの? こやつは」
「仕組みは似たようなものだよ。小型化して枕木の上にレールを敷くのではなく、地面に埋め込む形にしたことで接地面もコンパクトにした」
「魔石機車は結構な幅をとるからの」
「必要な魔石もかなり少なくなったんだよ。そのためのゴムタイヤなんだ」
「ほう。ゴムタイヤとはこれかの。魔石機車に比べ揺れがなかったのお。魔石機車は荒地を走る馬車よりはマシくらいじゃからの」
「おお、揺れが少なくなったか!」
「街を走る馬車よりも断然揺れが少ないの。割れ物も運べそうじゃぞ。乗っていても快適じゃ」
「工夫した甲斐があったな」
「分かったぞ。馬車に使ったサスペンション? じゃったか。あれを応用したのじゃろ」
「そんなところだよ」
街中を走らせる路線バスの代わりになるようなものを開発したかったんだ。
魔石機車を小型化することは難しくない。しかし、曲がったり、細かな動作を行うことは困難である。
頭の中に路面電車にしろバスにしろ馬車にしろ、交差点を意識していたんだ。その考えをガラリと変えるのに時間がかかってしまった。
この前、街の様子を回っただろ。街の端まで大通りが伸びていて直線だった。
そこで閃いたのだよ。曲がらなきゃ問題ないんじゃないかって。
大通りを進めば中央大広場に来る。大通りは相当に広い道にしているから、馬車一台分程度を走らせてもまだまだ余裕があるんだよ。
もし難しそうなら、強引に真っ直ぐな道を十字に開通させるしかないかなあと思ってた。
これだけ小型化でき、レールも邪魔にならない感じだったら大通りを走らせても問題なさそうだ。
「ヨシュア様。小さな機車は何と呼べばいいの?」
「そうだなあ」
アルルのふとした疑問に首を捻る。
ここは、そうだな。じとーっとアルルに抱かれたままのペンギンを見やる。
するりとアルルの手からすり抜けたペンギンがくわっと両フリッパーを上に掲げた。
お、おお。こいつは名案が浮かんでいるのか?
「路面機車でどうかね」
「そのまんまだった……」
「ヨシュアくんに案があるのなら、君の案が望ましい」
「ん、んん。路面機車でいいか」
ペンギンに突っ込んでおいてなんだが、俺も何も浮かばなかった。
俺にネーミングセンスを求められましても。
「名前はいいとして、せっかくなら親しみやすい見た目にしてみたらどうじゃ?」
「そうですな。気球や飛行船のようにするのも良いかもしれませんな」
職人二人が妙案を出してくれた。
魔石機車は無骨な見た目をしているけど、街中を低速で走る路面機車は親しみやすい感じの方がいいかもしれない。
気球はペンギンカラーで、飛行船はクジラのように装飾したんだよな。
特に飛行船の見た目は受けが良くて、子供たちに大人気だ。魚が空を飛んでいるってね。
魚じゃないんだけど、海のないネラックやローゼンハイムの人たちがクジラを見たことがあるわけがなし、仕方ない。
そういえば、俺もこの世界でクジラを見たことがなかった。
でも、バルトロが知っていたからクジラはいるはず。彼ってああ見えて結構絵が上手なんだぜ。
飛行船のクジラは彼のイラストを元に作っているからね。
「ペンたんにするの?」
「それもいいな。ペンギンさんがいいなら」
「機車とペンギン……私は別に構わないが、路線によってカラーを決めた方が分かりやすい」
アルルの意見にも真剣に返してくれるペンギンである。
あ、確かに。
今回は小型機車路線を一本だけというわけじゃない。街の交通を支えるべく導入するわけだから……。
日本の地下鉄みたいにカラーリングで分かりやすく区別するのは良い案だ。
それぞれの小型機車をラッピングするかあ。
「ん? バルトロ」
「ヨシュア様。難しい話もいいけどさ、乗らねえのか?」
「お、おお。そうだった。すっかり待ち構えていたのを忘れていたよ」
「運転は任せてくれ。だいたいコツをつかんだ」
「頼んだ」
屋根のある運転席部分にはバルトロとアルルに乗ってもらって、残りは後ろに乗り込む。
「ここからの酒もいいものですな」
「そうじゃの」
ずっと飲んでいる職人二人。
揺れで乗り物酔いしないか心配だよ。彼らにとって成果物を見ることは打ち上げみたいなもんなんだろうな。
小型機車を完成形に持ってくるまで相当頑張ってくれたんだ。飲むな何てことは言わないさ。
プアアアア。
バルトロが汽笛を鳴らす。このサイズだと汽笛ってのも似合わないかもしれない。
笛……うーん。音を鳴らすのは「危ないぞ」って意味合いもあるから、聞こえなきゃ意味がないからなあ。
難しいところだ。
腕を組んで唸ったところで小型機車はゆっくりと動き始めたのだった。
「おっと」
さすがに安心し過ぎたか。よろけて背中がエリーの胸元へダイブしそうになるところを手すりを掴んで元の姿勢に戻す。
中央で座って宴会をしている職人二人はともかく、セコイアもエリーも加速時の揺れにはビクともしていない様子。
重心が安定しているんだろうな。二人とも。エリーなんてペンギンを抱っこしているってのに。
「スムーズに進んでいるな」
「そうだね」
ペンギンも小型機車の進み具合にご満悦のようだ。彼が乗車するのは二度目だけどね。
計画から携わったものが完成したんだ。嬉しさはひとしおだよな。俺もそうだよ。
「ゴムタイヤがどれくらい持つか、様子を見つつ本数を増やしていく感じかな」
「路線を増やすのにも工期がそれなりに必要だ。工事が完了する頃には結果が出ているんじゃないのかね」
「確かに。淀みなく工事を進めることにしようか」
「資材やらの調達も大変だろうが、私もタイヤの摩耗については協力するよ」
流れゆく景色を見ながら、ペンギンと同じように悦に浸る俺であった。




