320.開通
農場からぐるりとネラックの外周を回ってみた。ネラックには城壁が無いのでハッキリと街の外と中を隔てるものはない。
5万人を超える規模の街で城壁がないのは極めて珍しい……と思う。
街には何故城壁があるのだろうか?
それは防衛と治安の為である。当たり前と言えば当たり前……。夜の暗闇に紛れて悪漢どもが街に侵入し、夜な夜な悪事を働く、なんてことも?
実のところ、悪事を働く人の侵入を防ぐためではなく、逃がさないようにする効果の方が高い。
盗みを働き、街の外のアジトへ逃走するためには城壁を越えねばならない。城壁を越えるのは目立ち過ぎるため、街の中に潜伏するというわけさ。
翌朝には検問で徹底的にチェックできるし、街の中を捜索だってできる。
じゃあ、防衛の役目を目的としていないのかってなると、こちらもまた重要なんだ。
聖教国家と周辺諸国では長い間戦争が起きていない。平和な世界万歳なわけであるけど、外敵が存在する。
そう、モンスターだ。
狼や熊くらいなら「外敵」とまでは言えないが、モンスターとなると話が異なってくる。
モンスターは猛獣より強く、知性の高いものも多数いてさ。人里に現れることもある。
さすがに城壁を破壊して侵入してくるなんてことはないので、城壁があると安心だよね、というわけさ。
最近じゃ滅多にない(少なくとも公国では)が、飛竜の群れが襲来すると緊急事態になる。
城壁はあくまで地上から押し寄せる敵に対しての防衛を想定していて、空から来られたらあっさり突破されるのよね……。
地上戦しかできない我々に対し、空からなど辛いったらありゃしない。
万が一に備え、バリスタと呼ばれる大型の弓を用意していたりする街もある。
ネラックでも準備をしていたのだが、今では倉庫の奥底にしまってあるんだ。リンドヴルムの奴が目を光らせていてね。
あいつ、同胞には甘くてさあ。バリスタが飛竜対策と知るや頭の中に声が響いて、うるさいのなんのって。
バリスタを引っ込めるかわりに飛竜を近づけさせないように約束をすることで一応の解決をした。
空を飛ぶモンスターは飛竜だけじゃないってのに。巨大な鳥も中々に厄介なんだぞ。
なので、バリスタを廃棄せず使えるようにはしている。
話が横道に逸れてしまったが、ネラックはどこまでが街と判断することは難しい。
なので、大通りが途切れて200メートル先くらいを目安に回ってきたんだ。
直進で中央大広場まで到着できるのは我ながら良くできた街だと思う。8本ある大通りまで出さえすれば、最短距離で中央大広場まで行けるのだから。
馬車も悠々と通ることのできる道ってのも良い。
「いかがでありましたか? 閣下」
「徒歩で荷物を持ったまま、端から中央大広場まで行くとなるとそれだけで大仕事になってしまいそうだな」
「1時間くらいはかかりそうでありますね」
「いやいや、1時間半は余裕だろ」
人口規模7万人の街となれば、中央から10キロ四方に広がっているくらいじゃないかな。
この先、外からの人口流入で急増することはなさそうではあるが、緩やかに人口が増加していく見込みである。
更に中央まで遠くなったら、商店街まで来るにしても大変だよ。
「馬車駅を導入いたしますか?」
「馬車用に道を引くのもいいよな。でも、せっかくなら、カガクトシらしいものでもいいかなってね。馬は馬で管理が結構さ」
「竜車にいたしますか!」
「あ、いや。同じことだろそれ……」
爬虫類大好きのシャルロッテに火を付けてしまったらしい。
ダチョウより一回り大きいくらいの騎乗竜という生物がいるんだよ。馬より維持費はかからなくて乾燥にも悪路にも強い。
問題は馬より繁殖が難しく、増え辛いことなんだよね。
生産コストが馬の数倍するし、馬よりは「多少良い」程度の品質だから連合国ではあまり見ることはない。
乾燥地帯だとラクダじゃなくて騎乗竜が馬車を引っ張っている。ラクダは恐らくこの世界にはいない……確信は持てないけどね。
◇◇◇
あれから二ヶ月余りが過ぎようとしている。
夏が過ぎ、再び収穫祭の時期が近づいてきた。俺はと言えば相も変わらず政務に追われる日々だ。
ええとあと一年くらいだっけ……? 約束の三年まで。良く分からなくなってきた。不味い、不味いぞ、この状況。
しかし、街の運営は安定してきたし、連合国としての体制も固まりつつある。
もう一歩、もう一歩だぞ。俺。
愚痴はこのくらいにしておいて、今日はいよいよ待ちに待った実証実験の日なんだ。
この後、ホウライにも行かなきゃならないし、盛りだくさん過ぎる日々はいつものことである。
「いよいよじゃな」
「ですな、ですな」
職人のガラムとトーレも興奮気味だ。しかし、お酒は手放さないところは彼ららしい。
鍛冶場から徒歩で10分くらいかな。屋敷と鍛冶場を結ぶルートに実験用の路線があるのを覚えているだろうか?
魔石機車を実験した際に作ったレールがそのままに放置されている。屋敷から鍛冶場に向かうだけで魔石機車を動かすにはコストに見合わな過ぎるだろ。
しかし、この線路は魔石機車の改良実験に今でも使用されているのだ。
そんな魔石機車の路線に沿うようにしてアスファルトのが敷かれ、一本のレールが伸びている。
そのレールは列車のレールと異なり、地面に埋まるような形で作られていた。
プアアアア。
汽笛の音が響き、軽トラックの運転席部分のような機関部の後ろはトロッコが引っ付いていてという独特な姿をした乗り物の姿が大きくなってくる。
横幅は馬車より若干小さいくらいでトロッコ部分は荷台にも人を乗せることもできるようになっていた。
魔石機車に比べるととても小さい。そうだなあ。通勤用のバスくらいかな。
正面から見ると中央部分がレールに固定され、左右にはゴムタイヤがついている形だ。ゴムタイヤは一定間隔で取り付けられ、見た感じちゃんと回転して滑らかに動いている。
目の前に来たところでギギギギギと金属音を響かせ小さな列車が停車し、バルトロとアルル、そしてペンギンが運転席から降りて来た。
「いやあ。こいつはこいつでおもしれえな! ヨシュア様。誘ってくれて感謝するぜ」
「乗り物と言えば真っ先に顔が浮かんだのがバルトロだったんだよ」
「しかし、よかったのか? ヨシュア様や職人の二人を差し置いて俺が乗ってしまって」
「うん。動くまではガラムとトーレが腕によりをかけてくれた。それに、何が起こるか分からないだろ。そうなったら任せられるのはバルトロだろ」
「ははは。ヨシュア様は相変わらずうまいこと言ってくれるな! アルルは俺たちの中で一番身が軽い。何かあれば俺の『超直感』で対処可能だ」
「ペンたんはアルルが護るから」
バルトロに声を重ねるようにして、アルルが抱っこしたペンギンをぎゅっとする。
「ペンギンさん、どうだった? ゴムタイヤ式路面機車は?」
「問題ない。ゴムの精度が心配だったが、これなら耐えうる」
「おお。耐久性のチェックは一路線だけ開通させて様子を見ながらがいいかな?」
「そうだね。スピードを抑え、万が一にも備えるようにしようか」
よしよし。いい感じだ。




