319.ゴムがいっぱいあったな
シャルロッテと並走し、大通りを進む。アルルは俺の後ろにちょこんと乗っている。
彼女が用意してくれたのは馬だった。馬車より馬の方が動きやすいので助かる。
「お、おお。ここで農場・畜産エリアに変わるのか」
「はい。ハッキリとした切れ目になろうとしております」
一年ほど前に農場まで来た時は何もない荒地に突然農場が出現する感じだった。
しかし、今となっては農場と住宅地が繋がりそうな勢いである。ほどなく家の裏手が農場や牧場という状態までになるだろうな。
報告を受けていたとはいえ、実際に見るのと読むのでは大きく異なる。やはり、視察してよかった。
キャッサバだけじゃなく、先日食べたホウレンソウや中世ヨーロッパには存在しなかったジャガイモやサツマイモまで栽培している様が見える。
公国の農業を立て直すことができたのも、地球で言う新大陸産の作物があったから。カボチャも良いし、芋類は強い……。他には豆類もなかなかのものだぜ。
「トーマスさん! ヨシュア様。丁度トーマスさんがいらっしゃいます」
「お、おお?」
俺の視力だと分からないけど、トウモロコシ畑の緑の隙間からトーマスがこちらに向け手を振っているらしい。
トウモロコシは背が高くなるから、どこにいるやらだよ。
「ヨシュア様。しばらくぶりです」
「一ヶ月ぶりくらいかな? ネラックの農業・畜産は順調そのものだ。輸出の件も助かってる」
「ここまで順調なのはキャッサバという宝があったからです。不毛の地なんてとんでもない」
「農家の人をまとめてくれなきゃ、ネラックに農産物を供給することなんてできなかったんだ。トーマスがいてこそだよ」
トーマスと大工の棟梁ポールは今でも俺主催の定例会に出てもらっている。
トーマスには農業・畜産の統括を任せ、ポールには街の建築関連を取り仕切ってもらっているんだ。
最初は人を率いていくということに慣れない感じのトーマスだったけど、今では立派に役目をこなしてくれている。
朴訥で頼りない感じがするのが受けがいいと聞く。真っ向から対立するような意見を左右からぶつけられても、人柄でいなしつつ妥協点を見出すことにかけてはピカイチだ。
俺が帝国やらホウライに行っていたため、定例会をスキップしたりして彼としばし会っていなかった。
トーマスは統括者であるが、麦わら帽子によく日に焼けた肌、首に巻いた手ぬぐいと農作業にも精を出しているのが見てとれる。
今も農作業中だったのだろう。手には土が付着している。
そんな彼の手を取り、ギュッと握手を交わす。
ギョッとするトーマスだったが、にこやかな笑顔で返した。
「ヨシュア様……?」
「勤勉なことは良い事だけど、無理し過ぎないでくれよ。トーマスに倒れられると困る」
「は、はい。はいい。もちろんですっ!」
「休暇は大切だ。必ず取るようにして欲しい。他のみんなにもよろしくな。成果を出すために人が休んでいる間に働くという考えにならないように注視して欲しい」
言ったぞ。言ってやったぞお。
トーマスの手の泥は勲章だ。嫌な気なんてするわけないだろうに。
彼の手の汚れがネラックの農業を支えているのだ。ありがたや。
しかし、それはそれ。これはこれ。休暇を取ることを世間に広めていかねばならん。
誰しもが当たり前に休暇を取るお国柄。俺の目指すところだ。領民の休暇なくして俺の休暇なし。ヨシュア。心の俳句。
目に涙を浮かべたトーマスが落ち着くのを待ってさっそく本題に入る。
「農場は外へ外へ広げていくことができるから、広さは問題ないと考えているけど合っているかな?」
「はい。おっしゃる通りです。ですが、そろそろ大き目の管理所があればより便利になるのではといったところです」
「なるほど。種や農具を保管しておくようなところかな」
「はい。寄合所も含めたものにしたいなと」
「いいアイデアだと思う。農場も広くなってきている。農家の人は農場方面に家があるけど、最初の頃の人は農場まで遠いものな。引っ越ししたい人がいたら認めよう」
「ありがとうございます!」
「農場・牧場の中に小屋や管理事務所を建てるのは問題ない。だけど、ずっと生活する家を建てるのはまだ控えて欲しい」
「そこは重々。勝手に住み着かぬよう目を光らせております」
農業も街が抱えている問題に似たようなことが起こっているんだな。当然と言えば当然か。
農業地域に民家を建てない方針を変えるべきか……そうなるとなあ、今のように計画的に街を作っていくことが困難になってしまう。
警備範囲も曖昧になるし、家を建てるにも建材を運ばなきゃなんないし。農地の中に思い思いに家を建てると道の問題も出て来る。
農業も畜産も荷物を運ぶ作業が必ず発生するものだ。農具やらを置いておく場所は今でもあるのだけど、収穫後に商業地区の倉庫まで持っていったりもあるからな。
大量輸送に対しては既に魔石機車の駅を作ることで対応している。
駅は農場エリアに入って徒歩5分くらい進んだ場所にあるので、駅周辺に物資を集積してから魔石機車で商業地区の倉庫まで輸送する手筈だ。
農地が広がると駅まで運ぶのも大変になってくるよなあ。
「台車の改良を行う予定だから、完成したら試してみて欲しい」
「もちろんです! いつも問題が深刻化する前に動かれる手腕。感動です!」
「本当は自走する台車みたいなものができればいいんだけど、技術的に作れそうになかったんだよ」
「ヨシュア様の頭脳はどこまで見通されておられるのか……」
軽トラがあれば全て解決するんだが、無理です。作ることなんてできません。
列車を作ろうとなった時に車も作れるのか検証したんだよね。
結果はさんざんたるものだった。
魔石機車はブレーキが申し訳程度にしか付いておらず、燃料の投入を調整し速度を落とし停車させている。
それだけだと、駅に停車させることは難しいので走るくらいのスピードになったらブレーキをかけ停車、という具合。
レールの上を走る列車なら、それでいいのだけど、車となるとそうはいかない。
レールを引っ掻けるようにしてブレーキをかけるのならまだしも、車体側でブレーキをかけるには工作精度が足りなかった。
もし、自動車の技術者がいれば何とかなったのかもしれないけど、俺とペンギンだけじゃ検証しつつ探っていくしかない状況である。
走らせるだけならできるけど、コントロールも利かないし止まれない。
事故が多発する未来しか見えないだろ? というわけで自動車の導入は不可能と判断した。
「台車の改良とは……ワクワクしてきました!」
目を輝かせるシャルロッテに対し曖昧にはにかむ。
「台車の改良は難しいことじゃない……と思う。材料の目途が立ったことだしね」
「そうでありますか! 楽しみです」
ホウライから輸入しているゴムが鍵になる。
木製車輪からゴムタイヤに切り替えれば、運搬効率が上がるはず。
ゴムタイヤをどんな形で導入するか、はペンギンと相談中だよ。




