318.街の交通網
「いやあ、美味しかった。美味しかった」
「変わった味でしたね。癖になりそうです」
「大森林、侮りがたし……だな」
「ヨシュア様。同じことをバーデンバルデンでもおっしゃっておりました!」
「バーデンバルデンのラーメンも素晴らしかった」
「で、ありますね」
ん。「そうですね」じゃなくて「で」何だってんだろう。
インド風カレーこと大森林料理ネラック風を食し、幸せな気分で外に出た。
シャルロッテは目標地が決まっているのか、ズンズン進んで行く。
大通りを進むと到達する場所は決っている。そう、中央大広場だ。
例のアレが横目に映り、げんなりする。
「シャル。中央大広場に向かっていたのか」
「『交通』についてはヨシュア様が自ら領民に聞いてみるのも良いのかと愚考したわけであります!」
「なるほど。『で』の続きは意見を吸い上げることだったのか」
「領民のみなさーん!」
シャルロッテの声が大きい。
こういう時には良く通る大きな声は役に立つ。拡声器なんてものなど、彼女には必要ない。
せっかくの機会だ。俺も領民の声を直接聞けるなら聞こうと思っていた。
時間もまだあることだしね。
「ヨシュア様とシャルロッテ様だ!」
「ヨシュア様!」
「護衛のメイドの人もいる!」
「ヨシュアさまあ!」
うわあ。
中央大広場は交通の要になっている。であるからして、人を集めるに適しているのだ。
あっという間に人が集まり、群衆となる。
ひょろい像を背に街の交通について聞き込み調査が始まった。
そこ、俺の前で像に祈るのを止めるように。心の中で思っていても、口に出して言えない大人な俺であった……。
「……なるほど。領民の皆さん、ありがとう」
演説の時は為政者として偉そうな言葉遣いをするけど、普段の俺はこんな感じだ。
「もう大丈夫だよ」と手を振ると、群衆たちはバラバラとばらけていく。
何とよくできた領民なのだろう。
訓練が行き届き過ぎていて怖い。
帝国では厳重な警備を受けていたが、ネラックではアルルかエリーがいれば全く支障がないのはネラックの領民によるところが大きいのだ。
彼らは俺が街を歩いていても寄っては来ず、近くを通り過ぎた時に挨拶をしてくれるくらいに留めて置いてくれる。
「お客様」である帝国なら仕方のないことだけど、騎士たちがスクラムを組んでくれないと集まった人々によって立往生してしまう……と思う。
どんなアイドルグループだ、って話だよ。
「シャル。馬か馬車を手配してもらえるか?」
「はい! すぐに!」
敬礼したシャルロッテはアップにした赤毛を揺らし、駆け出す。
急がなくてもいいのに。
「アルルが行くのに」
「アルルが行ったら、護衛がいなくなっちゃうぞ」
「それはダメー」
「だろ」
アルルの表情がくるくる変わる。それに伴い彼女の耳も忙しなく動いた。
彼女が戻ってくるまで、メモしたことと「交通」に関する書類を見比べておくかな。
噴水前のベンチに腰掛け、パラパラと書類をめくる。
「ふむ。実際の声と集めた情報はほぼ同じか。どう対応するかなあ」
「ん?」
立ったまま首を傾けるアルルに向けにこやかに微笑む。
「アルル。横に腰かけてもらえないか。俺の話相手になって欲しい」
「うん。だけど、わたし、難しいこと、分からないよ?」
「難しい事じゃないさ。ほらさっき、みんなの意見を聞いていただろ。思っていることを集めたメモと書類だから、アルルの意見も聞いてみたいと思ってね」
「いつも、優しい。アルルは考えること、苦手なのに。ヨシュア様が分かりやすく言ってくれるから」
賢公など世間で言われているけど、俺の頭の作りは大したものじゃない。
そら、曲がりなりにも公爵から辺境伯、大公とやってこれたのだから平均よりは上だと自負している。
だけど、数千人に一人の天才とか頭がきれる……なんてことはない。
平凡の域はでないさ。それでもやっていけるのは、適材適所に素晴らしい人材がいてくれるから。
能力があるにこしたことはないが、司令塔に必要なのは頭脳だけじゃないってことさ。ははは。
分かりやすく、誰にでも理解できるように説明するってことは大事なことなんだぞ。
それに彼女に自分の考えを述べることで、自分の考えを整理することができる。
付き合わせちゃってすまないが、シャルロッテが戻ってくるまでなので我慢して欲しい。
「アルルにも手伝ってもらったけど、予め大広場から大通りの位置を決めただろ」
「うん!」
ルンベルクに白線でいいので、予定地をと頼んだのが昨日のことのようだ。
十字ではなく、斜めに更に二本の道を追加しておいてよかった。当初予定では1万人規模でも耐えうるように、馬車の往来が活発になっても往来に支障をきたさないようにと計画した。
馬車が交差し人も歩いて……ができる道幅があるのは大通りだけだ。
十字では使うことのできる道は四本に対し、今の大通りなら八本使うことができる。
急激に増えた人口でも大通り沿いにまだ店舗を建てることができるのも、大通りが八本あるからだ。
大通りは街が広がるに合わせて伸ばしていっているので、街の端まで大通りを歩けば到達する。
「大通りがあるから、馬車でも移動しやすくなっているんだけど……それでも交通に支障が出ていてさ」
「馬車がいっぱいだから?」
「それもあるけど、街がどんどん大きくなっているだろ。そうなると、道がどうなるかな?」
「長くなるよ!」
「端に住んでいる人が中央大広場まで来るのが、日に日に遠くなっていっているんだ」
「大変!」
「そうなんだ。念のために遠くに作った農場にまで到達しそうで、農場側はこれ以上家が建つことはなさそうなところまで来ている」
「家が建てられないと、外になっちゃう」
「農場側以外の方向に伸ばせば大丈夫だよ。そろそろ人口の急増も止まると思う」
「よかった! 家がないと大変」
自分のことのように喜ぶアルルに思わず頬が緩む。
住居については問題ない。更に人口が増えたとしても、流石に10万人を超えてきたら周囲に村を作った方がいいかもしれない。
辺境側は今のところネラック以外の居住区はないからね。
「それでな、端の方に住んでいる人が中央まで移動するのに大変だろ?」
「重たい荷物を持っていたら、大変」
「そそ。なので、交通が問題になってきたってわけさ。魔石機車の駅があるのは農場方向だけだしね」
「わかった! 見に行くために、馬車、呼んだんだね!」
「その通り! 実際どれくらい遠いのか。本当は徒歩で行きたいところだけど、街をぐるりと回りたいから」
「えへへ」
広がった街を徒歩だけで賄うには限界が来ている。
徒歩以外の交通手段を準備したいところなんだよね。警備兵は馬を使ってもらうとして、領民全員に馬を使わせるのも難しい。
必須なら馬を支給することもできなくはないけど、馬は自転車と違って放置するわけにはいかないからさ。
ローゼンハイムのように馬車を走らせるのが、最も早い解決策だ。
馬車を走らせるにしても、どこに停車させて人を乗せるのかを考えなきゃならない。その為にも現場を見ておいた方がいいというわけなのだよ。




