314.カキ氷
ネラックに戻ってから早二ヶ月が過ぎようとしている。
ホウライへの食糧支援は順調だ。帝国とレーベンストックの協力も取り付けることができた。
といっても無償支援ではない。ちゃんとした貿易だよ。
ホウライで見繕った品々が功を奏したのかというと、多少役に立った程度である。連合国……特にネラックとしては得るものが大きかった。
魔工プラスチックとゴムが大量に手に入ったからね。他国は金属の輸入が多くを占めた。
鉄、銅、スズとお馴染みの金属だけど、青銅の需要が高いんだよ。特にスズの量が限られているから、結構な高値で取引されたとホウライ関係者が喜んでいた。
俺が見繕った中では絹のフランネルくらいかな。肌触り抜群で良い物なのだけど、単価が高い。
俺が過ごした宿は日本で言うところのロイヤルスイートクラスだったので、バスタオルまでフランネルだったけど本来お手軽に使うことができるような製品ではない。
それでも、貴族や街の高級店からは輸入の依頼があったとのこと。全部外れにならなくてよかったよ。
「ふう。すっかり暑くなったなあ」
ネラックは夏でも過ごしやすい。クーラーなんて無い世界なのでうだるような暑さだと仕事にもならんと思う。
そうなれば真っ先にクーラーの開発を行っていただろうなあ。国の魔道具職人と宮廷魔法使いに加え技術担当の文官も集め、トップダウンで無理無理でも開発を断行する。
必要は発明の母といいますか、クーラーの魔道具が開発されれば瞬く間に広がり、値段もこなれてくるものだ。
一時的に技術者という技術者を全て集めることは強烈なコストになるけど、やる価値はある。
そういうわけで、クーラーどころか製氷機なんてものも無かった。
しかし驚く事なかれ。試作品一台限りであるが、製氷機(魔道具)を作ってしまったのだよ、だよ。
お、噂をすれば来た来た!
「ヨシュア様。お待たせ致しました!」
「ありがとう!」
エリーが持ってきてくれたのはカキ氷である。ついに来たカキ氷!
シロップは大麦から作った水あめにベリーの身を砕いたものを混ぜた。更に、ホウライ産の小豆を乗せている。
小豆とベリーの組み合わせはどうかなと思ったが、見た目はとてもおいしそうだ。小豆はホウライで食べたような味付けじゃなく、たっぷりと砂糖を使っている。
ふ、ふふふ。
エリーにも座ってもらい、一緒にカキ氷を頂くことにした。
「いただきます」
お互いに胸の前で指先で四角を描く。おなじみ聖教の祈りのポーズである。俺は特に聖教を深く信仰しているわけじゃない。エリーがするから俺もやる程度である。ペンギンやセコイアと一緒の時は手を合わせていただきますをしていることが多い。
シャリ。
スプーンですくった氷を一息にほうばる。
冷たーい。
これだよこれ!
「アルルは?」
「もうすぐ来ます」
「カキ氷も?」
「はい。準備しております」
と会話していたらアルルもやって来た。
美味しくてついついガッついたらキインとなって、顔をしかめる。アルルも同じだったらしく、耳をしゅんとさせていた。
エリーはさすがである。このような時でも落ち着き、いつもの調子でゆっくりと味わって食べていた。
そんな彼女が手を止め、真っ直ぐ俺を見つめてくる。
「製氷器……でしたか。こちらは市場に並ぶのでしょうか?」
「今のままだと難しいかな。魔力を使い過ぎるし、出来た氷を維持できないのが問題だ」
「確かに。氷ができるまでに数時間かかります。夜のうちに作っておいて……としたいところと愚考いたします」
「俺としては製氷機でみんなの心が一つになれたことで十分さ」
帝国から戻った後すぐに研究開発部門を強化したいと思い立ってね。ローゼンハイムには魔法的な研究機関と俺が公爵になってから新設した技術研究部門がある。ネラックはネラックで科学と魔法を融合させた技術を取り扱う部隊ができていた。ペンギンとトーレたちが開発・検証を行って製品にしても、それらを生産する部隊が必要だろ。
ペンギンらが職人たちに逐一指導するほど手が空いてないので、専用の人員を用意したというわけだ。それが、ネラックの技術部隊である。
これを取りまとめる意味で、各部門から代表者と代表者が選出したメンバーを三人つれて定例会を行うことにしたのだ。
取りまとめるは技術開発担当教授フリーマンと宮廷魔術師長、そして俺とオブザーバーでペンギンである。ネラック側は新設ということもあり、公国側ほどの経験と知識のある人がいなかった。ので、俺自ら率いる。
本当は連合国の技術部門頂点にペンギンを置きたかった。
たが、二つの理由により断念する。
一つは本人の希望。これが大きい。ペンギンは今のようにガラムやトーレたちと少数の人たちと共に実験と検証をしたいと望んでいる。いずれ、彼には大学か何かで教鞭をふるってもらいたいところだが、今じゃない。
もう一つ、これもペンギンの意見であるが、彼とローゼンハイムの研究機関は考え方からやり方までまるで異なる。
ローゼンハイムにはローゼンハイムのいいところがあるので、ペンギンと歩みを揃えるのではなく、ローゼンハイムはローゼンハイムで進め、積極的に情報共有する方が開発に良い影響を及ぼすはずだとね。
彼の意見に対し、俺に否は無い。むしろ、「確かに」と膝を打った。
統合せず敢えて分けることで、お互いに切磋琢磨し競争原理も働くだろう。
それに、完成に至るまでの方法論が異なることも肝要だ。
綿毛病の時にオジュロと俺たちが全く別のアプローチで解決した。どちらも成功したからバンザイというわけじゃなく、複数の方法論があれば解答を得られる確率もあがるだろ。
どちらもあと一歩のところまで進んで失敗したとしても、情報交換することで成功に導けるかもしれないし、どちらかだけが成功するパターンもあるだろう。
更に別々の答えから完成品を効率化することだってできるかもしれない。
そういうわけでローゼンハイムとネラックの技術研究者の交流が始まったわけで、その成果が製氷機というわけなのである。
決して俺の欲望のままに作らせたわけじゃない。
残念ながら製品化を行うには難しいと判断したわけだけど、交流を行った産物と考えれば上々だ。カキ氷も美味しいことだし。
「本日はごゆっくりなされるのですか?」
「いや、そういうわけにもいかないんだ」
「昨日、政務がある程度終わられたとおっしゃっておられましたので、浅はかな発言、申し訳ありません」
「いやいや。国家運営に関する政務は何とか片付けたのは事実だよ。すぐにまた大量に降って来るけど……他のこともあるんだ」
「他……と申されますと?」
「市政だよ。俺たちが住む街、ネラックのことについてちょっとね」
「ネラックはヨシュア様の直接統治地域であらせられます。街の運営もヨシュア様が担っておられて領民も安心して暮らしていけるというものですね!」
「ネラックだけを見ていられればいいんだけど……」
文官は増やした。しかし、連合国となったことで国家運営もしなくちゃならない。
追放中はネラックの街と国家がイコールだったからなあ。
大丈夫。市政に関しても人を増やした……きっと、大丈夫……。
8巻発売に伴い、しばらくの間連日更新いたします!




