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313.閑話 共和国で大航海3

 赤い魔鳥が気圧され島へ降り立つこともできない。そんな気配を辿ることは熟練の冒険者たる三人には容易いこと。

 ガルーガは鼻歌交じりにファイアルビーの刃を持つダガーをひょいひょいと振るうバルトロに苦笑する。

 彼にとってこの重圧は重圧ではないのか。彼の飄々とした立ち振る舞いを見ていると、ガルーガもまた気持ちが落ち着くのだった。

 バルトロにその気がないのはガルーガとて分かってはいるが、彼が自分とティナを引っ張ってくれている。

 彼がいてこそパーティはパーティとして成立しているのだと。

 

「いねえな。ガルーガ。ティナ。何か感じるか?」


 前を向いたままダガーで藪を切りつつ、バルトロが尋ねる。

 唐突な彼の発言に首を傾けるガルーガであったが、ティナは即座に反応した。

 

「肉でも欲しいのか? 猫より大きな動物はいなさそうよ」

「そっか。お、これなら食えるか?」

「どうしてお前はわざわざ現地で食糧を確保しようとするんだ! 持ってきているだろ」

「大事の前には腹ごしらえだろ。食糧も限りあるじゃねえか」

「船に戻ればあるだろ!」


 「また始まった」と呆れるガルーガだったが、ピクリと耳が動く。

 彼の反応と同じくして、ティナとバルトロの二人も会話を止め、姿勢を正す。

 次の瞬間、地鳴りと共にバサバサと鳥という鳥が飛び立つ。

 

 影。

 昼間だというのにガルーガら三人の周囲が暗くなる。空は晴天で雲一つないにも関わらず。

 影の正体は巨大な何かだった。

 木々を薙ぎ倒し、その巨体が地に降り立つ。


「痺れを切らして向こうからやってきたってわけか」

「バルトロが叫ぶから」

「おいおい、俺じゃねえだろ。きーきー。いたた」

 

 ティナが背伸びしてバルトロの耳を引っ張った。

 巨体を前にしていつもの調子の二人にガルーガの体から緊張が抜ける。

 二人を見ていると、巨体を前にして気圧されるどころか自然と体が動く。ガルーガはハルバードの柄に手をかけ、いつでも動けるように身構えた。

 対する巨体は優に三十メートルを超える。

 竜のような表皮は白銀で、ガルーガたちからは見えぬが背はボコボコとしたつららが逆向きに生えたような甲羅に覆われていた。

 足の代わりにヒレを持ち、首は太く長い。巨体は鋭い牙が生えそろった口を大きく開け、彼らを威嚇している。

 

『ガアアアアアア!』


 巨体の咆哮に倒木が吹き飛び、葉と土が舞う。


「この圧力。さしずめ大海竜とでも呼ぶか。奴はやる気に溢れているようだ」


 バルトロの軽い感じに合わせるかのように冗談交じりににいと牙を見せるガルーガ。

 一方でバルトロは武器も抜かずにずかずかと巨体こと大海竜へにじり寄る。


「何か事情があるのか?」


 バルトロの問いかけに対し大海竜は再び凄まじい咆哮をあげた。

 構わず彼は更に大海竜へ近寄り、ついにはその体に触れる。バルトロが背伸びしても首元までも届かぬ巨体だ。

 大海竜が少し体を動かすだけでバルトロの体など軽々吹き飛んでしまうだろう。

 

「んー。会話できりゃいいんだが。俺は公国語しか分からん。ティナ、ガルーガは?」

「分かるわけないだろ!」


 叫ぶティナに鼻をひくりとさせたガルーガもかぶりを振る。

 ガルーガの頭に雷獣と意思疎通をしていたセコイアがいればと考えがよぎるが、詮無き事と片耳をペタンと閉じた。

 一方の触れられた大海竜はバルトロを跳ね飛ばそうともせず、首を降ろしじっと様子を窺っているではないか。


「外敵であるオレたちを排除しに来たわけじゃないのか……?」

「威嚇はしてるがな。船で会った赤い鳥みたいな奴らは威嚇にビビッて逃げてきたろ」

「この圧力と咆哮だ。腰が抜けて動けぬならともかく、まともな神経をしていれば逃げるだろうな」

「俺もギフトがなきゃ、斬りかかってたかもしれねなあ」


 バルトロのギフトは「超直感」である。ガルーガはバルトロから虫の知らせを強化したようなギフトだと聞かされていた。

 初見の相手であろうと、何となくどのように攻撃してくるのか分かるというものだ。

 そんなバルトロの「超直感」は大海竜に敵意がないということを伝えていた。

 だから彼は無警戒に大海竜に触れたのだろう。

 

「それで、どうするの?」

「やる気がねえ相手を斬るのは趣味じゃねえ」


 ティナの問いかけに応じるバルトロにガルーガも同意する。

 

「オレ一人ならどうしようもないが、三人なら何とかなる」


 喉元まで「バルトロが」と出かかったガルーガであったが、言葉を飲み込み敢えて三人でと発言した。

 その方がバルトロもティナも喜んでくれると思ったからだ。

  

「俺としてはこのまま放置でいいんじゃねえかって思う」

「船が沈む原因は大海竜がコルムーン島にいるからだろう?」

「こいつが船を沈めようとしているわけじゃねえだろ」

「その通りだが……」


 共和国を悩ませていた「謎の沈没」の原因はコムルーン島にいる大海竜の圧によって島で休息できなくなった飛行できるモンスターが飛来したことに起因する。

 他に原因があるのかもしれないが、実際に船を赤い魔鳥に襲われ原因を辿ったら大海竜に行きついたのだから少なくとも原因の一つは大海竜にあると見て良い。

 大海竜に戦う意思はない。ただ威嚇し、自分に寄ってこさせないようにしているだけ。

 そこでガルーガがハッとなりバルトロとティナを交互に見やる。


「バルトロ、ティナ。一つ気になったのだが」

「ん?」

「大海竜は威嚇だけでAランクのモンスターが尻尾を巻いて逃げ出すほどだろう。そもそも、それほど強力なモンスターが威嚇などする必要があるのか?」

「あ、そうか! 確かにそうだね!」


 ティナがポンと手を叩き、目を見開く。

 今度は彼女が自らの推測を語り始める。

 

「何かを護ってるんじゃないかな?」

「なるほど。あり得る。共和国で船が沈む被害が出たのは最近の話。大海竜は何か事情があり、コムルーン島へやって来た。護るべきものを連れて」

「うーん。大海竜が護りたいものかあ。あ、あれじゃねえか。卵とか」

「それだ!」


 バルトロの「卵」に二人の声が重なった。


「だったら、益々倒したくねえなあ。子供が育つまで待つ、でいいんじゃねえか」

「何年かかるのか……被害が出る海域は決っていると聞いている。避けてもらうよう報告するか」

「その線で行くか。コムルーン島に強力過ぎるモンスターがいるからとでも伝えるか」

「変な噂がたって大海竜を仕留める名誉を、とか言い出さなきゃいいんだがな」

「俺の名前を使ったらいけんじゃねえか。グデーリアンがコテンパンに負けましたってな」


 「ははは」と愉快そうに笑うバルトロに「さすがにそれは」とガルーガが待ったをかけようとした時、不意に三人の頭の中に声が響く。

 

『面白い。人族の勇者よ。ニンゲンとは名誉とやらで竜に挑戦する無謀な輩だと思っていたが。お主のような者もいるのだな。妖狐が興味を持つわけだ。あの非力なニンゲンの周りは実に面白い』

「リンドヴルムか。ちょうどいい、大海竜に話をしてくれねえか?」

『全く。お主は畏れというものがないのだな。よかろう。元よりお主につい声をかけたのは我だ。何を聞きたい?』

「コムルーン島を立ち去るまでどれくらいかかるのかって聞いてもらえるか?」

『相分かった。……ふむ。次に暖かくなる頃までだ。これで良いか?』

「助かるぜ。となるとあと半年くらいだな」


 空に向かって片目をパチリと閉じ礼をしたバルトロが大海竜の鱗をペシっと叩いた。


「んじゃあ。このまま船に戻るか」

「バルトロ……今の声、後で事情を聞かせてくれ」

「あいよ」

「全く、バルトロはバルトロだね」


 呆れたように首を振るティナがクルリと踵を返す。

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