311.リリー
壁の修理代まで負担してもらい、恐縮しきりだ。壁が壊れた理由も伝わっている……よな。
俺はそっと騎士に耳打ちし、原因をぼかしてもらうようにお願いした。彼がカクカクと首を振っていたのが印象的である。
エリー本人の気質は見ての通り、穏やかでお嬢様って感じのおしとやかな女子なんだ。ちょっとばかし力が強いだけで。
彼女もちょっとばかし力が強いことを恥ずかしがっていたりするのだけど、時に俺を抱えて川を飛び越えたりと大胆な行動をする。
俺を想って、自分の羞恥心をあっさりかなぐり捨てる彼女の在り方には賞賛を禁じ得ない。他人のためなら忌避することであっても迷わず動くことができるなんて、なかなかできることじゃないもんな。
「エリー。そこに立ってもらえる?」
「はい」
街路樹の下に女子高校生風制服を着た黒髪ロングの少女。うん、絵になるねえ。
地球の人類と違ってこの世界の人たちは色々な髪色を持つ。黒髪はそう珍しい色ではない。
一番多いのが俺と似たような髪色である明るい茶色。次がこげ茶色で、その次が黒かな。金髪も結構多いと思う。
赤毛は金髪より少ないが、街を歩いているとチラホラ見かける程度。
俺の周りにいる人たちはだいたいこの辺りの髪色だろ? 白髪は加齢によるものだな。ルンベルクとかリッチモンドとかは元々茶色ぽい髪色だったそうだ。
これ以外となると人間ではなかなかにレアカラーになる。青とかオレンジとか数え上げるときりがない。
他種族だったらメジャーな髪色も変わる。エイルらアールヴ族は大半がエメラルドグリーンだし、エルフにもグリーン系は多い。
セコイアみたいなピンク色は極々稀にしか見ない(人間や獣人なら)。
話が横に逸れてしまったが、制服に黒髪ロングは良い物だ。
風に吹かれて長い髪の毛が揺れるのもまたいい。エリーに限ってはスカートがまくれるハプニングもないから、安心して見ていられる。
じっと見ていたら、エリーが耳まで真っ赤になってしまったのでこの辺りで打ち切ることにした。
突然、モデルのように立たされてじろじろ見られたら、そら赤くもなるよな。
「ごめん。つい、絵になるなあって」
「いえ! ヨシュア様にそう言って頂けるとは望外の喜びです!」
エリーの佇まいに頬を緩めていたのは俺だけじゃないはず。騎士たちもきっと彼女の制服姿に和んでいるに違いない。
……ともかく、懐中時計を取り出し時間を確認する。
まだ、あと数時間はいけそうだな。これだけ時間があれば、帝都に来たらやっておきたかったことトップができそうだ。
いざ、状況開始である。行くであります。
シャルロッテみたいだからやめとこう。このノリ。
「エリー。一件付き合って欲しいところがあるんだ。二件になるかも」
そう言いつつも騎士に道を尋ねる俺であった。
◇◇◇
ここが噂の帝国図書館か!
「ほええ」
余りの巨大さに変な声が出てしまった。
中央が広場になっていて、四つの正方形の建物がそれを取り囲む。建物は外観が統一されていて、意匠を凝らした中央が太い柱が四隅に支柱として立ち、漆喰で固めた純白に色ガラスとレンガで模様がつけられている。
建物自体にお金がかかっていることは明白であるが、建物の中に置かれているものに比べれば大したものではない。俺個人の意見としては、という注釈がつくけどね。
「エリー。すごいな! さすが世界最大と言われているだけある!」
「ヨシュア様らしいです。これほどの図書館があったのですね」
「一度来てみたかったんだ。前回帝都に来た時は訪問する暇もなかったからね。噂だけ聞いていていつか行きたいと思ってて」
「真っ先に図書館へご訪問されればよろしかったところ……エリーの服を」
感激で目に涙をためているエリーを「同じくらい行きたかったところなんだって」となだめ、広場にある案内図に目を通す。
とってつけた言葉ってわけじゃないぞ。彼女の服を選ぶ、ということも公国時代からやってみたかったことだったんだからな。
ネラックも商店街が充実してきていて、服飾店もあるにはある。
でもさ、こんな経験はないか?
自分の住んでいる地域の観光地やお店があったとして、いつでも行けるからって結局ずっと行かずじまい。
俺は結構あったんだよね。死ぬまで行けずじまいだったよ。だから、異国に来た時こそやっておくべきと思ったんだよ。
女子高校生風制服なんてものは帝都でしか売ってないだろ。エリーが制服姿でネラックを歩いていたら、辺境でも流行るかもしれん。
「ええと、右下の建物か。書写を頼めればいいんだけど……行ってみなきゃわからないな」
「それで二件になるかも、とおっしゃったのですね」
「うん。図書館は書物の保管庫だから本を持って帰ることはできないと思って。だけど、一番品ぞろえがいいからまずはと思ってさ」
「書店でも販売していたらすぐに持ち帰ることができますね」
ウキウキしながら右下の建物へ……うわあ。司書さんがズラッと並んでお出迎えしてくれた。
司書の列からぴょこっと顔だけを出した金髪ツインテールの幼い女の子。どっかで見たことあるような。
「ヨシュア様! 本当に来たー!」
「あ! リリー」
「うん。リリーだよー。覚えていてくれたんだ」
「図書館で会うなんて奇遇だな」
「えへー。お勉強だったの。でも、ヨシュア様と会えたから、お勉強も悪くないかなー」
「邪魔しちゃったかな」
「ううんー! どんな本を探しているの? リリーが案内してあげる!」
「いいのか? じゃあ、お言葉に甘えて」
ぴょこぴょこ動くツインテールを見て思い出した。天真爛漫な幼い女の子。見た目だけならセコイアと同じくらいかな。
確かまだお作法はお勉強中とか姉である第二皇女フリーデグントが言っていた。
そんな彼女だが、これでも第四皇女と歴とした皇族なのである。
黒っぽい裾の短いドレスに太ももまである白いハイソックスと、貴族らしくない服装をしていた。フリーデグントといい皇女はある意味流行の最先端をいっているのかもしれない。
俺の手を引く彼女がきらりと目を輝かせてとんでもない爆弾を落として来た。
「ヨシュア様あ。そちらの令嬢様はヨシュア様の婚約者さん?」
「ちょ。違う、違う。エリーに失礼だぞ。紹介が遅れたな。こちらはエリー」
「エ、エリーゼです。エリーとお呼びください」
「エリーね! わたしはリリー。リリーゼグントよ」
ま、全く。ヒヤヒヤしたぜ。
幸いエリーは壁に手をついていたりしていなかったから、建物に被害はない。
「婚約者さんじゃなかったら、あ、えーと、あい、愛人?」
「違うわ! そこから離れろお」
「きゃー。ヨシュア様あ。こわあい」
「喜んでるじゃないかよ。魔道具関連の本を探しているんだ」
「はあい。こっちよー」
やれやれ……。この子、本当に皇女なのか?
セコイアの弟子とかじゃないだろうな。キャラが似ているような気がしなくもない。




