310.お着換え
「何だか久しぶりに二人だな」
「セコイア様がいなくとも、私がしっかりヨシュア様をお護りいたします!」
グラヌールとセコイアが去った後、残ったのは俺とエリーだけとなっていた。
ネラックにいる時は今でも彼女とアルルが交代で俺の護衛を務めてくれている。政務に追われて外出しない日も増えてきた。
こうして彼女と視察以外で出歩くことなんていつぶりだろうか。休みの日にゆっくりと出歩くよりも寝ることを選んでいたよな、最近……。
もうすぐ、もうすぐだ。ここ半年でネラックの文官を拡充した。みんな仕事にも慣れてきて街の管理を丸投げできるようになってきたのだ。
といっても大きな決め事は相変わらずシャルロッテから俺に回って来る。街の運営までやっていたら連合国としての政務までやってらんないんだよなあ。
聖教国家最大規模の大聖堂を見上げ、日ごろのうっぷんも忘れ息を飲む。
鉄筋コンクリートも使わず、これだけ背の高い建物を建築するには相当な労力がかかっただろうな。尖塔だけじゃなく、壁に施された意匠も素晴らしい。
一流の彫刻家が腕によりをかけたのだろう。芸術のことはとんと分からないけど、そんな俺でも胸に来るものがあった。
「行こうか」
「はい!」
「エリーはどこか行きたいところがある?」
「私はヨシュア様のお供ができればどこでも構いません!」
殊勝なことを言ってくれたエリーは満面の笑みを浮かべ、両手を胸の前で合わせる。
ま、まあ。彼女も気を遣うか。
歩き始めたはいいが、やはり騎士たちが遠巻きに俺たちを見守っている。遠巻きといっても30メートルくらいしか離れておらず、周囲をグルリと囲むように立っているからなあ。
皇帝の計らいを無下にするわけにもいかないし、これは我慢するしかない。
「そうだ。エリー。服を買おう」
「ヨシュア様のお召し物……ごくり」
取り巻きの騎士に商店街までの道を尋ねたら先導してくれると申し出てくれた。
自由行動しても彼らはついてくるのだし、それなら道案内をしてもらった方が有益だ。時間も限られていることだしさ。
「お。おお。この店なんかいいんじゃないか」
「ヨシュア様。このお店は」
柔らかに微笑み、エリーの手を取る。
彼女は「お、お手が」とか戸惑った声を出していたが、気にせず彼女を「さあ」と手を引っ張り店の中へ。
俺とエリーが入店すると店内が騒然としてしまう。騎士団のうち何人かも入ってきているし、そら騒ぎになるよね。
正直、すまんかったと頭の中で「ごめんね」をする間もなく、店主らしき人が慌てて入口までやってくる。
「大公様! まさか、大公様が当店を訪れてくださるなど、望外の喜びでございます!」
「突然の来店、驚かせてしまい申し訳ありません。彼女の服を見たくて」
「お連れのお嬢様のお召し物でございますか! ドレスでよろしかったですか」
「いえ。動きやすい服装を、と考えております」
そうなんだ。訪れたお店は婦人服専門店。
異国の街を出歩くというのにエリーがメイド姿だとあんまりなんじゃないかと思ったんだ。
彼女とこうしてショッピングをと前々から考えていて、早数年が経過しちゃった。ローゼンハイムにいた頃に二回ほどアルルも連れて来て以来だ。
カフェで休日を過ごしたり、なんてこともいずれはやってみたい。彼女が嫌がらなければ、だけど。
休みの日まで主人と一緒なんて気が滅入るかもなあ。自分の立場で考えてみたら、上司とせっかくの休日にカフェで喋る……絶対にお断りだ。
やはり控えた方がいいのかもしれない。ペンギンとなら許されるか。
「エリー。勝手に動きやすい服とか言っちゃったけど、よかったかな……」
「私の服を、ですか?」
「せっかくの帝都だし。着替える暇もなく屋敷から出てきちゃっただろ。せめて、散策の間だけでもって」
「そんな。ヨシュア様もいつものお召し物ではないですか」
「俺の服は外行き用だから。エリーは屋敷の中か街へ食材を買いに行く時の格好だろ?」
「メイド服はどこへ行っても問題ありません」
「確かに。会談の場でも問題ない服装だよな……」
「はい。メイド服は万能なのです」
「余計なことをしちゃったかも」
「そのようなことはありません! ヨシュア様のお気遣いにいたく感動いたしました」
「え、ええと。そうだな……俺がいつもと違うエリーの姿を見たい。だから、ここで選んだ服に着替えてくれないかな」
「よ、よちゅあ様。わ、私の姿を……」
「無理にとは……」
「是非ともお願いいたします!」
「お、おう」
余りの勢いに思わず体をのけぞらせてしまった。
街を歩いていても溶け込めるように、なんてことを考慮する必要はない。いっそドレスで着飾ってもなんてことを考えはしたが、エリーの好みじゃないだろうな。
彼女もアルルも一応ドレスを持っている。だけど、着ているところを見たことが無い。
前世では貴族令嬢といえばドレスってイメージで、女の子の憧れなんだと思ってた。
だけど、そうでもないんだよね。シャルロッテはれっきとした伯爵令嬢なわけだけど、彼女がドレスを着ている姿なんぞ見たことが無い。
パーティの席でも彼女は鎧姿だし。それを咎める人もいないし、むしろ貴族の殿方たちから人気だったとも聞く。
幼い女の子が憧れる衣装はドレスだけってこともなく、貴族令嬢でも自分の好むお召し物を身にまとう。公国はそんな社交界だった。
「エリーはどんなのがいいのかな。こういうスカートはどう?」
「わ、私はヨシュア様が選んでくださるのでしたら、どのようなものでも!」
「俺は服とか無頓着だからなあ。婦人用なんて更に分からん」
「きゃ、ヨシュア様」
「あ、悪い。気に入らなかったか」
「そのようなことはありません! 決して!」
スカートを彼女の腰に合わせたのがまずかったか……。彼女に触れないようにした方が良さそうだ。
嫌がっているような気がする。肩を震わせたり、拳を握りしめたりしているもの。
おや、こんなところに日本の高校生風のブレザーが。帝国の学校で使われている制服なのだろうか。
「お目が高い。フリーデグント様がお召しになるようになり、帝都では人気急上昇中なお召し物です」
「フリーデグント様……あ、思い出した」
「素敵な衣装ですね。動きやすそうですし、可愛いです」
そうだった。第二皇女フリーデグントの服装にそっくりだ。
ネラックで彼女に会った時、どこの委員長だよなんて思ったものだっけ。
エリーも気に入ったようだし、高校生風の制服からチョイスするか。
彼女ならどんな色合いがいいかなー。
あれこれ悩んだ結果、カーキ色のブレザーに白のブラウス。青のネクタイにスカートは黒とこげ茶色のチェックというものにした。
スカートの丈が短いような気がするのだけど、どれもこれも短くて……致し方ない。
エリーのイメージはロングスカートなんだよなあ。
「どうでしょうか」
「いいんじゃないかな! 可愛いと思う」
「か、可愛いなど……!」
「え、エリー。壁を掴むのはやめよう、な」
「は、はいい。失礼いたしました」
壁の修理代も渡しておかなきゃな……。
支払いをしようとしたら、騎士が先んじて支払いを済ませてしまっていたじゃあないか。
彼から皇帝のおごりにしてくれと頼まれ、ありがたく受け入れることにしたのだった。
本年もお世話になりましたーー。良いお年をー。




