307.それは俺のだ
筋骨隆々の40歳前後の騎士団長アントンに導かれ馬車に乗る。俺と同乗するセコイア、エリー、グラヌールが後ろに続く。
扉口で白い歯以上に太陽の光に反射した光で頭をきらりんとさせた騎士団長は「失礼いたします」と断ってから敬礼をし、聖女の元へ向かう。
とても輝いていらっしゃる。うちの騎士団にもいたっけ、輝いている人。名誉のために言っておくが、連合国の騎士団長と副長は二人ともふさふさしている。
隊長クラスにいたという記憶だ。
至極どうでもいいことを考えていたら馬車が動き出す。
「本来でしたら騎士団長がお相手するところ、申し訳ありません。私は副長のブレンダと申します」
馬を横に並べてきて挨拶をしてきた騎士は副長らしい。こちらはふさふさで髭ももさもさしている。
帝国騎士も相当面食らっているようだな。
通常、馬車に乗る前に挨拶をするところなのだろうけど、慌ててやって来た感じだ。護衛についてから気が付いたといったところだろう。
ローゼンハイムでこそ、パレードかと思われるほどの護衛付きで移動する何てことがなくなったが、他国となればそうはいかない。
大量の護衛を引き連れて……という制度は俺が廃止したのだけどね。はは。
もちろん、他国の要人に対しては今の俺と同じように手厚く護衛団を付ける。
「何やら仰々しいのお」
「レーベンストックとホウライくらいでいいと思うんだけどな。前と後ろに一人か二人と左右に一人か二人で」
「そうじゃの。こうも集まっては周りが良く見えぬ」
「セコイアは帝都に来るのが初めてなのか?」
「どこの街だとかは余り覚えてないからのお。来た事があるかもしれぬ」
当たり前のように膝の上に座るセコイアがぼやく。そうだよなあ。確かに騎馬に周囲を固められると何も見えん。
正直、護衛は必要ない。ここにいる護衛全てより頼りになる狐耳が密着しているからね。
グラヌールはセコイアが膝の上に乗っている状況を何度か見たことがあるので、特に動じた様子もなく、会談に思いを馳せているのかじっと何かを考えているようだった。
もう一方のエリーは落ち着かない様子で膝の上に乗せた拳をぎゅっと握りしめている。
「エリー。俺もいるしセコイアもいる。いつもと変わらないさ」
緊張を解こうと軽い感じで声をかけたのだが、エリーはブルブルと首を振りうつむいてしまった。
「私が同席してもよろしかったのでしょうか」
「もちろんだよ。エリーは俺の護衛役で会議の席には同席してもらってたじゃないか」
「ですが……」
「変わらないさ。他国ということならレーベンストックでも、国内だとローゼンハイムだろうがネラックはもちろん。同じことだよ」
「ヨシュア様は変わられないのですね」
「文化が同じ帝国だと、皇帝の紋章が入った馬車とかでもやっぱり気になる?」
「正直、そうです」
「そのうち慣れるさ」
彼女に向けてはにかむと、ようやく顔を上げてくれたエリーが作り笑いをする。
その調子、その調子。
伝統と格式のある帝国となると普段と心持ちが変わってしまうことは仕方ない。大きな国という意味では既にバーデンバルデンを経験しているじゃないか。
レーベンストックは文化が異なり、「格」というものも異なるから委縮するまではいかなかったんだろうな。
だけど、エリー。考えて欲しいんだ。
やり方は異なれど、帝国もレーベンストックも俺たちを「歓迎する」という心は同じ。だから、同じように接してくれればいいんだよ。
貴族の教育を受けたエリーにとって、なかなか難しい事だとは分かってるから無理にとは言わない。
飛行船を使うようになって少なくとも連合国ではグッと他国が近くなった。今後も一泊二日程度で他国訪問の機会が増えていくだろう。
そうだ。次にホウライを訪問する時には彼女も連れて行こう。
共和国にもそのうち行くだろうし、聖教国家の訪問の機会もある。数をこなせば慣れるさ。うんうん。
◇◇◇
帝都の街並みは特に特筆すべきことはない。ローゼンハイムの街並みと似たようなものだ。
違いと言えば、帝都をグルリと取り囲む二重の城壁と、城を囲む堀に城壁かな。
そんなわけで、食いしん坊の涎狐がずっとつまらなそうにしている。急なお願いにも関わらず飛行船を動かしてくれた彼女の機嫌を取るべくたまになでなでしていた。
皇帝の前でもな。流石の俺でも聖教国の盟主の前で失礼極まりないと思ったのだが、ご機嫌斜めなセコイアが暴れでもしたら手をつけられない。
皇帝は出来た人だから、柔らかに微笑み「余も孫の前では似たようなものです」とか言ってくれたんだっけ。
それでだな。皇帝と会談を行ってこちらの事情を伝えるとすぐに大聖堂で改めて枢機卿も交えてとなったんだ。
予言のギフト持ちの教会関係者は予言を受けてないみたいで、彼は寝耳に水という感じだったな。それでも、事態が事態だけにすぐに動いてくれた。
「これは俺でもやり辛いわ……」
食事後に大聖堂で会談となったんだけど、セコイアのご機嫌を取るために露店で食事をとりたいと申し出たら皇帝が快く許可してくれたんだよね。
彼は気さくで気遣いができるとてもいい人なのだけど、俺も一国の長……帝国式を適用するとこうなるわな……。
いい匂いに誘われて露店を回っている。しかしだな、俺たちを中心に20メートル離れたところを騎士団が取り囲み、人を寄せ付けなくしているのだ。
露店の店主も笑顔が引きつっているしで、申し訳ない。
「まあ良いではないか。待たずともすぐに食せる」
肉串と焼きリンゴという謎の組み合わせを交互に食べるセコイアはご満悦の様子。
ま、まあいいか。彼女が満足してくれているなら。
「そのリンゴ、美味しそうだな。エリーも食べる?」
「は、はい。頂きます」
「グラヌールも何か食べてくれよ」
「そうですね。帝国産のチーズは絶品と聞きます。ヨシュア様、こちらのブレッドも美味しそうではありませんか?」
「お、俺も食べる。エリーも食べる?」
「は、はい。頂きます」
残された三人は三人で、何のかんので食事を楽しんだのだった。
こら、セコイア。俺のブレッドを取るんじゃねえ。