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306.帝都に行くぞお

 帝都イェンブルク。

 大陸最大と言われるヴォルヴァ湖の畔に位置し、聖教国家の中では最も古い都市である。

 ローゼンハイムの倍以上の人口を誇り、今も尚、大きな影響力を持つ。

 飛行船は帝国領内を順調に運行中。地図によるとそろそろ帝都に到着する頃か。

 帝国に来るのは実のところ二度目なんだ。隣国でもあり政治的にも最重要国家である帝国と疎遠になったからという訳ではない。先代の時と変わらぬ良好な関係が続いている。

 じゃあ何で一回なんだって話だが、距離的な問題だよ。ローゼンハイムからネラックとローゼンハイムから帝都までは直線距離にして三倍近く離れている。直線距離だけで言うとレーベンストックのバーデンバルデンより遠い。車も飛行機もない世界だと隣国に行くだけでも大仕事になってしまうんだ。

 長期間、政務をほっぽり出すわけにはいかないからね。正直、何もかも忘れて馬車の旅をしたかった……公国時代は立て直しに必死で死んだ目をしていたからな……。

 同じ理由で共和国にも一度しか行ったことがないんだ。


「ヨシュア。そろそろ到着するがあの場に降ろせば良いのかの?」

「あの場と言われても裸眼じゃ見えん」

 

 はて。そうは言われましても、俺の視力じゃ何も見えないぞ。

 失礼してセコイアを膝から降ろし、窓際に向かう。窓を眺めるアリシアに少し横へそれてもらって双眼鏡を覗き込む。

 あ、しまった。グラヌールもいたのだった。

 案の定、俺がアリシアを押し退けたようにも見える動きに彼が大きな反応を見せる。

 眉間に皺が寄り、口を開いて、思い詰めたように閉じ……を繰り返していた。

 そんな状況でアリシアが俺の耳に口元を寄せる。

 特に隠さなきゃいけない場面でもないのに、聖女が自ら寄るなどグラヌールがひっくり返ったらどうするんだ。


「い、いま、耳元は不味くないか」


 寄せただけで何も語らぬアリシアはすぐに俺から離れ、窓の方へ体ごと向き直った。

 彼女なりのイタズラだってことをようやく理解する。帝都に入ったら彼女とこうして接することは不可能だからな。こうして最後に息抜きをすることは悪くない。

 ひょっとしてさっき「聖女」と呼んだことに対する意趣返しか。

 彼女が少しでもリラックスしてくれているだろうから悪い気はしないけど、今はグラヌールの対応をしなければ。

 

「グラヌール。まあ、そのなんだ」

「重々承知しております。このことは墓場まで持っていきます。ご安心を」

「聖……アリシアもずっと聖女の顔をしているのが疲れるだろ。俺がせめて少しの間だけでも息抜きをって頼んだんだ」

「ヨシュア様……はばかりも怖れぬそのお優しさ……このグラヌール、感激いたしました……誓います。このことは決して口外いたしません」


 重い、重いぞ。グラヌール!

 なるほどなあ。聖女をアリシアと名前で呼ぶまでは枢機卿が許容していた。ネラックの屋敷の外じゃあ、そこまでが限界かもしれん。

 あまりこういう表現は好きじゃないのだけど、連合国の重鎮たちは伝統を重んじる保守派と新しいことを積極的に取り入れる革新派、そしてオジュロのような謎思考の人もいる。

 グラヌールは俺が頼んで貴族になってもらった秀才だ。彼は新しい政策を次から次へと形にしていった。言わば、革新派の急先鋒。

 そんな彼でもこの反応……アリシアの気が休まることがない理由を少しわかった気がする。

 ローゼンハイムにいる誰かに俺と同じように接することができる人をと前々から考えていたが、難しそうだ。

 なら、尚更、少しの時間だけでもという気持ちになる。


「アリシア」

「名前を……っ。分かっております。船を降りたら、『わたくし』だけです」


 窓を見つめたまま、瞬きするほどの間だけ本来の顔を見せたアリシアは聖女の仮面を被った。


「まあ、こんなもんじゃろ。社会の中にある者の中ではキミだけが異質なのじゃよ」


 なんてカッコいいことをのたまうセコイアだったが、座席の上に立って「はやく双眼鏡を覗け」と手と目で訴えてくる。

 分かってるって!

 いざ双眼鏡を覗こうとしたら、元は俺の行動が原因とはいえアリシアとグラヌールのことがあったから仕方ないじゃないか。

 

 どれどれ。

 さりげなくアリシアが目線で場所を示してくれる。

 

「お、おおお。発着場なのかなあれ?」


 皇女が訪問した後、いずれ飛行船が帝都に来ることを見越してわざわざ建築してくれたのだろうか。

 形はネラックの発着場にそっくりだけど、素材がコンクリートではなくレンガ敷きだ。

 ローゼンハイムの発着場も見たんだっけ。帝都にある発着場はローゼンハイムのものにそっくりだ。

 ん、そういや、皇女らは魔石機車も使わずに馬車でネラックまで来たと聞いている。

 ネラックにあった発着場を真似て既存の建築材で作ったら奇しくもローゼンハイムのものと似通ったってところかな。

 旧公国と帝国は文化の根が同じだし、建物も建材もよく似ている。

 と考えると当然の帰結か。


「セコイア。ゆっくりと発着場へ着陸してもらえるか」

「ゆっくりとかの。随分とノンビリしているのじゃな」

「ゆっくりと、が肝要なんだ。城からよおく見えるように頼む」

「全く、社会とは面倒なものじゃな」

「頭を撫でるから頑張ってくれ」

「仕方ないのお。ボクを安っぽい乙女じゃと思わぬことじゃ」

「ほいほい」

「ぬ、ぬうう」


 乙女って誰がだよ、と突っ込みたくなったがグッと堪えて狐耳と狐耳の間をなでなでとする。

 本来なら早馬を飛ばして、来訪することを告げたりなんてことをしたいのだけど、飛行船の速度にかなうはずもない。

 更には先に向かった枢機卿らはまだ帝都に到着していない方が有力だ。

 アリシアはローゼンハイムから魔石機車でネラックまで移動した。魔石機車を使えばものの数時間で到着する。

 一方で枢機卿らは馬だろうから、一日やそこらじゃ帝都まで辿り着かない。

 そこで「ゆっくりと」なんだよ。

 帝国は此度の神託を知りはしないだろう。ひょっとしたら帝国にもいる予言のギフト持ちによって事態を把握しているかもしれないけど。

 俺が来るかもしれないってことを露ほどにも考えていなければ、彼らに「見せる」必要があるからな。

 幸い、皇女が飛行船を見ているから敵として認識されることはない。

 

 ◇◇◇

 

 ゆっくりと着陸した甲斐があって、外には帝国騎士と兵士がズラッと整列していた。

 横にセコイア、後ろにエリーとグラヌールの隊列で外へ出る。

 

「あ、あのお姿。ヨシュア様だ! 賢公様だ!」

「賢公様だって!」

 

 誰かが俺の顔を知っていたらしい。その叫びをきっかけとして、飛行船見たさに集まった群衆だけじゃなく騎士や兵士まで騒然となった。

 こうなればタラップのところで落ち着くまで待つしかない。

 そうこうしているうちに兵士たちが横一列に整列し、中央を騎士たちが固めた。

 そこへ、急ぎ駆け付けたらしき馬が間を割って入ってくる。

 紋章からして高位の騎士ぽいな。副長クラスくらいかもしれない。

 馬を降りたガッチリとした騎士はその場でかしづき頭を下げる。

 

「まさか、かの賢公様が直接お越しになるなど望外の喜びです」

「こちらこそ、突然の訪問に盛大な出迎え感謝します」

「申しおくれました。私は帝国騎士団、団長を務めますアントン・ヴォグダノでございます。以後お見知りおきを」

「こちらこそ。ヨシュアです」


 挨拶も早々に次に船から顔を出したアリシアの姿を見たアントンは完全に固まってしまった。

 そうだよな。俺はともかく、聖女が同乗しているなんて思わないよな。

 

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