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305.閑話 共和国で大航海2

 コルムーン島。周囲に岩礁や島がなく、絶海の孤島として船乗りの間では知られている。

 このような孤島は補給基地として使われることが多い。しかし、ことコルムーン島は事情が異なり、補給基地が無く補給をしようと考える船乗りもいない。

 原因は島の地形にある。

 島北部は暗礁地帯となっており、潮の満ち引きによって海面から僅か50センチにまで迫る岩があるのだ。ここまで浅いと船を進めることが困難になる。

 他は切り立った崖となり海中は急激に深くなっている。これでは補給物資の搬入を行うことは不可能だった。

 過去に冒険者や探検家が訪れたことがあるものの、船乗りは決して近寄らない。だからと言ってコルムーン島が船乗りにとっては無価値なわけではなかった。

 潮目が変わること、島影が目印になることでコルムーン島は彼らの航海の道しるべとなっている。


「そんじゃ、ま」


 島の東部崖付近で錨を下ろし船員らを待たせたバルトロらは崖に取り付き、スイスイと登って行く。

 荷物は最低限とし、万が一の時用の食糧も一食分しか持たない。一度目の入島はあくまで様子見。なので彼らは身軽さを選んだというわけだ。

 元冒険者たる彼らにとって崖を登るなど容易いこと。大柄なガルーガであっても疲れることもなく崖を登り切る。


「こいつは……」


 頭の上に両手をやり、うーんと伸びをするバルトロを横目にガルーガの片耳がピクリと動く。

 白い牙をのぞかせた彼はすっと前方を睨む。

 そんなガルーガの肩をポンと叩きいつもの調子でバルトロがうそぶく。


「何かいるな」

「オレがここからでも感じ取れるほどだ。相当な敵意と力を持つ相手だな」

「ビンゴだったな。きっとこの気配が原因だぜ」


 バルトロが船を島に向かわせたのは、赤い魔鳥が何かからビビって逃げてきたんじゃないかということ。鳥は島や岩礁で羽を休める。もし周囲に羽休めになる島が一つか二つしかないなら、赤い魔鳥は島に寄れなかったのではないかと推測した。

 休むにちょうどいいところにバルトロらの船があり、襲撃したのではないか。

 彼の予想が正しかったことを告げるかのようなモンスターの気配。確かめてみる価値はある、と二人の意見は一致した。

 意見を交わす二人に対し、ティナは両手を腰にやり唇を尖らせる。


「これも持って。ガルーガも」


 「はい」と彼女から手渡されたのは大振りのダガーだった。刃の部分は金属光沢がある鮮やかな赤。他の部分はシルバーに木目が浮かぶ。


「豪勢なダガーだな。俺はこれでいいぜ」


 ひょいと背中側に横向きの鞘に入れていたダガーを取り、見せるバルトロ。

 年季の入った柄であったが、刃はきちんと手入れされており彼が愛用していることが分かる。


「それ……」

「おう。貰い物だからな」

「……バカ!」

「これでもちゃんと研いでいるんだぜ」


 それを寄越せとティナが両手を振った。

 素直に渡さないと腰の鞘を引っ張りそうだと思ったのか、バルトロは一旦ダガーを鞘に納め彼女にほいっと投げる。

 受け取ったティナはぎゅっと両手で鞘を握りしめ、目に涙が滲んだ。

 

「これ……私が初めて作ったダガー……」

「なかなかいい感じでな」

「バルトロならもっといいダガーだって持てるじゃない」

「いいか悪いかは俺が決めるもんだ。別に魔法金属なんて使わなくても斬れる。手に馴染むことのほうが大事だろ」


 「ほらほら、返した返した」とバルトロはティナの手から年季の入ったダガーを取ろうと手を伸ばす。

 ところが彼女はダガーを胸に抱き彼から背を向け背筋を曲げる。


「おいおい。ダガーがあった方がいいんだろ。藪を切ったり、何かと使うんだぜ」

「しばらくそっちを使って。柄とかボロボロじゃない。このまま使わせるなんて鍛冶師として許せないんだから」

「しゃあねえなあ。じゃあ、ガルーガ。ありがたく、こっちを使わせてもらおうぜ」

「分かった。しかし、とんでもない一品だ。このダガー」


 ガルーガは受け取ったダガーを見つめゴクリと喉を鳴らす。


「武器を打った時の余りよ」

「上手く繋いだもんだな」

「ガルーガのハルバードと同じ。難しい技術じゃないもの」

「そんなもんか。鍛冶のことはよく分からねえ。刃の色が赤だが、燃えたりはしないよな?」

「魔力を込めれば熱を発する。そのままでもミスリルより斬れる」


 刃はガルーガのハルバードで使っている魔法金属ファイアルビーで、他がバルトロの剣に使われているダマスカス。

 どちらも超希少でとんでもなく高額の魔法金属である。

 科学技術を使い精製した魔法金属とはいえ、性能は変わらない。魔法金属精製の技術がもっと世に広まればこれらの金属も庶民が……まではいかずともベテランやAランク冒険者なら持てる日が来るかもしれない。

 

 スパッ。

 ガルーガが軽くダガーを振るうだけで抵抗もなく枝が落ちた。

 斬ろうとして振るったのではないにもかかわらずこれである。

 

「オレが短剣使いだったら、これで一戦交えてみたくなるな」

「やってみるか」

「おいおい。敵の気配は相当なものだぞ。あの雷獣よりも」

「何言ってんだ。やべえってのは……」


 バルトロが何か思いついたかのように途中で口ごもる。

 そんな彼の態度にガルーガはローゼンハイム城壁外で出会った強大なモンスターたちを思い浮かべていた。

 あの時対峙した黒き竜。あれと比べて今の気配はどうか。

 一概に比べることはできないな。

 ひとしきり考えたガルーガはそう結論付ける。あの黒き竜は威圧しようという意思がなかった。ただそこに立ち、道行く先にあるものを飲み込む。

 アレは虚ろで自らを打ち倒そうとするガルーガたちに対しても無感情であった。

 今の気配はその逆。明確な敵意を持ち、こちらを圧しようとしている。より近くにいくと更に圧が強まるだろう。気圧されれば勝ち目はない。

 戦いとは圧のぶつけ合いから始まるのだ。圧だけに屈するガルーガではない。

 気合を入れ直す彼であったが、彼の考えていた相手とバルトロの想いはまるで違うところにあった。

 

「ガルーガは会ったことがないのを忘れてたぜ」

「やべえ敵ってやつか?」

「敵じゃあなかったけどな。んー。他にとなると、お。身近なところにいたじゃねえか」

「黒き竜か黒衣の影……」

「そんな奴らいたっけ? ほら、たまに顔を合わすだろ。セコイアの嬢ちゃんだよ」

「……」


 意外過ぎる名前が出たことで絶句し完全に思考停止するガルーガ。

 固まる彼に代わりティナが興味から目を光らせバルトロに尋ねる。

 

「バルトロが『やべえ』という相手などいたのか? どんな猛者なの?」

「そうだな。ティナより少し小さい」

「そうか。ダガーを見て、猛者を思い浮かべたんだな!」

「いや、セコイアの嬢ちゃんは武器なんぞ使わんぞ」

「武器も無し……素手か?」

「魔法だよ。魔法。お前さんの頭の中は戦士しかいないのか」

「……う」


 図星を突かれ頬を真っ赤にするティナ。

 固まるガルーガとうつむき、ぶつくさと何事かつぶやくティナに対し、ぼりぼりと頭をかいたバルトロがバツの悪そうに口笛を吹く。

 

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