300.FRP
「技術的に可能か難しいところだけど、プラスチック製品はあらゆるところで使うことができる。ガラスと違って割れず、軽い。水を通さない。加工のしやすさは……どうだろう」
「自生しているものを採取するわけですから、量を集めることが難しいですな」
「加工自体は難しくないのかな?」
「そうですな。鉄やガラスに比べれば扱いやすいですな」
ふむふむ。
樹液だっけ、草だっけ、色んな植物から魔工プラスチックの素が採れると聞いている。
栽培が容易なものを選び出し、栽培専用品種として改良を加えていけば量産できそうだよな。
こういうのって卵が先か、ニワトリが先か問題になる。
今回の場合、幸いにもホウライから大量に仕入れることができるから、有用な製品を作れば素材需要が生まれるだろう。
「ヨシュアの。それで、どんなものが欲しいのじゃ?」
ようやく飲むのをやめたガラムがふふんと鼻を鳴らす。
二人からしたら加工のしやすさなんて興味ないことだからな。
「まず、ペンギンさん特製の計算機に使いたい」
「そうですな。板状にしてみて分かったのですが、持ち運ぶ物に使うに向いておりますな」
「他にはコップとかスプーンとかにもいい。だけど、コップやスプーンは既に普及しているから俺たちが作るようなものじゃないな」
「ほうほう。考えてもみませんでした。割れず軽い。幼子が使うには良さそうですな」
「考えていたものは小さなものから大きなものまであるんだけど、羽ペンの代わりになるものはどうだろうか」
は、早い。言うや否や紙と羽ペンが出てきた。
羽ペンも工夫されていて、一度インクを付けたらしばらく書けるようになっているんだ。
でもやっぱりボールペンほどお手軽ではない。
プラスチックで側を作って、中の構造はどうなっているんだっけ。ボールペンって。あと、サインペンもあったよな。
「ヨシュアくん。ボールペンを描こうとしているのかい?」
「うん。ついでにサインペンも」
「加工精度の問題で量産できるか悩みどころだが、そうそう、そのような構造だよ。サインペンは、綿が中に、そう、そのような感じだ」
「おお。ボールペンは何となくボールだからと予想がついたけど、サインペンってこんな感じになってたんだな」
感心する俺の手元からぐいっとボールペンとサインペンを描いた紙を引っ張ったトーレがガラムと共に「うむうむ」とそれを凝視する。
「こいつは面白い。単純ながら良いものだの。これまで誰も思いつかなかったのが不思議なくらいじゃ」
「ボール型の方が壊れ辛そうですな。こちらを作ってみましょうぞ」
「え、いや」
見た途端に作るって。戸惑う俺に対しトーレが長い髭を揺らし「ふぉふぉふぉ」と笑う。
「魔工プラスチックは鍛冶場に少しあるのですぞ。ボール部分は……そうですな錆ない物が良いですな。ブルーメタルにしますか」
「魔法金属かの。そいつは豪勢じゃな」
「ほんの僅かですからな」
「ならばボールとボールを取り付けるホルダーは儂が作ろうかの。トーレは魔工プラスチックの方を頼む」
「お任せあれ」
あ、あれ。ちょっと。
俺の案を聞くんじゃなかったのかよ。
呆気にとられた俺はペンギンと顔を見合わせる。
「ボールペンは確か19世紀に開発された記憶だ」
「へえ。近代になってからなんだな。となるとかなりの工作技術が必要になるのか」
「構造の問題さ。初期に開発されたボールペンは液漏れが酷く、普及することはなかった。まともに使えるようになったボールペンが開発されたのは20世紀半ばなんだよ」
「となると、トーレたちが優れた職人でも難しそうだなあ。もう行っちゃったけど」
「加工自体は問題ないと思うよ。中に入れるインク次第だね。丁度いいものがあるのかどうか」
「漏れないインク? 構造上の問題じゃないの?」
「インクだね。粘性が高く、乾きやすい物があれば製品化できるかもしれないよ」
あの二人なら何のかんのでやりきってしまうかもしれないな……タラリと額から冷や汗が流れた。
そんな俺の思いをよそにペンギンがフリッパーをパタパタさせ嘴をパカンと開く。
「ヨシュアくんは他にどんなものを考えていたのかね?」
「プラスチック製品は多量にあったからなあ。ペットボトルとかもよさそうじゃない?」
「桶でもいいかもしれないね。大型の桶になるとそれなりに重い。といっても、魔工プラスチックの強度が加工次第でどう変わるのかだね」
「ええと、なんだっけ、FRP?」
「FRPを作ることができるのなら、夢が広がるね。今はまだ難しそうだ」
「FRPってなんだっけ……?」
「繊維強化プラスチックと表現すれば何となく想像がつくかな?」
「そいつは無理そうだな」
合成繊維まで持ち出すとなるとあと200年くらい科学技術を進めなければ歯が立たない。
魔法の力を借りるにしても限界があるからなあ……。ベースとなる科学技術を上げないと。
「私はしばらく鍛冶場に通うつもりだ。トーレさんとガラムさんに色々提案してみるよ。日用品でいいのかね?」
「強度やらを考慮しつつ、身近に使うことのできる日用品がいいかなと思ってるよ」
「ははは。期待せずに待っててくれたまえ。ヨシュアくんも思いつくものがあれば紙に書いて置いておいてもらえると助かる」
「分かった。ありがとう、ペンギンさん」
よおしとペンギンのフリッパーと手を合わせた時、ちょうどイゼナが戻って来た。
「お待たせいたしました」
「コンクリートがどのようなものか見れましたか?」
「はい。本国でコンクリートを作るよう指示いたしました。これであのような強度がある建材になるとは驚きです」
「液体というところがモルタルと同じく使いやすいところです」
「はい! モルタルと異なり柱にもなりますし、水路にもなる、水も通さない、素晴らしい建材です!」
ローマンコンクリートは固まるまでに時間がかかることがネックだ。
しかし、この世界では魔法の力を借りることで近代型コンクリートより早く固まるから凄まじい。
古代の技術であっても現代にも残るローマの建造物を見れば、どれ程優れた建材だったのかが分かるというものだ。
興奮し頬を紅潮させたイゼナと護衛のアルルを連れて鍛冶場を後にする。
◇◇◇
屋敷に戻ると何やら空気がいつもと違う。
門の外でルンベルクが待っていて、そっと俺に耳打ちをした。
「イゼナさん。申し訳ありません。急用ができてしまいました。この後はエリーかシャルロッテを付けます」
「いえ。政務のある中、ありがとうございました。更にホウライまで飛行船を出してくれることまで……何から何まで本当に感謝いたしております」
突然の訪問とは。一体何があったんだろう。
彼女が直接来るなんてただ事じゃないぞ。個人的に訪問した、のだったらホッとすると共にそれはそれで嬉しい事なのだけど……。
彼女の責務からして個人的に、はないだろうなあ。
足早に彼女の待つ部屋へ向かう。
ついに300話!!
なんとか書籍版発売までに間に合いました。
ここまでこれたのもみなさんの応援あってのことです。ありがとうございます!
400話くらいまでには完結、、目指します。
書籍版ともども、引き続きよろしくお願いいたします!




