297.バーデンバルデンでまさかの情報が
「驚きました。賢公様は食材に関してもお詳しいのですね」
「やはりこの太麺は米粉なんですね」
「おっしゃる通りです。ここバーデンバルデンでも米粉を知っている人は極々一部だというのに、まさかヨシュア様がご存知だったとは」
「私たちの為に珍しい食材を集めてくださったのですね、ありがとうございます。米を作っている地域があるのですか?」
「はい。ございます。犬族のとある部族では米粉を使った料理を日常的に食しております」
「お、おお!」
バーデンバルデンでまさか稲作をしている部族の情報を聞けるなんて思ってもみなかった。
実験農場を作ったものの、俺にもホウライにもノウハウが無かったからさ。農業ってのは一朝一夕で上手く行くなんて甘いものではない。
連合国が米を輸入している共和国の伝手があればとネラックに戻ってから農業担当大臣バルデスに相談しようかなと考えていたところだった。
確か共和国も海の向こうから輸入していたような気がする。
そうか、犬族か。丁度いいところに。
「ワーンベイダーさん、相談と言いますかお願いがあります」
「米粉なるもののことでしょうか。協力者を二、三人手配できるよう部族会議で当たってみます」
即答だった。
ワーンベイダーは白い牙を見せ「任せてくれ」と力強く頷いてくれたんだ。
「う、う、ひっく」
切れ長の目にすっと通った目鼻立ちをしているイゼナはシャルロッテよりも更に凛とした雰囲気を持つ人なのだが、周囲の目を憚りなく子供のように泣きじゃくっている。
事前に彼女に相談せず頭越しにワーンベイダーにお願いしたのが不味かったか……?
もしホウライで必要ないとなれば、ネラックに協力者を招いても構わないと思っていたからつい。そうだよな。自国のことを他国の俺がいきなりしゃしゃり出ては立腹して当然か。
面と向かって俺に怒りを露わにするわけにもいかないから……。
「イゼナさん、申し訳ありません」
「う、う。す、すいません。取り乱してしまい……」
「いえ、しばし待たせて頂きます」
「ヨシュア様。私、ワーンベイダー様がこれまで疎遠だった私たちに迷うことなく協力を申し出てくださったことに感激して、何故これほど素晴らしい隣国とこれまでお付き合いしていなかったのかと情けなくなり。それで感情が抑えきれずに」
涙を拭おうともせず時折詰まりながらそう話すイゼナに胸が詰まる。
「イゼナ姫。どうか顔をお上げください。レーベンストックはつい先日ヨシュア様の連合国に助けて頂いたんです。見返りを求めず、人命救助だからとのことで。我らは義を重んじます。受けた恩は必ず返す。そして、連合国の精神も同じです。尊敬すべき心意気は尊敬するだけではなりません」
「ワーンベイダー様……」
「ははは。お恥ずかしい話、ワーンベイダー個人としてはエイルの行動に懐疑的だったのですよ。しかし、彼女は本当にヨシュア様を連れてきてくれた。奮起せぬはずがありません」
熱弁するワーンベイダーだったが、相手がイゼナであることを忘れてないか?
先ほど紹介したばかりのエイルのことを彼女が知っているわけないってのに。まあ、何となく彼女に伝わっているから良しだよな。
ここで水を差すのは野暮ってもんだ。
「ワーンベイダー。私たちアールヴ族も協力させていただけないかしら」
「是非とも頼む。空からならば伝達も早い」
「バーデンバルデンまで連れてくることもできますわ。八人手配しましょう。二人までなら運べます」
「感謝する」
「そういうことなら猫族も噛ませてもらおうか。我らなら断崖絶壁だろうが荷物を運ぶことができるぞ」
エイルの申し出にワーンベイダーが応じ、タイガが乗っかる。
俺が俺がと率先して協力してくれる……なんだかジンときてしまった。
ルンベルクなんてもうさっきから絹のハンカチを目に当てっぱなしだぞ。
見なかったことにして、せっかくのご馳走を味わおうとフォーを再び口に運ぶ。
米粉で作ったライスヌードルは小麦とまた違った風味を持ちこれはこれで嫌いじゃない。あっさりしていてスープの絡みも良い感じ。
ソーモン鳥のささみもこのスープによく合っている。
「ヨシュアくん。フォーを食べることができるなんて驚きだね。さすがにパクチーまでとは行かなかったようだが、これはこれで良いものだね」
「俺はパクチーが苦手だったから丁度いいよ」
ペンギンとフォーについての感想を述べあう。
パクチーが好きとか信じられない。あのこう独特の風味が口の中から鼻に抜けるのが苦手でさ。パクチーらしき緑の葉っぱが入っていたらそっと取り除いたことも懐かしい。
しかし、ペンギンは相変わらず食べ方が汚い。まき散らしまくっている。
彼は見た目こそペンギンだけどその精神は老成した紳士、いや研究者か。ペンギンだから食い散らかすのか元からこうだったのかを聞こうと思って思いとどまるを繰り返し、結局聞けていない。
「ふむ。米とはこのように加工して食べることもできるのじゃな」
「なかなか美味しいよな」
「うむ。ホウライの饅頭も悪くなかったがの」
「小麦と一緒でいろんな加工方法があるんだ。キャッサバだってそうだろ」
「そうじゃの。キャッサバの話をしておったらタピオカミルクを飲みたくなってきたのお」
「ははは。戻ったら飲むといいさ」
「そうじゃの。猫娘かエリーに頼むとするか」
喋りながらも食事の手を止めないセコイアである。
「タピオカとはネラックで親しまれている飲みものなのですかな?」
「そうです。多少は持ってきていたかもしれない。シャル。どうだっけ?」
問いかけるワーンベイダーに少し待ってもらって、頼りになるシャルロッテへ聞いてみた。
対する彼女はピンと背筋を伸ばし淀みなく答える。
「あと六杯分ございます。すぐに持ってくるでありますか?」
「頂けるのですか!? 貴重なものでは?」
「いえ、ネラックではありふれたものになりつつあります。ネラックにお越しの際は是非、他のキャッサバ料理も試してみてください」
「では、お言葉に甘えてお見送りの際に頂いてもよろしいでしょうか」
「もちろんです」
見えてないけど尻尾をパタパタと振ってそうなワーンベイダーに快く了承の意を示す。
楽しい食事会はあっという間に終わり、なんとお土産に乾燥させたライスヌードルを持たせてくれた。
タピオカよりこちらの方が断然高級品だよな。なんせ犬族の一部の部族から取り寄せたものなのだろうから。
次回バーデンバルデンに来る際にはタピオカをわんさか持ってこよう。
ワーンベイダーにネラックにお越しの何てことは言ったけど、バーデンバルデンからネラックまで地上から行くとなると相当時間がかかる。
まず公国側に出てから公都ローゼンハイムまで馬車で進み、そこから魔道機車に乗りようやくネラックだ。
立場もあるワーンベイダーがおいそれと行ける距離じゃあないよな。
そんなこんなでイゼナを乗せた飛行船はいよいよネラックに向かう。




