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296.ぽろりはしない

 船内で一息つけるのかというとそんなわけはなく、シャルロッテが出してくれたミルクティを楽しみつつイゼナを交えて食糧輸入量の見積なんかをしていたり、と休む暇はない。


「間もなく到着いたします」


 リッチモンドが告げると一旦船内会議はお開きとなる。

 んーっと背筋を伸ばし、しかと座席に自分の体を固定……はセコイアが膝の上に乗っているのでそのままでいいか。

 飛行船は日々改良されていて、離着陸や揺れの強い時用にシートベルトを装備するようになったのだ。


「イゼナ様、自分がシートベルトをお付けするであります!」

「は、はい」


 車のシートベルトと異なり、技術と強度的な問題から革紐をたすき掛けにして座席背面で固定し、腰は腰で革紐を回して後ろで縛る。

 シャルロッテは特別器用でもないけど、テキパキとイゼナ席のシートベルト装着を完了させた。

 若干、胸が苦しそうだけど大丈夫だろうか。

 シャルロッテと異なり鎧を装着しているわけじゃないので、革紐でぎゅっとするとポロリしないか心配だ。


「どこを見ておるのじゃ」

「見てないって」

「全く。ボクというものがありながら」

「見た目幼女に言われてもなあ……」

「なんじゃとお」


 などと狐と遊んでいるうちに飛行船が着陸する。

 着陸した衝撃でぐおんと体が浮き上がるが、セコイアによって元の姿勢に戻された。たぶん魔法で何かしているんだと思う。


「キミは貧弱で脆弱じゃからの。おっと、気が付いておると思うが宗次郎にも魔法をかけておるぞ」

「どっちも同じ意味だよ……というのはいいとして、机に立ったままのペンギンさんが微動だにしないのは何かあるとは思ってたよ」

「そういうことじゃ」


 トンと俺の膝から降りた彼女が首だけをこちらに向ける。

 にいと笑うその顔からは大魔術師の欠片も感じられない。さりげなく魔法を使う辺り、流石だなと思ったりもしているんだけどね。

 「ほれ」と手を引っ張られ立ち上がる。

 さすがに自力で立てないくらいに衰えてはいないぞ。まだまだ若いのだ。俺は。

 

「魔法をかけてくれていることはありがたいのだけど、いつかかってるのかまるで分からん」

「魔力密度5じゃから仕方なかろう。ボクは無詠唱のことも多いしの。杖を使わぬことも多々ある」

「へえ。詠唱したり杖を使った方が魔法の威力があがったりするの?」

「発動と維持が容易になる。詠唱……呪文はそうじゃな、灯台みたいなもんじゃ。発動に導く道しるべみたいなものじゃ」


 セコイアに聞いておいてあれだけど、俺が魔法を使うことなんて考えちゃいない。

 適材適所、餅は餅屋に。

 俺たちは一人じゃない。チームなのだ。できないことを補い合えば――。

 

「ヨシュアくん。みんなもう出ているよ」

「あ、行く行く」


 ◇◇◇

 

 降り立ったるはレーベンストックのバーデンバルデンである。何度来てもマッチ箱のような街並みは見ていて飽きない。

 夕焼けになるととても綺麗なんだよな。高台の上から街並みを眺めたいところだ。

 もっとも、そのような時間は残されてはいない。暗くなる頃にはネラックに向かわなきゃならんのだ。激務反対……。

 

 半ば忘れかけていたのだが、ネラック帰還の前にバーデンバルデンに寄ると約束していた。

 ほんの僅かな時間立ち寄るだけになるからと伝えても、それでもいいのでとのことだったので約束通りバーデンバルデンに降り立ったというわけだ。

 

 ワーンベイダーとエイル、それに植物鑑定の際に一緒に仕事をした猫頭のタイガの三人が出迎えてくれた。

 族長自ら来てくれるとは彼らの熱烈歓迎ぶりが分かるというもの。綿毛病の一件以来、彼らは何かと親身になってくれて嬉しい限りだ。

 彼らから助けてもらった分はどこかでお返ししなきゃな。こうして国家間の親交というのは続いていくものなんだなあと実感している。

 

「お忙しい中、飛行船の前にまで来ていただき恐縮です」

「私どもがご無理を言って寄って頂いたのです! みな、飛行船が着陸し『ヨシュア様がいらっしゃった』と喜んでおります」


 代表してワーンベイダーが一歩前に出て、歓迎の意を伝えてきた。

 彼の渋く低い声は不思議とよく通る。俺が会釈するとセコイアとペンギン以外の仲間が深々と頭を下げた。

 

「そ、そうだったんですか。飛行船は目立ちますからね」

「お食事だけでも是非」

「ありがとうございます」

「ヨシュア様は庶民的な屋台料理がお好きとお聞きしております。おもてなしとしてどうかと思ったのですが、エイルに押し切れらまして、賓客用としては」

「是非!」


 口ごもるワーンベイダーに被せるようにして勢いよく声を張る。

 やったぞ。ラーメンを食べることができるぞお。とんこつラーメンのお店は今日も元気に営業をしているだろうか。

 っと。その前に。

 

「ワーンベイダーさん。皆さんにご紹介したい方がいるのです。こちらホウライのイゼナさんです」

「ホウライから参りましたイゼナです。貴国のお噂はかねがね聞き及んでおります」


 と挨拶するイゼナであったが、心ここにあらずといった様子だった。

 彼女とて一国の姫という立場上、外交がどれほど大事か重々理解している。

 だけど、初めて見るバーデンバルデンの様子に目を奪われているのだろう。ここからだと外壁が邪魔をして良く見えない気もするのだが……。

 ワーンベイダーらが自己紹介をはじめ、ハッとなった彼女は顔を真っ赤にして挨拶をしていた。

 

 ホウライとレーベンストックの交易についてワーンベイダーとタイガ、イゼナが真剣に議論を交わしながら歩く中、エイルに先導され集団の前の方を歩く俺とセコイアは屋台に目が釘付けになっている。仕方ないじゃないお腹が空いているんだもの。

 屋台でそのまま食べたい気持ちがムクムクと湧いてきたが、ここはグッと我慢。セコイア、涎が出そう、口閉じて。

 会食の場は前回泊まった宿だった。

 シェフと宿の店主が扉前で待っててくれて、二人と握手を交わす。

 

「ヨシュア様。今回は珍しい麺類も準備いたしました」

「お、おお! 楽しみです!」


 無理言って作ってもらった前回とは異なり、シェフは準備万端と言った様子。こいつは期待できる。

 

 様々な麺類がずらっと並べられ、セコイアと顔を見合わせにんまりした。


「これは楽しみじゃのお」

「その赤いの。美味しそうじゃないか?」

「ほう。ぐ、ぐううう。ヨシュアあああ!」

「ほれ、水、水」

「ごくごく」


 真っ赤に染まったスープをすくってセコイアの口に入れてやったら、面白い反応をしたんだ。

 相当辛かったらしい。へえ、この地域にも唐辛子に似た調味料があるんだな。

 水を飲み干したセコイアが飛び掛かって来そうだったので、赤いスープをたっぷりすくったスプーンを彼女に向ける。


「ぐ、辛い! 水、水!」

「あはははは」


 相手のスペックが無駄に高いことを忘れていた。セコイアがスプーンを俺の口の中に突っ込みやがった。

 辛い食べ物なんて食べるのが久しぶりだったので、余計に辛く感じる。

 ん、ペンギンの食べている白い太麺……あれって。

 彼と同じ白湯スープにソーモン鳥らしきささみとネギが乗った器を手繰り寄せる。

 フォークで太麺をすくい上げてしげしげと見つめた。

 

「これ……ひょっとして」


 口に含む。やはり、こいつは。

 日本にいた時、一時期ハマっていたことがあったんだ。残業続きになるとカップ麺が多くなってどうしても飽きて来るんだよね。

 そんな中、各国風のカップ麺を食べたんだ。


「どうしたんじゃ?」

「これってフォーじゃないか。米粉ですよね?」


 訝しむセコイアを押しのけシェフに尋ねる。

 

書籍版7巻発売の10/7までに300話まで公開予定です!

ウェブ版ともども、引き続きよろしくお願いいたします!

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― 新着の感想 ―
[一言] 手を焼くは良い意味で使わないと思いますが
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