294.ホウライの産物
あっという間に最終日。ジョウヨウ滞在もあと少しとなった。ずっと縁の下で働いてくれているルンベルクとリッチモンドは飛行船のメンテナンスをしてくれている。最後の最後まで頭が下がるよ。元々立場があったろう二人が嫌な顔一つせず率先して引き受けてくれるのだから、感謝しかない。
残った仲間たちと俺は出国まで大忙しだ。
植物鑑定をしつつ、竹と水稲の実験農場を作ろうと動いていた。どちらも畑に植えるこれまでの作物と異なり、水を張った田んぼに植え付けを行う。
作業をする為の人手はすぐ集まり、昼ごろには何とか形になりそうだ。恐るべし人海戦術。
俺も手伝いに汗を流したいところだが、そうはいかない。
目星をつけた植物の育成方法を書面として残すべく、ひたすら羽ペンを走らせていた。
まずは竹と水稲から、ゴムや既に育てている小麦、大麦、カラス麦についても記載。
粟、稗もあったので、これらも植物鑑定しながら書き写していく。
「イゼナさん、竹と水稲は結構自生しているものなのですか?」
「雨季に大河の流域に行きますとよく見かけます。水稲は祭りごとに欠かせぬ食材ですので刈り取って脱穀し、倉庫で保管します」
「なるほど。一部、種として拠出することはできそうですか?」
「はい。ですが、タケノコ? を取るために出向きますので、その際に水稲も確保しようと考えております。積荷次第ではありますが」
「なるほど。確かにそうですね」
書写だけをやっているわけにはいかぬのだ。ホウライの貿易品も見繕わないと。かといって筆を取る手を休めるわけにもいかない。
正直、目が回りそうだ……。泣き言何て言ってられぬ。一国の未来がかかっていると思ってやらねば、中途半端だと余計に状況を悪化させる。
ええと、ゴムはホウライ南東部にいけば多量に生えており、輸出に問題ない。
現地で利用されていないから、ゴムを育てようという発想が彼らには無かった。もう一つの魔工プラスチックに加工できる樹脂もまた一部の工芸品に利用されているにとどまるとのこと。
ホウライには魔工プラスチックの加工技術はある。しかし余り活用されていないのだ。勿体ない。こんないいものを。
てことで、この二つだけで連合国との交易品として十分賄えそうだ。あとはホウライ名産のフランネル素材や、絹、綿など繊維。藍などの染料も交易品に加えることにした。
繊維や染料は帝国も輸入品として喜んでくれる……はず。
紫色の何かがあれば飛びつくんだけどな。高価な貝紫を共和国から輸入しているからさ。帝国は。
帝国で貝紫色は高貴な色として皇帝や貴族が好むんだ。
貝紫は地球に存在するものとほぼ同一のもので驚いた。貝紫の歴史は古く、紀元前に栄えた古代フェニキアは東地中海にまで遡る。
ある種の貝から抽出する染料で、美しい紫色は古来から最も高貴な色として好まれた。ロイヤルパープルなんて呼ばれ方をしていた気がする。
王の紫ってなんかかっこいいよね。
「ヨシュア様、銀や鉄などはいかがですか?」
「連合国は喜んで輸入させて……帝国やレーベンストックも欲しがるかと。あ、そういえば」
「はい?」
「我が国と同じで貴国と隣接しておりませんが、大森林と呼ばれるエルフの国が銀不足だったと聞きます」
イゼナの言葉で典型的な輸出品が抜けていた。金属だよ。金属はどこの国でも採掘しているし、どこの国でも利用されているので交易品として使える。
交易品を何とか見繕わなきゃって気ばかり焦っていたけど、彼女が出してくれる目録だけで事足りたな……。
いやいや、使われていないモノを交易品に加えることができたじゃないか。決して無駄ではない。
目録で出てくる交易品はホウライでも必要な物品である。彼らは食糧のために他を削って飢えを凌がなければならない状況だ。
現時点で自国では必要でないもので食糧を得ることができるのなら、もろ手を挙げて歓迎さ。
連合国としては鉄……できればアルミニウムも欲しい。
イゼナは目録に筆を走らせながら、顔を上に向ける。
「大森林……クレナイから聞きました。ヨシュア様に請願した際に先を争ったとか」
「確かにそんなこともありましたね……」
「私どもと同じで、大森林の方々も切迫した何かがあったのでは?」
「いえ、優先すべきはホウライです。大森林は急ぎ支援が必要な事情ではありませんでした」
「ヨシュア様はお優しいので……お気を使ってくださりありがとうございます」
「そんなわけでは……銀はどれほど出せそうなのですか?」
「そうですね……」
再び目録に目を落とすイゼナ。
大森林はレーベンストックのように部族の長による合議制がとられる国家だ。といってもレーベンストックと異なり、大森林という一つの国家としての方針を定めることは殆どない。
それぞれの部族が完全に独立し、不戦と相互防衛協定が結ばれているといったところ。なので大森林を一つの国家として付き合っていくのは中々困難なんだ。
主要な種族はエルフ。次に多いのが人間であるが、全体の二パーセント以下だとか。
エルフは独自の精霊信仰があり、聖教の布教を認めていない。と言っても敵対的なわけではないから安心して欲しい。
エルフは人間と大きく好みが異なっている。当たり前と言えば当たり前だけど、ね。
彼らと付き合うにあたってまず注意しなければならないことは食事だ。
エルフ? 俺のファンタジー知識によれば何て彼らと会うまでは考えていた。農業担当大臣のバルデスの助言を受けてなきゃとんでもないことになっていたところだったよ。
ほら、エルフといえば菜食主義者で肉や魚だけじゃなく、乳製品も一切口にしないというイメージがあるじゃないか。
違うんだ。彼らは肉を食べるし乳製品も口にする。あと、昆虫類を使ったスパイスも大好きだ。
大森林には様々な昆虫が生息している。中にはモンスターに分類される数メートルもあるものもいたりする。
それらが調味料として使われているんだ。連合国内でも食される代表的なものはビートルペッパーとレッドミルという二種類の調味料だな。
ビートルペッパーはカブトムシのような昆虫の角をすり潰して冷暗所で保管すること二ヶ月で熟成し、コショウのような味になる。
レッドミルは甲虫の翅を覆う外殻を炒って粉々にしたもので、一味に似たスパイスだ。
そうそう、肉といってもソーモン鳥のような肉ではない。連合国でも食べるものだと草食竜なら彼らも食す。
他は肉と言っていいのか分からないんだけど、巨大なカニのようなモンスターを養殖? 飼育? している。カニに似ているのが、完全なる地上性で泳ぐことができるものの水没すると呼吸ができなくて死んでしまう。
とまあ、数え上げたらきりがないが、食習慣がまるで異なるのだ。大森林以外は隣国だと大きく食習慣が異なることは余りないんだけどなあ……。
大森林以外にエルフが少ないのは食の問題があるのかもしれん。
食習慣がまるで異なる彼らはとかく銀を好む。食器から始まり、日用品も銀か銀との合金で作られているのだ。
逆に鉄を嫌う。もっともありふれた金属だってのに利用しないなんてなあ。
銀は鉄に比べればぐっと産出量が少ないから、大森林内だけじゃ補うことができない。彼らが他国との取引を始めた理由は銀を入手したいからだと言われている。




