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292.ホウライの恵み

「どうじゃった? お楽しみの空の散歩は?」


 知ってる癖に。この狐は……。

 ニヤニヤする顔が小憎らしい。聞いてないフリをしていたら、服を引っ張って見上げて来やがった。


「イゼナさん、ジョウヨウに戻った後、相談があります」

「楽しみです! 賢公のお言葉を直接聞くことができるなんて」

「そんな大したものじゃ……シャル。到着まで少し付き合ってくれ。ペンギンさんも」

「承知いたしました!」

「何か浮かんだようだね」


 ほわわと頬を桜色に染め両手を胸の前で組むイゼナに、過剰に期待されても……なんて少し申し訳ない気持ちになってくるが気にしたら負けだ。

 このまま思いつくままに述べたとしても実現できるのかどうかさえ分からない。

 そこで、ペンギンとシャルロッテである。彼らに相談し、俺の案をブラッシュアップしておくのだ。

 頼るべきものはそれぞれのスペシャリストである。ペンギンはもちろん、シャルロッテも連れてきてよかった。

 こと政策やスケジュールや人員の見積もり、調整となれば彼女の右に出るものはネラックにはいない。

 ローゼンハイムまで手を伸ばすとバルデスとかグラヌールなんて優秀な大臣もいるのはいる。連合国になって国の運営が滞りなく進むよう公国の大臣たちには頑張ってもらっているから、おいそれと引き抜くわけにはいかないんだよなあ。

 辺境は辺境で激務なことに変わりはないんだけど、一緒に政務に当たっているからこうして忙しい合間を縫って出かけたりもできる。


「シャル、そこにかけてくれ。ペンギンさんは机の上で」

「ペンギン氏。自分が持ち上げさせて頂きます!」

「悪いね」


 シャルロッテがフリッパーを上にあげたペンギンの脇をむんずと掴み、机の上に彼を乗せた。

 続いて彼女が俺の向かいに腰かける。


「んじゃ。さっそく」


 さりげなく狐が俺の膝の上に座ってきた。まあ、いつものことだし気にしないことにする。


「ご気分が優れないようでしたら、しばしお休みになられてはいかがでしょうか?」

「いや、大丈夫だ」

「ゆっくり寝たからのお」


 シャルロッテの気遣いに笑顔で応じ、狐の余計な一言はスルーだ。スルー。

 しかし、セコイアの耳がピクピク動き、肩を震わせているではないか。笑いを堪えているってバレバレだぞ。

 

「あんなスピードで楽しめるわけないだろ!」

「あははははは。キミが早く戻りたいと言うからじゃぞ」

「にしてもきりもみ回転とか、自由落下なんてする必要なかっただろおお」

「空を楽しみたいと言うからボクなりの気遣いじゃ」

「次はゆっくり、ゆっくり上にあがってくれ」

「ほお、次もやりたいのかの」

「言葉のあやだ。もう飛行船から飛び降りるのはこりごりだよ!」

「それは、ユマラ次第じゃな」


 相手にしないつもりだったのに、結局セコイアに構ってしまった。

 飛行船から飛び降りる行きはもちろんのこと、帰りも即気絶したんだよね。セコイアの飛行に付き合うのはこれで二回目……な気がするけど、無理だ。

 ジェットコースターなんて生易しいもんじゃない。魔法の飛行は自分に魔法の効果がかかっているのかかかっていないのか分からないのが問題なんだよ。

 突然自由落下したら、このまま地面に激突するんじゃないかと恐怖にかられる。セコイアが万が一にもそのような失敗はしないだろうけど、その時に下を見たら意識が飛ぶ。

 ち、ちくしょう。

 俺は高所恐怖症じゃないと思ってたんだが、そうじゃなかったらしい。

 

「せっかくだからセコイアも参加してくれ」

「任せるがよいぞ」

「ホウライにおける問題点は農作物を河の氾濫のみに依存していることにある。そこで――」


 まずは俺の意見を三人に述べることから始める。

 察しの良過ぎる彼らは俺の意見を即汲み取り、それぞれの立場から意見を述べてくれた。

 的確に無駄なく。

 その結果、飛行船が到着する頃にはある程度意見がまとまったのだった。

 

 ◇◇◇

 

 植物鑑定をしつつ昼食を頂き、イゼナとジョウヨウ高官らとの会議となる。

 人を集めてくれなくてもよかったんだけど……などと思いつつ会議に赴く。集まったジョウヨウ高官らは30名ほどだろうか。

 いや、もっとかもしれない。集まったのは総勢300名ほど。前の方に座っている人は高官だとイゼナから聞いているが、正直見ただけじゃ分からん。

 翻訳を待たずに進めてくれてよいと彼女から申し出があったので、いつものように喋るかと演壇の前に立つ。

 会議の場は先日の茶室を大きくしたような部屋じゃなくて、講堂のような場所だった。後ろにいくほどせり上がるように席がおかれていて、講師役は黒板と演壇のところから喋るといった感じだ。事前に準備した地図を黒板に貼り付け、最前列にセコイアやペンギンに座ってもらった。

 シャルロッテは俺の隣で補佐役として活躍してもらう。

 

 前を向き、ペコリとお辞儀する。

 それだけで万雷の拍手に出迎えられた。気合いの入り具合が違う。

 俺が真剣じゃないというわけではないのだけど、自国の危機と他国の俺じゃ、差が有って当然だよな。 

 

「連合国のヨシュアです。この度は急な会談に出席いただきありがとうございます」


 シャルロッテが俺に指揮棒のようなものを渡してくる。

 よっし、始めるか。

 

「ホウライの地形、植物について一日ではありますが調べさせていただきました。また、イゼナさんからホウライの農業についての知見を聞き、私なりに意見をまとめさせていただきました」


 ここで一旦言葉を切る。

 この辺は経験だな。朗々と語るだけでは聴衆に伝わらない。

 抑揚をつけ、相手に聞こえているのか、聞いていて理解できているのかを確かめながら進めていくのだ。

 演説も講義も似たようなもの。講義に関しては俺よりペンギンの方が慣れていると思ったから、彼に聞いてみたところ演説と似たようなものだと教えてもらった。


「ホウライの恵みはリャウガとミャウガがもたらすもの。両大河の氾濫により、豊穣な土が農地に流れ込み混ざることによって実りをもたらします。しかし、自然の成すことですので、氾濫の規模が毎年異なります。極小になった年は大不作に見舞われ、今年度のように深刻な食糧危機を招いてしまいます」


 地質調査なんてしていないので、塩害の理由が何かは持ち帰ってペンギンと共に調査する必要がある。

 しかし、古代の地球に似たような塩害があったことを思い出した。

 ティグリス・ユーフラテス川という川をご存じだろうか。人類最古の文明の一つ、メソポタミア文明を育んだ地域である。

 古代メソポタミアではティグリス・ユーフラテス川の氾濫を利用して農耕を行っていたのだが、後に塩害に悩まされることになった。

 原因は気候の変動である。長い期間繁栄をもたらしたこの地域は次第に乾燥が進み、水が干上がっていく。その結果、塩分が地中に溜まり、塩害をもたらしたのだ。

 更に良くないことに上流から流れて来る土も氾濫や人工灌漑によって農作地に集まったから塩害が加速する。

 他にも古代マヤ文明でもラテライトに悩まされ、農業ができなくなってしまう被害なんかがあったりした。

 

 地球を例にしてみたが、この世界でも塩害は存在する。もちろん対処法も。

 時間をかけ詳しい科学調査をすればもっと効率の良い対応策があるはず。だけど、俺の案は塩害以外の面でも恩恵をもたらしてくれるので無駄にはならないはずだ。

 

 

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