291.狐や。狐
「ほれ、狐や、狐」
「ボクのことか。狐じゃのうて妖狐じゃと言っておるだろう」
ご不満だったらしく、ふさふさの尻尾を伸ばして背伸びするセコイア。
彼女の尻尾と耳を見てふと思い出す。
「そういや野山で狐を見かけることはないような」
「この辺りならいるかもしれぬな。気候的な問題じゃ」
「へえ。ネラックよりもう少し寒いところか暑いとこにいるんだな」
「そんなところじゃ」
ふむ。地球だと世界中割とどこにでも狐がいたような記憶だが、世界が変わると「狐」という種もまるで別物になる。
動植物を地球と比べたら、不可思議過ぎて思考の海にハマってしまうので危険極まりない。
考えてみろよ、まるで異なる世界なのに狐や牛がいるんだぞ。
お、おっと。この辺にしておかないと。
唇を結び腕を組んで、再び地図へ目を落とす。
気合を入れたところで、本来の目的を聞いていなかった間抜けな自分に心の中で舌を出した。
「あ、セコイア」
「さっきからなんじゃ。構って欲しいのか?」
「うん。セコイアにしかできない仕事だ」
「魔素かの? キミのことじゃ。危険な魔素溜まりがないか確認したいのじゃろうて」
「そそ」
「問題ない。ジョウヨウからでも分かる」
「おお、さすが大魔法使い」
「撫でて良いぞ」
「おう、撫でてやろうではないか。ははは。ういやつめえ」
頭をわしゃわしゃすると、すぐに口元が緩むセコイアであった。
が、耳と尻尾がピクリとする。
野生の勘で何かを感じ取ったのだろうか。
「いた。ヨシュア」
「ん?」
「船の速度を落としてくれぬかの?」
「シャルロッテ、ルンベルクに伝えてもらえるか?」
「承知です! 閣下!」
近い近い。耳にダメージが。
顔を突き合わせて地図を見ていたから仕方ない。ちなみにペンギンはテーブルの上で嘴を開けたまま地図と睨めっこしている。
セコイアに言われた通りに、船の速度を限界まで落とす。
ご不満なのか狐にズボンを引っ張られるんだけど。
「もっとスピードを落とすか? そうなると停船状態になって風に流されるけど」
「風魔法がある。問題ないぞ。一時的にそこの牛乳娘に手伝ってもらうかもしれぬがの」
「お任せ下さい! 自分一人では足りませんが、やれる限り風魔法を使います!」
いや別にシャルロッテにわざわざ頼らなくても……などと思いつつも、飛行船を空中に留めるように動かしてもらう。飛行機と違って高速で動いてなくとも空に留まることがてきるのが良いよな飛行船って。
これも風魔法のおかげだ。
「何で俺を引っ張る? 魔素の確認はもうできているんだろ?」
「『いた』と言ったであろう。牛乳娘、宗次郎、しばしこの場を頼むぞ」
ぐいぐいと引っ張られ、連れて行かれた先は――。
「俺はもうやらないと言っただろおお! 待ってるからセコイア一人で行けよお!」
「こら、暴れるでない。固定できぬじゃろうが」
シャルロッテに風魔法をしばしの間頼むかもしれんてこういうことだったのかよお。戻る時に俺も含めて飛行魔法を使うかもしれないからってことだよね。
拒否だ。拒否。断じて許否だ!
そもそもセコイア一人だったら、万が一のためにシャルロッテの力を借りる必要もないだろうに。
ま、待って。マジで待って。
ハッチが開き、抵抗する俺を無視したセコイアがアイキャンフライ。
固定された俺もろとも。
「ぎゃああああ!」
そして、俺の意識は暗転した。
◇◇◇
ズルズルと脚が引きずられる感覚で目が覚める。
「お、起きたかの」
「何てことをしてくれたんだ……」
「そこの木のところで降ろそうとしていたのじゃ。多少引きずったくらい構わんじゃろ」
「引きずっていたことは全然問題ない。そこじゃない。そこじゃないんだ」
靴を履いているし、地面と擦れたところで怪我をしない。そうじゃなくて、と突っ込もうとしたら狐が右手を上にあげた。
「来たぞ」
「呼びかけていたの?」
「うむ」
「ここでいいから縄を外してくれ」
するりと固定されていたロープが外れ、尻餅をつきそうになる。じわじわと緩むものだと思っていたから油断した。
この分だと飛び降りる前に呼びかけをしていたんだな。
依頼したのは俺だ。「もし気配を感じたら教えてくれ」と言っただけなのだけどな。
まさか会うためにいきなり飛び降りるとは想定外にもほどがある。
こう、ピンポイントで出会うことができるなんて思ってなかった。俺を連れてきたことを除けば「セコイア、グッジョブ」だよな。
ガサガサと藪が動き、出てきたのはずんぐりとした熊のような動物だった。
あれが噂のユマラか。セコイアが牛より断然働いてくれると言っていたので、どうにかお手伝いしてもらえないかと考えたわけだ。
彼女曰く、喋りこそしないものの犬猫より知能が高いという。
全身は白黒のぶち模様になっていて、顔は目の周りと鼻が黒く他が白い。いや、一か所だけ色が違う。
右耳は黒だけど左耳はピンク色だ。
「パンダじゃないか」
「パンダ? ユマラじゃぞ」
「ピンク色以外はまんま……いや、何でもない」
「ふむ。して、ユマラに頼むんじゃな?」
「うん、もう一つ聞きたいことがあってさ。どれくらい個体数がいるのかとかも確かめたい」
「こやつがどれほどの群れなのか、他にどれくらい群れがいるか、聞くだけ聞いてみるかの」
前に出るセコイアに合わせるかのようにパンダ……じゃないユマラも一歩前に出る。
「がおー」
そこでユマラが一声鳴いた。
な、何だこの気の抜ける声は。
これが吠え声なのか? 棒読みなのだけど……。
しかし、セコイアは特に気にした様子がない。これが普通? いやいや、そんなはずは。
雷獣やペンギンと行ったようにセコイアとユマラの間に音はない。
身振り手振りでセコイアがちょこまかと動く以外は俺から何も推し測ることができない状態だ。
これでも、高速で意思のやり取りをしているのだから驚きだよな。俺も動物と会話できる能力が欲しかった。
魔法で何とかなるのかな? しかし、魔力密度5では絶望的……そもそも魔法のお勉強をしていないという突っ込みはなしだぞ。
くだらないことを考えている間にユマラとセコイアのやり取りは一旦終わったようだった。
「だいたいまとまったぞ」
「お、おお。どうだった?」
「そうじゃの。ユマラたちは雷獣と同じくらい賢い。個体数も十分におる。ただ、ユマラたちもホウライの民と同じじゃな」
「氾濫がないと困るってこと?」
「そうじゃ。餌になる竹が沼地のようなところでしか生育せんらしいからの。雨期に太り、乾期を超えるような生活をしているそうじゃ」
「乾期は乾期で竹があるところはあるんだよな?」
「ユマラによるとヨシュアの想像通りじゃ。じゃが、餌が大量にある時期は雨期ということだの」
「竹を安定供給できれば、労働力を提供してくれそうかな?」
「うむ。供給できれば、じゃな。その時はボクがユマラを呼ぼうじゃないか」
竹とユマラの関係性は概ね予想した通り。
野生動物であっても知性が高く、ある種の契約も理解できるほどだったのは想定以上だ。
これなら、竹さえ準備できる環境を整えればユマラの協力を取り付けることができる。




