290.空から観察
ジョウヨウ滞在二日目になった。植物鑑定を続けるつもりではいたが、お昼まではルンベルクらが調べてくれた地形の確認を行うことにしたんだ。
二人は僅か一日で見事な地図を作ってくれたんだよ。
以前、公国北東部の調査に行ってもらった時にはバルトロがざっくりとした地図を描いてくれたのだけど、一週間以上かかっての作成だった。
その時の地図よりルンベルクとリッチモンドの二人で作成した地図の方がより「使える」ものに仕上がっている。
「凄すぎる」と彼らを手放しに褒めたところ、「私どもには経験がありますから」と返ってきた。
じゃあ一体どこで? と疑問が浮かんだのだけど、すぐに納得しうんうんと一人頷く。彼らは騎士だった経験が長い。公国の騎士は常備軍に近いような組織なので、行軍訓練、地図作成、測量などお手の物だ。もっとも、二人とも飛竜に乗って空から地図を作ったのは一度だけと謙遜していた。そういった経験が生きて、今回の素晴らしい地図ができあがったというわけである。
さて、地形の確認であるが、もちろん飛行船からだ。乗船人数の関係からホウライ側はイゼナとクレナイのみ同乗してもらうことになった。
他はいつものメンバーである。
「×××!」
窓に張り付いたまま動かないクレナイがまた何やら呟いていた。いや、叫んでいた。彼の表情からして感嘆する声な気がする。護衛役でイゼナと乗り込んだのだが、すっかり職務を忘れているご様子。まあ、それだけ俺たちを信用してくれてるということさ。万が一にも俺たちが彼らを害すことなどないとね。
俺が一人で庭園に出歩いていたことも彼らの信頼と信用に拍車をかけたのかもしれない。
朝起きたら、「必ず護衛を」とルンベルクに苦言を呈されたものなあ。
「しかし、庭園だし、何かあるわけもない。ジョウヨウの兵も警備にあたっていることだし」……などと返そうとしたらだな、狐が余計なことをのたまったんだ。
「外敵は無かろう。ボクがちゃんと感知の網を巡らせておるからな。じゃが、ヨシュアが転んで後頭部を打つことはふせげん」
なんだよそれ! ルンベルクも得心したように目を細めないで欲しい。
とまあ、俺たちの方でもよく分からない会話が交わされたのだ。
ボスが一人で外に出ることで相手の警備を信頼していると思ってくれた……という線を想像したけど、セコイアたちとのやり取りを思い出すと微妙な気持ちになってきた。
「閣下! あちらをご覧ください!」
「う、うん」
シャルロッテが耳元で叫ぶものだから耳がキンキンする。
あれがホウライ一の大河「リャウガ川」か。ネラック周辺に大河と呼べるものはない。ルビコン川は川幅一キロどころかその半分以下にも満たない。
この辺りは大河の中流域に入ろうかというところで既に川幅一キロを優に超えている。
「ここに至るまでに沢山の支流が合流しているんだな」
ふむ。
地図と見比べつつ場所を確認する。
もう少し下流に行くと、流入する支流もさることながら、分岐する箇所がいくつかあるんだ。といっても本流の川幅が狭くなることはないのだけどね。
ちょいちょいとペンギンを手招きし、地図を指差す。彼はカックンカックンと首を縦に揺らして肯定した。
事前に打ち合わせしていないのに、彼は正確に俺の意図を汲み取ってくれたようだ。
肯定する動きが不気味なのは触れないでおくとしよう。
いつまで首を揺らしているんだと突っ込もうと迷ったが、操舵を取り仕切るルンベルクを呼ぶ。
「ルンベルク、もう少し上流に向けて進んでもらえるか」
「畏まりました」
一方で俺たちのやり取りをイゼナが目を細めて眺めていた。
お、おっと客人であり当事者を置いてきぼりは良くないよな。
「イゼナさん、大河で目をつけていた地点に向かいます。そこでご意見を聞かせて欲しいのですが」
「申し訳ありません。私が都度ご案内すべきところを。正直、飛行船とヨシュア様の指導力に圧倒されております」
「空からとなると勝手が異なります。空からですと分からないことの方が多く、もし現地のことをご存知でしたら意見を頂きたいなと」
「もちろんです。是非、お願いします!」
ジョウヨウに住むイゼナがどこまでリャウガ川流域について詳しいかは分からない。
少なくとも俺たち連合国の人間よりは詳しいことは確か。
時間が限られているこの状況では、頼れるものは全て頼らねば。といっても、沢山の人を集めて知識を募ろうとなれば逆にまとまりを欠きプロジェクトが進まないということもある。
どのようなことでも目標とスケジュールを加味して最適を選ばないと良い仕事はできない。
俺が最適を選びとっているのか、ということには疑問が残るが……弱音を吐いている暇があるなら対応策を考える時間にしなきゃね。
「空から見た感じ、大きな街がないように見えます」
「はい。空から見てハッキリわかりました。例年、雨期になるとリャウガ川流域は広大な沼地ができるのです」
「なるほど。今年は沼地が極端に少ないということなのですね」
「家が半ばまで水没してしまっては生活が困難になります。床を上げて対策することもできますが、氾濫の規模によっては」
「氾濫時の水流に家ごと持っていかれてしまう……ですか」
無言で形のよい顎を縦に振るイゼナ。
「失礼を」と断ってから彼女は後ろから覗き込むようにして地図の一点に指を当てる。
彼女の体とくっつきそうになり、さりげなく体を横にずらす。
「リャウガ川に一番近いシレイという街になります。もう一つ、リャウガ川が流れ込むホウライ最東端に港街タンヨウがあります」
「どちらも川からは結構な距離があるんですね」
「はい。シレイもタンヨウも城壁があり、万が一の氾濫にも備えております」
「他に村々があるのですよね」
「おっしゃる通りです」
「この辺りとこの辺りには近くに村がありますか?」
「ございます。ですが、ヨシュア様の指した場所に村はございません」
どっちかが無人ならいいなと思っていたけど、どちらも無人地域か。
なら人々の生活を考慮する必要はないか。
といっても安心はできない。この世界には猛獣だけじゃなくモンスターもいるのだ。
「開発します」「はいそうですか」と上手く行けばいいのだけど、強力なモンスターがひしめいている可能性もある。
それも、強力なモンスターが集まる要因を把握しているから調査すりゃいい。
幸い、セコイアも来ているしな。道具も一応持ってきている。
道具を使うなら地上に降りなきゃならないけど、狐なら上空からでも大丈夫。
何を計測するのかって? 魔素だよ、魔素。
北東部の悲劇の時、魔素の密度が濃くなり強力なモンスターが誕生した(集まっただけかもしれない)。
そして、魔素だまりと言われる魔素の密度が濃い地域もまた強力なモンスターが棲息している。
このことから、地域の魔素を調べればどれくらいの強さのモンスターがいるのか推測することができるのだ。過信は禁物だけどね。




