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289.ホウライサクラ

「変わった魚なのですね」

「桜鯉という名の魚です」

「そうなんですね。光に照らされると桜の花びらのような模様が浮かびあがることからきているのですか?」

「はい。おっしゃる通りです」


 池の前でしゃがみ込んだイゼナはパラパラと水面に何かを撒く。

 桜鯉たちが水面にあがってきてパクパクやっていることから、あれが餌なのだと分かる。

 あれ、今彼女が重要なことをさらっと言った気が……。


「そうだ。桜だ」

「桜がどうかなされましたか?」


 つい口に出して大きな声を出してしまった。

 イゼナはきょとんと首をかしげ、浴衣から覗くうなじが露わになる。

 明るかったらドキリとしていたかもしれない。今は暗くてせっかくの浴衣からのうなじもよく見えないのだ。

 え、ええい。うなじのことじゃなくてだな。

 

「桜があるんですか?」

「はい。ございます。離宮にもありますよ」

「お、おお」

「夏が過ぎる頃、桜の花が満開になるんです。是非、その頃に起こしください!」


 秋? と聞いた時、「ええええ!」と声が出そうになったのをぐぐっと堪える。

 桜は春に満開になるもんだ、と口走ってしまったらいろいろとよろしくない。

 公国に桜があるわけではなし。じゃあ、どこで、なんて説明することになったら何かとややこしいことに。

 ペンギンやセコイアと人目を憚らずさんざん日本のことを喋っているから、聞いたことのある領民もいるだろう。

 ハウスキーパーやシャルロッテたち、近しい人たちは確実に日本だ何だのの会話を聞いている。

 別に聞かれても構わないと思って喋っているわけなのだけど、外国の要人に面と向かって「前世が」などとはさすがの俺でも控えたい。

 理由は色々ある。そう、色々だ。

 

「離宮にも、ということはホウライではありふれた木なのですか?」

「良く見かけますが、街や村の中以外で桜を見ることはまずありません」

「自生していない種なのですね」

「はい。元々は自生していたものなのですが、原種は白に若干ピンク色が乗ったくらいで花も僅かにしか咲きません。原種のことを私たちは桜と呼んでおりません」

「なので、外では見かけないということなのですね」


 原種を改良した栽培品種が桜らしい。

 日本のソメイヨシノみたいなもんなのかな。花が咲く季節は違うにしろ、桜鯉の浮かび上がった模様を見る限りソメイヨシノに近い花びらなんじゃないかな?

 すると、おもむろに立ち上がったイゼナがすっと手を右側に向ける。

 指がピンと伸びていて、こういった仕草一つとっても品があるなあと感想を抱く。

 公国や帝国とは礼儀作法がまるで異なる。どちらかというと着物姿の日本女性の礼儀作法に近いかも。う、うーん。ちょっと違うか。

 礼儀作法というのは国や地域によって違うことが普通だ。だけど、洗練された動きというのはどの地域のものを見ても優雅だなあとか、上品だなあとかそんな風に感じるものなのである。

 

 しずしずと歩くイゼナの後ろをついていくこと、10メートルほど。


「桜の木ですか?」

「はい。暗くて恐縮ですが、ヨシュア様がご興味を抱かれた様子でしたので」


 ではさっそく。ありがたく調べさせてもらうとしましょうか。

 ふむふむ。幹の表面は……ソメイヨシノに似て……ごめん、正直、ソメイヨシノの表面なんて記憶にございません。

 ペタリと手のひらを幹につけ――。

 

 ペチャ。

 何かぬめっとしたものに触れ、情けない悲鳴をあげてのけぞってしまう。

 

「うお」

「ヨシュア様! 大事無いですか?」


 のけぞった後に足元がおぼつかなくなってしまって、イゼナが後ろから抱きしめるような形で受け止めてくれた。


「す、すいません」

「見える私がちゃんと確認しておけば、申し訳ありません」


 情けないことに彼女からそっと背中を押され立たせてもらう。

 エリーやアルルに助けてもらうのは、もはや仕方ないことだと達観している。

 しかしだな、異国の姫に支えられるのはさすがの俺でもくるものがあるんだぞ。

 

 どうやらナメクジのようなものに手が触れたみたいだった。

 場所を変更して改めて幹に触れ、植物鑑定を実施する。

 

「なるほど。ホウライサクラという園芸品種なのですね」

「はい。ヨシュア様のおっしゃる通りです。日中もギフトを使いっぱなしだったのでご案内するか悩んだのですが、喜んで頂けたのでしたら幸いです」

「ありがとうございました。ネラックでも桜の花を見てみたい、というのが率直な感想です」

「それほどお気に召して頂けましたか! 是非、お持ち帰りください。挿し木をお渡しします」


 改めてイゼナにお礼を述べ、頭を下げた。

 ホウライサクラはソメイヨシノと違って、種からでも育成することができる。

 同じ桜という名称がついているけど、地球の桜……バラ科サクラ亜科サクラ属とは完全に別種だ。

 地球と異世界で平行進化なんてものはあり得ないから、たまたま見た目が似ているのだろう。桜という呼び名まで同じなのは奇跡としか言いようがない。

 ホウライサクラは落葉樹で、冬になると枝だけになる。

 暖かくなってきたら花が咲くのではなく、青々とした葉が生えてくるんだ。秋になると紅葉し落葉したら、一斉に花が咲く。

 花が散り、冬を迎え、また春に……と繰り返す。

 植物鑑定が示した内容だから、誤りがないことが分かっていても俄かに信じることができない。俺の中にある「日本の桜」のイメージがどうしても邪魔をして。

 

「育て方も教えてくださいませんか?」

「もちろんです。ご迷惑でなければ、私が直接出向きたいところですが……不作に悩まされる現状、残念です」

「農作物の安定が急務です。残り二日間ではありますが、できる限りの調査をさせてください」

「心強いお言葉、感謝いたします」


 などと社交辞令的なお約束の言葉を交わし、この場は解散となった。

 

「な、なんだと……」


 部屋に戻ってきたら、セコイアとペンギンが布団も被らずに俺のベッドで横になってるじゃないか。

 二人とも寝息を立てており、扉を開ける音程度では目覚めることなんてなかった。

 ベッドは広いから二人が寝ていても俺が寝ころぶスペースは十分にある。だけど、何で折り重なるようにわざわざ真ん中で寝ているんだよ。

 抱き上げて運ぶのは却下。案外重たいんだよね。

 転がすか。ペンギンならちょいと力を込めるだけで転がすことができる。


 よいしょっと。

 

「ぐぬぬ」


 案外重たい。寝ている時は起きている時に比べて重たくなると言うが、転がり易そうな体型をしているペンギンだから楽勝かと思いきや、絶妙にフリッパーが引っかかってやがる。


「まあいいか。寝れないことはない」


 二人をそのままにしておいて、布団に潜り込む。

 肩まで布団がかからないじゃないか!

 思いっきり布団を引くと、ゴロンとペンギンとセコイアが床に落ちた。


「おやすみー」

 

 見なかったことにして目を閉じる。

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