286.名産品もあった
「殿……どうぞ」
戻ってきたクレナイがお盆をすっとこちらに向けた。レーベンストックで会った頃より彼の帝国語がたどたどしくなっている気がする。
さもありなん、母国語じゃないのだから仕方ないさ。
俺なら確実に外国語を使わなかったら、全く喋ることができなくなる自信があるぞ。ふ、ふふ。
そうそう、外国語で思い出したが俺の母国語はどうなってると思う?
「公国語だろ、常識的に考えて」と普通なら考えるだろう。この世界の言語は公国語しか理解できないので、他言語が母国語などあり得ない。
うん、公国語は日常的に使っているから支障なく使うことができる。
特に誰かに言ったわけではないけど、俺にとって母国語となると日本語なんだ。この世界に産まれてはや二十年以上が過ぎている。それでも、前世の記憶がある俺にとって公国語は未だに外国語の域をでない。一人の時に脳内で考え事をするときはいつも日本語である。
ペンギンと出会うまで日本語を全く使ってこなかったってのに。
前世の記憶による恩恵は計り知れない。しかし、こと母国語という括りにおいては少し面倒だ。生まれた時から日本語での会話ができたために、本来自然と習得する公国語を覚えるのが大変だったんだよな。
幸い、幼子が喋り始めるくらいにはたどたどしくあるが、公国語を喋ることができるようになった。
ちゃんと公国語を喋ることができるようになるまでになんと6年ほどかかったのだ。
ペンギンは半年くらいで完全にマスターしたじゃないかって?
彼は、うん、下地が違う。セコイアと脳内会話があったにしろ、早すぎる。
前世でも複数ヶ国語を習得したり、していたんじゃないかな。
俺? 俺は前世でも日本語しか習得していない。今は公国語も喋ることができるからバイリンガルだぜ? へへん。
「ありがとう。これは?」
しょうもないことを考えていたら、ワンテンポ遅れた。
それでもしれっと、クレナイにお礼を返し質問する。
「これはシャオピン。なかなかだ」
「ヨシュア様、そちらはシャオピンと言って祭りごとなど特別な日にパンの代わりに食べる食材です」
クレナイにイゼナがフォローを入れた。
ほう。真っ白ではない自然な白色と言えばいか。お饅頭のような形をしている。
さっそく失礼して。
もぐ……。お、もちもちしてるな。
ほお、塩と……な、何だと。小豆か!
こ、こいつは。
「う、うまい! 甘くしても美味しそうだ」
「皆様もどうぞ」言ったイゼナに合わせ、クレナイの持つ盆の上にのった白いお饅頭をセコイアらも受け取り口に運ぶ。
「ヨシュアくん。これはもち米かね」
「多分。米と聞いてイゼナさんが気を利かせて」
ペンギンは餅でもこぼすのね。
そう、お饅頭は餅だったのだ。それに味付けは甘くないという違いがあるけど、餡子ぽいものまで。
「中に入っているのは小豆ですか?」
「はい。帝国の豆とは少し異なります。表皮の色で区別がつきます」
「小豆はまだ鑑定してなかったと思います。この分ですと、まだ見ていない作物がありそうですね」
「はい。本日お持ちしているものは主にジョウヨウ周辺で採れるものばかりです」
「なるほど。小豆は別の地域なのですね」
「地域によって収穫できる作物は異なっております。小麦は全域で作っております」
さすがに全域を見て回るのは厳しいな。飛行船を使えば数時間もかからず到着できるだろうけど、俺に残された日数が……政務が詰まっておりまして。
ち、ちくしょう。仕事と休みが半分くらいの割合にならんものだろうか。
シャルロッテに言わせれば、眠っている時間が休みの時間にカウントされるんだろうな。寝るか仕事するか食事するか……嫌すぎる生活だ。
「いかがなされましたか、閣下!」
「よ、呼んで……今のところ、特には」
「そうでありましたか! まだまだ日が暮れるまで時間があります!」
「そ、そうね」
呼んだつもりも目を合わせたわけでもなかったんだけど、シャルロッテの謎センサーに引っかかったらしい。
この後も軽食を挟みつつ、植物鑑定は続く。
◇◇◇
夕食後、イゼナたちが案内してくれたのはジョウヨウ宮の離宮だった。
離宮といっても中々の広さで、俺たちが宿泊してもまだ半分以上の部屋が空き室になるほど。そんな離宮の一室でルンベルクらが持ち帰ってくれた地図を眺めていたら、結構な時間が経ってしまったようだった。
俺と一緒にいるペンギンも同じように机の上に置かれた地図を真剣な目で見つめている。
「ヨシュア、宗次郎も。まだ睨めっこしておったのか」
濡れた髪の毛をタオルで拭きながら、肌を桜色に染めたセコイアが部屋に入って来る。
ワンピース調の肌にピタリと張り付くパジャマに着替えた彼女はすっかりくつろぎモードであった。
「このタオル。あまり吸収が良くないのお」
「ワンピースと同じ生地なのかな? 肌触りは悪くなさそうだけど」
「悪くはないのお。何より羽のように軽い」
「へえ」
濡れたままのタオルを見せて……いや、俺にも旅館で着るような浴衣が用意されているから、そいつを見るか。
綺麗に畳まれた浴衣ではなく、小さくまとめられた帯を手に取りしげしげと見つめる。
綿や麻だと思ったけど、肌ざわりが違う。
繊維も植物なら鑑定できるはず。
「ほお。絹と羊毛でできているのかあ」
「ヨシュアくん。そいつはフランネルの一種ではないかね」
嘴をパカンと開きフリッパーを上にあげるペンギン。
「フランネル? 聞いたことがあるようなないような」
「イギリス発祥の毛織物だよ。最古のものはウールのみだったが、綿や絹を混ぜて織ったりもするそうだ」
「ん。あ、ああ。フリースとかに使うやつか」
「フリースもそうだね」
なるほど。フリースと聞いてピンときた。軽くて暖かい奴だ。
これは絹を混ぜているから、寒い季節じゃなくても快適に過ごせそう。絹を混ぜているから直接肌に当たっても着心地は悪くなさそう。
連合国でもフランネル織の製品はあったと思う……たぶん。
服の織り方なんて注視していないから、自信がない。
「シャルに聞いてみるか。俺の肌感覚だけど、絹とウールのフランネルなら輸出品として使えそうだぞ」
「輸出できるほど生産しているのか、イゼナくんに聞かねばだね」
うむうむと頷き合う俺とペンギンにセコイアが割って入る。
「早く湯あみをしてくるのじゃ。先に寝てしまうぞ」
「どうぞどうぞ」
「むきいい。こんな美少女を一人で寝かせようというのか」
「そうだねえ」
棒読みで応じたら、セコイアが突っ込んできそうだったのでとっとと湯あみに向かうことにした。
一緒に寝るつもりは毛頭ないけどな!




