285.水稲
植物をと言ったのに、気を利かせてか「食べられる」ものが続々と……。
食用の虫や水桶に入れた魚、謎の甲殻類とかも運ばれてきていて、背筋が寒くなった。
イモムシ? ヒル? ぽいのがうじゃうじゃしてるのがあってさ。こういうのは苦手なんだよね。貴重なタンパク源だとは分かっていても、ゾワゾワが止まらない。
他のみんなはどうなんだろうか。
シャルロッテは俺の近くにはおらず、ホウライの人たちのお手伝いに精を出してくれている。彼女にこのうじゃうじゃを見ている余裕はなさそうだ。
セコイアはじーっと俺とペンギンの様子を見ている。こっちも並べられた物には興味が無さそう。
しかし、ペンギンは異なる。フリッパーを上げたり下げたりとどんなものに対しても何らかの反応を見せていた。
「ヨシュアくん。このエビ? カニ? の甲羅の柄を見たかい?」
「ん、あ、ドクロマークに見えるね」
「地球にもドクロの柄をした虫がいたりするのだよ。興味深い」
「う、うん」
何だったっけ。確か蛾の一種で有名な奴がいたような。
日本時代は遥か昔の記憶なので、細かいことまで覚えていないんだよね。ま、まあいいや。
ドクロマークは生存競争に何らかの利点があるってことだ。地球でもこの世界でも有用な柄なのだろう。
何が優位点になるのかまるで想像がつかないし、今後、研究しようとも思わない。ははは。
「イゼナさん、すいませんが……」
すぐにイゼナへ「植物以外はお引き取りを」と進言し、カニを見つめるペンギンの前からもそれらを容赦なく撤収してもらった。
入れ替わるようにして続々とやってくる植物。
最初は食べられると分かっているものが多かったけど、この頃になると殆どは所謂雑草やそこら辺に自生している低木、高木と言った具合だ。
食用になるものもポツポツとあったが、「苦い」とか「えぐみが強い」とか植物鑑定に記載されていて、わざわざ育てるものではないと判断する。
食用以外で有用になる植物もあった。
ネラックで使っている通貨はある種の樹脂で固めたものなのだけど、これと似たような樹脂がホウライにも自生しているみたいだな。
確かガラムがいろんな場所にあるとか言っていたような気がする。沢山とれるのなら、ホウライで樹脂を活用するのも良いな。
何に使うんだ、となれば考える時間が欲しいとの回答になるけどね!
他にも……お、これは。
『名前:マムート
概要:低木。小さく丸い果実をつける。果実は鮮やかな青色。
育て方:乾燥に強い。暑さに弱いため、日陰での育成を推奨。
詳細:果実を絞り、果汁を低温で煮込み冷やすと固まる。加工し固めた果汁は弾力性を持ち…………』
「ゴムだぞ、これ!」
「鮮やかな青色とはまた変わったものだね!」
「マムートという名の低木の果実みたいだぞ」
「ほう」
小さなチェリーのような果実の色は鮮やかなスカイブルーである。ペンキで塗りたくったような色だけど、特に加工をしたわけではなくこのような色をしているみたいだ。
「その実は毒を含んでおります。狩の毒としても使えません」
イゼナもこの果実を知っている様子。
アルカロイド系の毒を含んでいて、人間が食べると激しい腹痛を起こす……と書いてあるな。しかし、間違えて食べても死ぬほどのものじゃないのは幸いだ。
毒を含んだ生物は鮮やかな色をしていることが多々ある。これは警戒色と言って、「俺は毒を持ってるんだぞ!」とアピールするためのものだとか何だとか。
裏をかいて毒を含んだ生き物そっくりの派手な色で実は毒を持っていないなんて生物もいるから、自然って面白い。
「その実はそれ程のものなのかの?」
「うん! こいつはスツーカに続く大発見だよ」
はしゃぐ俺とペンギンにブスッとしたセコイアが問いかけてくる。自分だけ除け者にされたとでも思っているのだろう。
「ほら、ネラックに来た頃の時にトーレがブヨブヨしたカエルの素材を使っていただろ?」
「そんなこともあったのお。ヨシュアが『カエル農場を作るんだ』とか言っておったの」
「言ってないから! この果実は、カエルの代わりになるものなんだよ。うまく加工できるかはまだ分からないけどね」
「ほう、そう言えばカエルの時に『ゴム』と言っておったな。その毒々しい青の実がゴムなのかの」
「こいつの果汁がゴムになるみたいなんだよ。どうやって加工するのかはトーレと相談かな」
加工のやり方は植物鑑定に記載されているけど、大雑把過ぎて適当にやってもうまく行かなさそうなんだよな。
期待した弾性が得られないと意味がないし。至適温度やらを探っていかなきゃならん。
マムートの実という俺的大発見があったものの、キャッサバのような一発大逆転な作物は見つからなかった。
環境改善を行うことは必須として、現状育てている小麦を継続するか、他の作物に切り替えるかは難しいところだ。
辺境の場合はキャッサバを発見し、そのままキャッサバに飛びついた。
領民の口に合うとか合わないとか言っていられる状況じゃなかったからな。至急なんでもいいから食べ物を確保する必要があった。
幸い、キャッサバ粉を使ったパンでも領民が苦にせず食べてくれたから何とかなったものの、キャッサバが不味くて仕方ないとなったら……大失敗に終わっていただろう。
もし、食えたものじゃないとなったとしても、しばらくの間はキャッサバで我慢してもらうしかなかったのも事実である。
その場合、キャッサバで凌ぎつつ小麦を育てて……みたいに作物生産にもっと多くの時間が必要だったはず。
ホウライの場合は辺境とは人口規模がまるで異なる。失敗した後、飢えを凌ぐには他国からの食糧支援が必須となることは確実。
どうしたもんか……。
悩む俺にイゼナが長いまつ毛を震わせおずおずと問いかけてくる。
「いかがでしたでしょうか……?」
「半日見ただけですので、まだ見ぬ作物があると思いますが、現状ですと不確定要素が多く何とも言えません」
「そうですか……」
「水稲は食べたことがありますか?」
ずううんと暗くなるイゼナにいたたまれなくなり、ひょいと手にとったのは水稲であった。
自生していたものとのことだったので、気候的に水稲を育てることはできるはず。
「その草を食べることができるのですか?」
「穂にあるつぶつぶの殻を剥がして、炊き込むと食べることができるんです。小麦の代わりになれる作物なのですが……食べたことはありませんか?」
「つぶつぶ……白い粒でしょうか?」
「はい。米というのですが、共和国から輸入されたものですが、以前食べたことがあるんですよ。おかずと一緒に食べるとなかなか美味しいんです」
「あ、ひょっとして……」
何かが浮かんだのか、ぱっと表情を変えたイゼナはクレナイに何やら耳打ちする。




