279.いざホウライへ
「多少街から離れててもいい。着陸必須。絶対。空中停止ダメ絶対」
「エネルギーの消耗が激しいからね」
俺の提言にペンギンも器用に顎へフリッパーを当て同意する。
膝の上に乗ったセコイアが顔だけを上にあげ苦虫を噛み潰したような表情になり、前を向く。
「何だよ、その顔」と狐耳をツンツンしてやろうかと思ったけど、遊んでいるうちに着陸地点がありませんのでここからどうぞ……なんてことになるんじゃないかと恐れ思いとどまった。
そろそろホウライに入った頃か。ホウライを目指すには帝国北部から東を目指すか、レーベンストック北部から無人地帯を抜けるかのどちらかである。レーベンストック側からは険しい自然を通過する必要があり、危険極まると聞いた。
どちらの国を通過するにしても領空通過許可を取っておくのが望ましい。
帝国が誇る飛竜やレーベンストックのアールヴ族より遥か上空を飛行するから衝突することはまず無いと言い切れる。
以前、飛行船でレーベンストックに行った際はアールヴ族のエイルが同乗していたから特にこちらから許可を求めることをしなかった。着陸の際に何かと協力もしてくれたし、問題になるどころか逆に歓迎される。
衝突する危険性もないし、遥か空の上を飛んだところで各国に迷惑をかけることは無い。
しかしながら、今後は他国でも飛行船を使うようになった時のことを鑑み、この機会に領空という考え方を広めようと思ったわけだ。
後々のトラブルにならないようにね。
そんなこんなでホウライにはレーベンストック側から入ることにしたんだ。
俺たちにとっては険しい自然など関係ない。高すぎる山は迂回するけど、その程度だからね。空はどこも平坦なのである。
レーベンストックに領空通過のことを打診したら二つ返事で了解の意が返ってきた。更に領空を通るならバーデンバルデンに寄ってくれないかと請願されたほどだ。
なので帰還時にバーデンバルデンに寄ろうかなと思う。目的はラーメンである。バーデンバルデンといえばラーメンだよな! ネラックでも試作せねばと思いつつ、まだ何もしていない。
醤油、塩、とんこつ、味噌……どれも懐かしの味だ。
ただし、カップラーメンは微妙なんだよな。味が嫌いというわけじゃない。ほら、残業になってデスクでカップラーメンをすするってことが続くと、カップラーメンの姿を見たくなくなるもんだろ? 即席麺の開発なんて今の技術力だと夢のまた夢だから、カップラーメンの登場を懸念する必要なんてない。
あれば嬉しい商品であることは確かなのだけどね!
「ヨシュア様。これより高度を落とします。地図を頼りにホウライの都ジョウヨウを探します」
「ありがとう。頼む」
「はっ」と応じ、上品な礼をしたルンベルクが機関室に向かう。バルトロたちが共和国に行っているので、ルンベルクとリッチモンドの二人に操縦役を頼んだのだ。
俺たち以外にはローゼンハイムから農業の専門家を三名連れてきている。メイドは屋敷に残って、お仕事に励んでもらっていた。
護衛に連れてきてもよかったんだけど、たまには俺のいないところで羽を伸ばして欲しいと思ってね。
四六時中、雇い主と一緒にいたら息が詰まると思って……。俺が不在になるか彼女らがお出かけするかしない限り同じ屋根の下だもんな。
休日は優雅に別荘へってのもまだまだ無理そうだ。
文官を雇い入れ、仕事が回るようになってきたが、仕事量が激しく全然楽にならない。
シャルロッテは嬉々として頑張ってくれているけど、多少休ませないとだよな。彼女は無理にでも引っ張らないと休んでくれないところが困りものだ。
そんな理由からメイドとは逆に彼女を連れてくることにしたんだよ。空の上や異国なら書類が舞い込むこともない。
少しでも休暇をと思い同行してもらった彼女だが、座ってろってのに直立して外をながめているし。
「シャル、ずっと立っていたら疲れるだろう」
「いえ。初めて見る異国の景色に興奮が止まりません!」
気をきかせたつもりだったが、彼女は彼女でリラックスしているようだからまあいいか。
そんなに興味深い景色ってあったかな?
レーベンストックからホウライの領土に入ったとはいえ、外は山脈ばかりで緑一面の景色がずっと続いている。
特段目を引くようなものなんてないように思えるんだけど。
好奇心旺盛なペンギンも窓の外を眺めるのをやめ、こうして俺の隣の椅子に立って嘴をパカパカしているだけで外への興味を失っている。
そこで俺はふと気になったことが浮かび、セコイアに聞いてみることにした。
「それぞれの地域に覇王龍みたいな守り神的な存在っているものなのか?」
「いきなりじゃな。リンドヴルムのような者はそうそうおらぬ」
「まあそんなもんか。そうそうってことは同じようなのが他にもいるにはいるのか?」
「ボクがいるじゃろう。ぬふふ」
「……はいはい」
わしゃわしゃと頭を撫でてやると、満足そうに足をバタバタさせるセコイアである。
ちょろい、ちょろいぞ。しかし、やり過ぎると涎が俺の膝にまで至るから注意せねば。
「仕方ないのお。そんなに聞きたいのか」
「是非是非」
「いずれ紹介してやろう。その時まで楽しみにしておくがよいぞ」
「それ答えになってない」
まあいいか。落ち着いたら、覇王龍のような超生物の見学ツアーってのも面白そうだ。
セコイアの友達だろうし、彼女がいれば安全に観察できるよな。うんうん。
「ヨシュア様。ホウライのジョウヨウまであと1時間ほどの見込みです。着陸場所によっては馬を手配するなど必要かもしれません」
「必ず着陸するようにしてくれ。以上、オーバー」
リッチモンドの報告に念には念を押して、「着陸」するように伝えた。
ルンベルクにもリッチモンドにも直接伝えたし、今回はスカイダイビングにはならんだろう。




