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27.閑話 執事になったルンベルク

 屋敷の食堂で一人テーブルを磨くルンベルクの元に、メイドのエリーが顔を出す。


「ヨシュア様はお休みになられたようです」

「承知いたしました。今日も一日、お疲れ様です」

「ルンベルク様こそ。こうしてヨシュア様がご無事でいらっしゃるのも全て、ルンベルク様のご尽力あってのことです」

「それは違います。エリー。我ら四人がいてこそですよ」


 柔和な笑みを浮かべエリーと会話しつつも、ルンベルクは手を止めない。

 隅から隅までテーブルを拭くルンベルクに対し、エリーも当然のように椅子を拭き始めた。

 

「エリー、あなたはもう休んでいいのですよ」

「ですが、ルンベルク様が動いてらっしゃいます」

「これは、掃除だけをしているわけではありません。もちろん、埃一つ残す気はありませんが」

「お手伝いさせてください。ルンベルク様のお気持ちは測りかねますが、私はこうしていると考えが整理できるのです」

「そうでしたか、奇遇です。最初はテーブルを拭く作業に集中しておりました。ですが、この集中がそのまま心の集中へと繋がるようになっていったのです」

「かの『英雄』ルンベルク様と同じなんて光栄ですわ」

「もう昔の話です。私はヨシュア様の執事となれて光栄なのですよ。かつての自身より」


 ルンベルクがくすりと笑みを浮かべると口元に皺がよる。

 彼の表情はとても穏やかで、心からそう思っていることを窺わせるものだった。

 しばらく言葉を交わした二人であったが、無言となり黙々と清掃作業を続ける。

 

 作業が終わった二人は食堂を辞し、ルンベルクは一人自室で湯気をたてる紅茶を口に傾けた。

 紅茶もいずれこの地で作ることができるようになるだろう。ルンベルクは心の中でそう思い、窓から外を眺める。

 ヨシュア様ならば、必ずや。

 敬愛する若き主のことを考えていたルンベルクは、いつしか過去のことを思い出すようになっていた。

 

「そう。先代公爵アルフレート・ルーデル様より、ヨシュア様の(もと)で仕える幸運を手にした時から――」


 ◇◇◇

 

 十五年前――。

 ルーデル公国の主たるアルフレート・ルーデル公は一人の騎士を玉座の前まで呼び出していた。


「ルンベルク・ファーゴット卿。騎士の中の騎士と謳われるそなたに頼みがあるのだ。激務の中、呼びだてしてすまなかったな」

「ルーデル公。公に直接お呼びされるなど、光栄の至り」


 四十代に入って尚、覇気を失わぬスラリとした騎士――ルンベルクは片膝を付き、腕を真っ直ぐ横に向ける。

 ルンベルクはアルフレートに多大な恩義を感じていた。

 というのは、彼は下級貴族出身で、本来であれば騎士の一団を任されるような家格を備えていない。

 だが、アルフレートは実力のある者を責任ある立場に据えずしてどうすると、騎士団長だけでなく各大臣までも叱責したのだ。

 その結果、ルンベルクは引き立てられ、数々の武勲を立てることができた。

 彼が英雄や騎士の中の騎士と呼ばれるようになったのも、目の前にいるアルフレート・ルーデル公爵なくしては成し得なかったことである。

 そんな敬愛するアルフレートに直接呼び出されたのだから、ルンベルクの感激もひとしおであることは言うまでもない。

 

「お主にしか頼めぬことだ。人格。忠誠心、そして、公国で一番の個人武勇を誇るお主にしか」

「勿体ないお言葉。私にできることならば」

「執事になってくれぬか? 我が子の」

「執事でございますか……」


 青天の霹靂とはこのこと。

 戦いに生きた自分がハウスキーパーなどと、自分の耳を疑うルンベルクだったが、アルフレートの顔は真剣そのもの。


「一年の修行の後、執事として我が子の下へ行ってくれんか。所作・学を含め、一年で学びきれるか?」

「あなた様のご命令ならば、このルンベルク。身命に代えましても」

「いや、無理にとは言わぬ」

「いえ、私には是非もございません。公のことですから、きっと深いお考えあってのこと」

「自身の意思を持て。ルンベルクよ。儂が言ったから従うではいつか綻びがでる。自身に問いかけよ。このまま騎士として勤めるもよし。ただし、執事の件は他言無用としてくれ」

「ルーデル公。恐れながらお聞きいたします。あなた様をそこまで思わせる、ヨシュア様とは一体」


 ルンベルクとて、アルフレートの一人息子ヨシュアのことはもちろん知っていた。

 唯一人の息子ということもあり、アルフレートがいたく可愛がっていることも。

 だが、自分が執事をということにルンベルクは疑念を抱いていた。

 教育係として付けるなら、もっと相応しい聡明で学のある者もいるだろう。

 自分は戦いしか知らぬ。一年勉学に励んだからといって、学者にはとうてい敵わないのだから。

 

「これは親の欲目などでは決してない。冷静に公爵として為政者としての判断だ。そのことを心して聞いて欲しい」

「はい。しかと」

「ヨシュアは『大賢者』のギフトを持っておる。まだ八つになったばかりだが、既に私など及びもつかぬ知を備えておるのだ」

「ギ、ギフトですか」

「うむ。アレに教師は要らぬ。アレの聡明さは公国を必ずや変える。十年後、公国は様変わりしているだろう。豊かな国へと姿を変えていることだろう」

「そ、それほどでございますか」

「そうだ。私は確信している。ヨシュアこそ、神が公国に遣わした救いの子であると。だからだ。だからこそ、お主に頼みたい」

「承知いたしました! 謹んでお受けさせていただきます」


 ルンベルクはアルフレートの言わんとしていることを理解した。

 聡明でただ一人いるだけで公国を豊かな国へ変えてしまうほどの知を持つ大賢者ヨシュア。

 となると、心配の種は唯一つ……暗殺だ。

 忠実で裏切ることなく、公国一の実力を持つ自分が適任というわけか。

 ルンベルクは心の中でそう呟き、深々と頭を下げる。

 

 ◇◇◇

 

 ルンベルクがヨシュアの執事となってから一年。

 彼もまたかつてのアルフレートと同じように、確信していた。

 いや、事実、公国はヨシュアが政に関わるようになってからというもの、目に見えて好転していたのだ。

 ルンベルクは歓喜した。

 これほどの逸材、いや神の子に仕えることができるなんて。

 それだけではない。ヨシュアは知性だけでなく、人格でもルンベルクを感激させるに足るものを備えていたのだった。

 アルフレート・ルーデルが病に倒れ、ヨシュアが新たな公爵となった時、ルンベルクは提案する。

 

「ヨシュア様。新たにメイドと庭師を雇い入れませんか? 今後、公爵としての政務も加わることですし、屋敷の一部屋ではなく屋敷の主となるのですから」

「そうだな。うん。ルンベルクに任せるよ」


 にこやかに応じる幼さの残る少年にルンベルクを疑う素振りはまるで感じられなかった。

 完全に自分を信頼してくれている。

 ルンベルクはまたも目元から涙がこぼれ落ちそうになり、ぐっと堪えた。

 

 こうして、ルンベルクの選出によって庭師バルトロ、メイドのエリーとアルルが屋敷に迎え入れられることになる。

 

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― 新着の感想 ―
[良い点] ルンベルクが大貴族に連なる家系の子爵以上なら執事でもよいかと 若くして先代がなくなった場合には 子供の後見人をしたり 外交もするので 大名家の家老にあたります 家の中の使用人をメインに…
[一言] 執事とハウスキーパーはまた違うもののような…… なんとなく言いたいことはわかりますから問題ないのかな。
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