275.気絶はなかったことになりました
帝国語を喋るリザードマンは村の長老だった。リザードマンの村はここ以外にも四つあるらしく、この村は二番目に大きいのだって。
だいたい200人くらいのリザードマンがこの村――グロロラに住んでいる。他の村との交流も盛んで人的交換(結婚が主な理由)も活発とのこと。
長老が村のトップではなく、村を治めるのは族長で、長老は村一番の賢人が収まるポジションだった。
グロロラ村の長老は御年160歳であったが、右脚に少し不調を抱えるものの持病もなく健康そのものなのだって。喋っていても明朗快活だし、好々爺という言葉がしっくりくる。
余談になるけど、リザードマンの寿命は人間の二倍強くらいで180歳前後なのだと。長老は200歳くらいまで生きそうだともっぱらの噂である。もちろん長老本人から聞いたわけではなく、村の若者から聞いたことだ。
グロロラ村で帝国語を喋ることができるのは長老のみである。じゃあ、村の若者からどうやって情報を得たのかというと、大魔法使い狐耳から聞いたのだ。
彼女がペンギンと意思疎通したときのように他のリザードマンと会話してくれたんだよ。
俺が長老だけにしても直接リザードマンと会話できたことは幸いだった。しかし、一人の情報よりなるべく多くの人から情報を集めたい。
長老の言葉を信じる信じないとかの問題ではなく、情報は多ければ多い方が良いという観点からだ。もっとも、情報が有り過ぎると精査に手間取るからこちらの処理能力と応相談となる。 二人、三人からの情報なら精査の必要もほぼないため、全く問題ない。
「ロロラ長老。グロロラ村の紹介ありがとうございます」
「ホホホ。ニンゲンの集落に比しテ、狭いだロウ」
「広さが村の良さではありません。活気がありますし、良い村だと思います」
「ヨシュア殿。おもしろイ、ニンゲンだナ。お主の集落のことは理解シタ。我々の生活圏と重なル時がクルようなことがアル前に手を打ちたイのだナ」
「はい、今は遥か遠くですが。いずれ、来るべき時が来るかと。私の時代ではないでしょう。ですが、私が健在なうちに決めておきたいのです」
「分かっタ、分かっタ。問題ナイ」
リザードマンの族長ロロラは穏やかに俺の話を聞いてくれている。他の村にも口利きをしてくれるとまで言ってくれた。
今回は説明だけに留め、合意が取れれば彼らと条約を結ぶ予定だ。
「客人。遠方より参っタ、新たな友人たちを歓迎したイ」
「お申出、ありがとうございます。しかしながら、今は空の上で待たせているのです」
「空……ニンゲンたちは空を飛ブのカ!?」
「そういう乗り物です。よろしければ、ロロラ長老を飛行船に招待したいと思ってます。今は着陸する場所がなく、申し訳ありません」
「空へ。空は覇王の領域……」
急に上の空になった長老が虚空へ呟く。俺と会話している最中だったのに、彼の言葉は俺に向かっていない。
どうしたんだろう? と彼の後ろで控えるリザードマンの様子を見てみるが特に変わった様子はないと思う。帝国語だし、長老がどんなことを言っているのか分からないから当然と言えば当然か。
「グゲゲ、ガガ……」
「グラぐ、ガラ!?」
「ゲラ=グラゴ!」
長老が彼の後ろで控えるリザードマンに何やら伝える。
すると、後ろは大騒ぎになった。
なんだなんだ一体……。
「セコイア? 何が何だか」
「あやつらの信仰みたいなものじゃ。ゲラ=ラ」
「オレサマオマエマルカジリ」
この爬虫類の頭の中には餌しかないのか。
異様な雰囲気に包まれるリザードマンらを放置して彼らの村の中で餌とか、空気を読まないにも程があるぞ。
「ゲ=ララ、餌は後で」
どうやら俺の勘違いだったようで、オレンジ色の小さな翼をパタパタさせたゲラ=ラが長老たちの間に割り込む。
宙に浮いたままの彼はパカっと大きな口を開いた。体は小さいけど、尖った牙はおどろおどろしい。肉しか食べないだけはある。
「ニクニク」
……肉……いや、挨拶なんだっけ?
彼の動きは俺の理解できる範疇を超えている。
『此奴らは我の目を楽しませる者たち。好きにさせている』
唐突に覇王龍の声が頭の中に響いた。ゲ=ララはこれでも一応、覇王龍の名代なのだよな。
彼の目を通じて覇王龍が俺たちを見ている。なので、必要あれば覇王龍から直接話しかけてくることもあるのだ。
これまでにも何度か頭の中に直接声が響いたことがあったので、多少慣れては来ている。
彼の声は言語の壁などないらしく、リザードマンらも彼の言葉を理解した様子だ。
しかし、ますます大騒ぎになっているような……。
「客人……いヤ、同胞ヨ。宴を用意シタい」
「い、いえ。飛行船を待たせているので」
「そうだっタな。あの巨体が入る場所がなイのだったナ」
「そうです。近くまた訪ねさせていただきます。今回はご挨拶をと思いまして」
「そうカ。他の村の者も呼ブ。我らの同胞の来訪を祝おうジャないカ」
ガシッと長老と握手をしてグロロラを後にすることになった。
なんだか釈然としない。俺に理解できない世界の話だから、まずはセコイアに見解を聞いてみようか。リザードマンの事情に詳しい人はいないものかな……。覇王龍本人に聞いても、彼は超越した存在だから矮小なる者たちのことは理解していないだろうし、理解する必要も感じてない。
とはいえ、少なくともリザードマンらは友好的なことは幸いだ。俺たちは突然の来訪者だもの。敵と見做されてもおかしくない状況だった。
当たり前だがリザードマンらと連合国とは慣習も違えば種族も異なる。異種族異国の交流は難しいものなのだ。同じ種族同士でも簡単ではないのだから、こればっかりはこの世界ならではだな。うん。
◇◇◇
「それでだな、セコイア。聞きたいことがあるんだ」
「はい。ヨシュア様」
「ありがとう。ごくごく」
アルルから水を受け取り、一息に飲み干す。
ちょうど喉が渇いていたから嬉しい。
何だ。セコイアめ。人が真面目な話をしようとしているってのに、呆れたような顔で両腕を組み見下ろしやがって。
「リザードマンのことでな」
「ヨシュア……」
気にせず話を続けたら、失礼な狐耳が俺の名を呼び盛大なため息をついたではないか。
何か気になることでもあるのか?
強いて言えば椅子があるにも関わらず、床にあぐらを組んでいることくらいだよな。
窓の外は真っ青な空。船内は大きな揺れもなく順調に運航している。
「突っ込んだら負けなのかの……気絶して何事もなかったかのように突然真顔で喋り始めおって」
記憶にございません。リザードマンの村を後にして、いつの間にか飛行船の中にいた。
は、ははは。
飛行船の着陸場所って中々ないんだよな……。




