270.ホウライ問題
怒涛のような一週間が過ぎ、書類の山脈が片付いた。ここまで時間がかかったのは、日に日に追加されてくる書類があったため。しっかし、これだけ紙書類があると保管をするのも大変だよな。
一昔前に企業がこぞって電子化を推進した理由を体感したわけだ。転生して公務を始めてからずっと書類と格闘しているもの……。
と言っても電子化したからといって仕事が減るわけじゃないことも分かっている。こなすことのできる業務量が増えるからして、その分仕事が増え……。嫌なことを思い出してしまいゲッソリしてしまった。
組織とは上に行けばいくほど忙しいものなのだ。それなのに、前世は。
「ぬおおお!」
頭を抱え座ったまま思いっきりのけぞった。
コンコン――。
「お呼びでしょうか、ヨシュア様」
扉を叩く音がして、エリーが執務室に入ってくる。
聞かれてないよな……と思いつつコホンとワザとらしい咳をしてから彼女に取ってつけたように要件を伝えた。
「そろそろ他国から預かったままの件を議論しようと思う。みんなを集めてくれるか」
「お任せください」
優雅な礼をしたエリーがはにかみ、人を集めに行く。みんなとしか言ってないけど、エリーにお任せで問題ない。
頼む人によって呼ぶ人が変わって当然だ。それでいい。エリーなら極身近な人だけを呼んでくれるはず。
15分ほどでエリーの集めた「みんな」が集合する。セコイアとペンギンは鍛冶場に行っているらしく、呼ぶかどうかエリーに聞かれたけど、「必要ない」と彼女に伝えた。
ルンベルク、バルトロ、アルル、シャルロッテに何故かゲララが集まった人たちである。
「集まってもらったのは、ホウライ、大森林、共和国のことで。無理のない範囲で協力できることがあればと思って。みんなの意見を聞きたい」
「ん?」
アルルがこてんと可愛らしく首を傾けた。そうだな。彼女の理解を深めるためにも諸問題について情報共有。いや、情報の確認をやろう。
彼女だけじゃなく全員の意識を合わせることは何かを相談する際にとても重要だからね。ここにズレがあると、後から問題になることが多い。
「問題をそれぞれ簡潔に確認しよう」
「畏まりました。では、不肖ルンベルクが務めさせていただいてよろしいでしょうか」
頼むと頷くと、ルンベルクが各国の諸問題について説明を始めた。
「ホウライでは干ばつ。大森林はゴブリンの流入と各代表の意見の食い違い。そして、共和国は交易船の難破が続くとのことです」
「ヨシュア様。一つやらせてもらいたいことがあるんだ」
ルンベルクの声に被せるようにしてバルトロが手を挙げる。
「言ってみて」と仕草で彼に示すと、自分の意見を述べ始めた。
「共和国に行かせてもらえねえか。期間は……長くて二ヶ月まで」
「海を調べるのか?」
「そのつもりだ。なんとなく原因はこうじゃねえかってのがあってよ。そいつを確かめれば役に立つんじゃねえかって」
「バルトロの抱えている政務はこちらでなんとかできる。でも……危険じゃないか」
共和国では貿易の要である海の安全が脅かされている。海路もいろんなルートがあるので全部ダメになるってわけじゃない。しかし、問題海域はこの大陸にはない交易品を扱う長距離ルートの底にあたる部分なんだよね。
深刻と言えば深刻だけど国を根底から瓦解させるほどのものではない。
もちろん、放置したままにするわけにはならないのだけど。
共和国の海外取引のうちおよそ37%に打撃を受けるのだって。近隣諸国との取引が半分くらいのはずなので、かなりの痛手であることは確か。
それはともかく、バルトロが不敵な笑みを浮かべている。彼にとっては楽しい内容なのだろう。
「問題ねえぜ。海は何度も行ったことがある。ガルーガも連れてっていいか?」
「もちろん。他に同行者を募ってもいい。だけど、人命第一で頼む」
「おうよ! 任せてくれ! 土産にコーヒーをたんまり買ってくるからよ」
「コーヒー……」
そうなんだ。遠く海の向こうからコーヒーも運ばれてくる。共和国でも栽培をしているみたいだけど、海外産の方が品質が高く量も多いらしい。
俺の愛飲しているコーヒー豆は共和国産じゃないことを最近知った(エリー情報)。
辺境はキャッサバとかサボテンとか、熱帯地域にあるような植物が自生している。なのでコーヒーの木もいけるんじゃないかと、無理言って苗木の輸入をしたんだよ。
結果は芳しくなかった。辺境の気候では寒過ぎるらしい。
そういや、キャッサバは「温帯性」とか植物鑑定が説明していたよな。辺境は温帯地域でコーヒーの木は熱帯地域で育成するからうまくいかなかったと推測している。
だったら、ビニールハウス的なものを作ればいけるか? ペンギンに相談してみるか。覚えていたら……ね。他にやることが多すぎてすぐ忘れてしまうんだよ。
バルトロの件が終わると入れ替わるようにして今度はシャルロッテが手を挙げる。
「閣下。ホウライの件、一つ提案がございます」
「シャルがホウライへ行くことは無しに」
「ぐ……。か、閣下を置いて自分がホウライへい、行くなど露ほどにも」
「……提案って?」
分かりやすく動揺したシャルロッテに続きを促す。
「公国は干ばつをはじめとした諸問題を解決してきました。灌漑工事を始め、対応技術も成熟しております」
「うんうん」
「北東部の工事が完了し、作業に従事していた要員を解散させようとしていたところだったのです」
「奥地にまで工事に行ってもらってたからな。ん、それにしては遅くないか?」
「閣下もご存知の通り、彼らを街道の整備に転用いたしました。街道の整備は主要都市間だけですが完了したところです」
知らなかった……いや、覚えてなかったなんて言えない。
そうだな、「うんうん」と冷や汗を流しながら応じる俺である。
「それなら公国の文官に相談してみようか。工事の指示を出していたのは公国の文官だよな?」
「おっしゃる通りであります。実際の工事は土木作業をまとめる棟梁が行っておりました」
「分かった。棟梁と文官に会えるよう手配してもらえるか?」
「畏まりました!」
シャルロッテが敬礼し、勢いよく返事をする。耳がキンキンした……。
お、遅くなりました、、。




