268.人類社会の平和
あの後すぐにルンベルクが到着してさ、彼から着流しの戦士クレナイの国「ホウライ」が抱える問題を聞いた。台覧試合に参加する前の彼は、他国へ協力を仰ぐことに対し消極的だったそうだ。といっても、国で有数の使い手である彼が台覧試合の参加者に選ばれ、密命を請け負ったらからには感情を抜きにして俺と接触しようと決意しバーデンバルデンに訪れたのだという。自分が主君と仰ぐ姫君から直接お願いされたので、俺と接触できなければ腹を切るくらいの勢いだったんだって……。良かった。彼と接触できて。
そんな彼だったが、台覧試合を通じて俺たち連合国の猛者たちの実力を目の当たりにし、考えが変わったそうだ。これだけのモノノフがいる国ならば、我らの窮状を救うことができるかもしれないと。
個人武勇で判断できる問題なのかと思ったがそうじゃない。
国の抱える問題はモンスターが関わることでも、害獣駆除でもなく個人の戦闘力なんてまるで関係なかった。
ホウライの苦難とは農業問題だったのである。
武力が必要なポイントなんて欠片ほどもないじゃないか……何たる脳筋。
ホウライはどうも干ばつに苦しんでいるらしく、彼らから見て遠い異国の公国が農業の諸問題を解決し、豊作が続いているとの噂を聞いた国の首脳部が台覧試合をきっかけに俺と接触を図りたかったみたいだ。
別の話だけど、レーベンストックの祭りはさ。俺に嫁を紹介する一大イベントも兼ねていたと見ている。レーベンストックだけじゃなく、帝国とか共和国とかも結託して、華やかな祭りの裏側で花嫁を俺に紹介するというイベントまで組み込んできやがったんだ。もちろん、俺が預かり知らぬとこでね。
そんな中、ホウライの目的は切実だ。
ホウライだけでなく、大森林と共和国も俺と接触してきた。嫁の件じゃなくて国内の諸問題についての相談だ。
まあ、どこもいろんな問題を抱えてるってことだ。大なり小なりね。
帰りの飛行船の中で腕を組み、うんうんと唸っていたら、エリーがコーヒーを淹れて手渡してくれた。
ふーふーと息を吹きかけコーヒーをちびりと一口飲む。
一礼し、エリーが壁際に下がる。
「ふう」
「キミは何を目指しとるんじゃ?」
ほっと息を吐く俺に対し、膝の上のセコイアが質問を投げかけてくる。
何を? そんなの決まっておろう。目指すところはずっと変わっていない。
俺の崇高な目標を語ろうと息を吸い込んだら、空席の椅子へお行儀悪く腕を乗せ体重を預けていたバルトロが先んじる。
「人類社会の平和ってか?」
「まさか。俺の手はそこまで長くはない」
「でもよ、ヨシュア様。クレナイのとこも、大森林も、豊かな国である共和国のことにも首を突っ込もうとしてねえか?」
「それは……」
バルトロが挙げた三つの国は大きな問題を抱えている。
共和国は俺の個人的な事情も多分に含むが……。ううむ。
俺の膝の上で足をブラブラさせたセコイアがカラカラ笑う。
「いっそ、まとめたらどうじゃ。世界統一とかのお」
「絶対にお断りだ。他国には他国の為政者がいるし、貴族だって土着の有力者だっているだろう。よそ者が口を出したらダメだって」
「冗談じゃ。しかしのお、ヨシュア。キミならどれだけ苦境に陥る国であっても救うことができるじゃろう」
「そんなわけないってば」
「全部が全部と言葉通りに取るキミじゃないじゃろうて。キミに『イノシシを捕まえて来い』なんて言わぬよ」
「むきー。イノシシくらい」
「それ、誰の真似なんじゃああ!」
膝上の狐が立ち上がって振り返り、白い八重歯を見せ膨れている。
いつもながら反応が大きくからかい甲斐がある狐であった。
ちょ、引っ張るな。落ちる、落ちるだろ。
べちょ。
椅子から引き摺り下ろされ、尻餅をつく。
やり返そうにも力じゃまるで太刀打ちできん。覚えていろよ、涎め。見た目は幼女の癖に俺より力が強いなんて酷い話だ。
片手で軽々と俺が吹き飛ぶからな……怖い。
「心情的には少しでもサポートできれば思っている。だけどなあ……」
「ヨシュアは一人じゃからのお」
「一番の急ぎはクレナイのホウライか」
「飛行船があれば、ホウライまで多少は食糧を運べんじゃねえか?」
セコイアに続き、今度はバルトロが疑問系の提案をしてくる。
ホウライは農業問題が深刻だ。干ばつだという話だけど、全土が対象だとルンベルクから聞いていた。
国内全域となれば、一時的な問題という線は薄い。来年、再来年に多少の天候不順でも不作になる状態じゃないだろうか。
となると――。
「食糧を運んでも解決しないと思う」
「そんなもんか」
「100パーセントそうだとは言えないけど、抜本的な改革をしなきゃ、一昔前の公国みたいに」
そこで何故か目を輝かせるバルトロである。
当時の公国は酷いものだった。みんなの必死の頑張りがあって、持ち直すことができたんだよな。昨日のことのように記憶している。
あれから早10年近く、公国も変わった。もう多少の天候不順じゃビクともしないくらいになったのだ。公国東北部は復興中であるが、他の地域は万全と言っていい。
「まあ、戻ってから考えてみるよ」
そう言って笑顔を見せると、「おう」とバルトロが白い歯を見せ機関室の方へ向かっていった。
正直言って自国だけで精一杯なのだけど、ホウライの国民が暴発し、帝国領内に流民となって雪崩れ込んだら事だ。
彼の国は武を尊ぶ。食うに瀕したら賊になる者も出てくる。個人武勇に優れるだけに帝国臣民に被害が出るだけでなく、数百年ぶりの戦争になるかもしれん。
となれば、戦争が連合国にまで波及しないとは言い切れない。
そうなる前に俺を頼ってくれたことは僥倖……なのか、う、うーん。
どうすべきか悩んでいる間にネラックへ到着したのだった。




