261.二回戦
トーナメント二回戦が始まった。
最初の試合はレーベンストックの強豪「獅子王」と同じくレーベンストックの熊のような獣人だ。共にトーナメント一回戦を勝ち抜いた猛者だけに両者とも相当な猛者であることは予想に難しくない。
俺にとってはトーナメント一回戦の試合からして異次元の戦いだったから、凄いのは分かるがどれだけ凄いのか分からない状態である。
ぼーっと試合を眺めながら、先ほど出会った二人について考えを巡らせていた。
大森林はレーベンストックの隣国で公国とも取り引きがある馴染み深い国家だ。
その名の通り、国土の大半が深い森の中にある。一番多い種族がエルフで、それ以外にも古くから森林に住む種族が殆ど。中にはドワーフや人間なんかもいるみたいだけど、技術者だと聞いている。
大森林の政治形態は直接民主主義で代表、政治的な意思決定は全領民の投票で決まるんだったかな。意思決定を行うだけでも大変そう……。
ともあれ、この国は人間主体の公国や帝国と大きく文化が異なる。
銀と魔法金属以外の金属製品を忌避していたり、木の伐採には専用の官吏の許可が必要だったり、と枚挙にいとまがない。
政治に携わらなければ、自然を愛する牧歌的な国でのんびり暮らすには良いんじゃないかな。木漏れ日の下で、惰眠を貪る。
素晴らしい……。
ワアアアア!
この日一番の歓声にビクッと肩が跳ねる。
いきなりだったからちょっと心臓がドキドキしてしまった。
試合が始まり、獅子王が相手の攻撃を受け止めたところだった様子。
地元同士の試合だから、盛り上がって当然よな。
ええと、国について考えてたんだった。
もう一方の挨拶に来た人物である着流しに角を生やしたクレナイが所属するホウライについては殆ど情報がない。
公国の北には広大な帝国があって、更に北に王国がある。王国の東、帝国の北東にあるのがホウライだ。
この国は聖教国家ではない。公国からは遠くて国同士の商業に関する契約も行っていない。
一方で王国とは商取引もしているし、聖教国家の国際会議で顔を合わすこともある間柄だ。
宗教と聞いて否定的な見方をする人もいるかもしれない。しかし、この世界では平和、公共の福祉、生活環境の改善、国家間の交流、言語的な繋がり……など聖教が国を良い方向に導いていると思う。
帝国の皇帝を例外として、聖教は徹底して政治に関わらず、「カエサルのものはカエサルへ。神のものは神へ」を実践してきたことが功を奏した……と見ている。
大森林のオーフラー、ホウライのクレナイ。二人は短い試合と試合の合間を縫って俺に挨拶をしにきた。
もちろん額面通りに俺と「はじめまして」がしたかっただけだなんてことはない。
連合国の政治的決定権を持つのは大公の俺のみである。この後の宴会で俺に挨拶をしただけでは、本当に挨拶をしに来ただけだと捉えられかねない。そもそも、会えるかどうかも分からないというのもある。
オーフラーとクレナイは国家としての何かしらの依頼を俺に持ってこようとしていたはず。
それぞれバルトロとルンベルクに任せているから、夜には彼らの意図が何だったのか分かるだろう。面倒事じゃなきゃいいんだけど……。
面倒事じゃなきゃいんだけど、何てことを期待しているが、まずそうじゃないよなあ。
一体どんな依頼が舞い込んでくるのか、戦々恐々としている。商取引関係とか即丸投げできる内容だったらいいな。
他国との商業活動は大歓迎の方針だから、いくらでも持ってきてもよいぞ。ははは。
……はあ。
『勝者「獅子王」!』
お、試合が終わったらしい。
大歓声に地鳴りが起こっている。獅子王は大人気だ。このまま彼が優勝すれば、会場の盛り上がりがすごい事になりそう。
一度考え始めたら止まらず、国に積み残してきたことを思い浮かべて一人唸っていたらすぐに時間が進んでしまう……。ただでさえ山積みだってのに。
「優秀な文官さん、絶賛募集中です。いまなら一戸建て付きでお仕事開始できます」
なんて書いてある安っぽい広告を想像していたら次の試合が始まった。
お、大森林のオーフラーと共和国の戦士か。
「ちょ」
弓と剣でそのまま試合をするのか。開始と同時に矢が共和国の戦士の左胸にヒットして試合終了となった。致命傷を受けたとの判定だ。
そんな感じでトーナメント二回戦が進み、バルトロとルンベルク、ホウライのクレナイも勝ち抜いた。
そして、トーナメント三回戦の初戦。
レーベンストックの雄、獅子王と小柄な着流しクレナイの対戦となった。
圧倒的なパワーだけでなくスピードもある獅子王に対し、独特の歩法と体捌きで対応するクレナイ。
一進一退の攻防が続き、最後は相手の首に剣を当てたクレナイの勝利となった。
獅子王が敗戦したことで、会場からは大きなため息が出るが、勝利したクレナイを讃える盛大な拍手へも変わる。
次はバルトロとオーフラーか。
「バルトロは武器を構えてないよな。素手で試合をするつもり……とか」
「あやつなりの戦い方なんじゃろ」
「オーフラーさんは凄腕の弓使いだよな?」
「うむ。バルトロの意図はわかりやすい。まあ、見ておれ」
見ろったって。矢を番るオーフラーに対するバルトロは無手のまま構えもしていない。
お、バルトロがこちらに向け手を上げた。にこにこした顔でアルルが手を振りかえす。
相手を舐めているようにしか見えないけど、これもバルトロの作戦なんだよな?
オーフラーは彼の態度にも平静を保ったままに見える。一流の戦士はこの程度で動揺も激昂もしないってことだよな?
『始め!』
開始と同時にオーフラーが矢を放つ。
一方のバルトロはその場にとどまったままだ。矢が風を切る音だけが響き、次の瞬間に……え、現実にあんなことできるものなの?
なんとバルトロは迫り来る矢を素手で掴んだのだ。しかし、オーフラーの動きは早い。
すぐさまオーフラーが二射目を放つ。
今度は前傾姿勢になったバルトロの頭の上を矢が掠めたようだった。
そこから一気にバルトロが加速してオーフラーに肉薄する。オーフラーは三射目を放とうとするが、バルトロの手刀が彼の弓を落とした。
『勝者バルトロ!』
司会の勝利宣言が会場に響く。
「いやいや、おかしいだろ。あれ」
「矢じりを掴まなければ怪我もせんじゃろ?」
「そ、そう言うわけじゃないんだけどな」
「ヨシュア様、見たい?」
「危ないから遊びでやらないように……」
全く……心臓に悪いったらありゃしない。
アルルに「遊びでやったらダメだぞ」と釘を刺す俺なのであった。
あけましておめでとうございます!
感想のご返信ができていない状況ではありますが、新年のご挨拶に変えてヨシュアを更新いたしました。
本年もよろしくお願いいたします。
うみ




