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260.請願

 台覧試合はまだまだ続く。大食い大会が台覧試合二回分くらいの時間で終わったことに比べれば開催時間が非常に長い。確かトーナメント戦だろ?

 的当て大会とかもあるのだけど、別会場でやるのかな。この調子だと台覧試合だけで日が暮れそうだ。

 なんてことを考えておりましたら、ちょうど試合が終わった。

 共和国の戦士かな? 青いシャツの全身に刺青が入った男がカトラスを観客に向けて雄叫びをあげている。


『トーナメント第一回戦は以上となります。ここで休憩に入らせていただきます。銅鑼の音が再開の合図です』


 司会が休憩を告げた。

 ここで休憩タイムか。司会の人はずっと喋りっぱなしだものね。しっかり水分をとって腹も満たしてから再開するのだろう。


「ヨシュア様。お飲み物と軽食をお持ちしてもよろしいでしょうか?」


 ささっと俺の座る席の斜め後ろからその場でしゃがんだ姿勢で猫頭が申し出てくる。


「館内は飲み物はともかく食事も許可されているのかな?」

「制限はございますが」

「他の人と同じ条件の範囲内なら、軽食もいただこうかな。アルルとセコイアは?」

「ニクニク」


 さっきたらふく食べていた爬虫類の言葉は無視して、二人に問いかけた。セコイアは首を振り「飲み物だけでいい」と返してくる。

 そうだった。彼女は大食い大会で満腹になったんだ。アルルも水だけで良いと言うので俺だけが軽食を頂くことになる。


 猫頭が奥に消えると入れ違うようにして、試合に出ていた四人が俺の元へやって来た。

 立ち上がり彼らの方へ向き直ると、ルンベルク、騎士団長、副長が騎士式の敬礼をする。

 バルトロだけは相変わらずで「よお」と片手を上げた。彼らもバルトロほど……は職務柄厳しいだろうから、もう少し公の場以外では砕けてくれてもよいのにな。


「みんな、見事な試合だった」

「勿体なきお言葉でございます」


 代表してルンベルクが言葉を返してくる。

 とここでルンベルクとバルトロの表情が険しくなった。すぐに元の顔に戻ったが、何か感じ取ったのか?

 感知と言えばアルル。彼女に聞くのが一番かな?

 目を向けると、俺が聞くより早く彼女がピシッと右手を上にあげる。


「この音。ヨシュア様に敵意、無し」

「お、おう」


 どの音なんだよ。人が多いだけに、いろんな音が聞こえてくる。


「気配とか、足音でそいつの実力とか、友好的なのかそうじゃねえのか、分かるって言やいいのか」

「俺がいるのも分かるのかな?」


 アルルのフォローをしてくれたバルトロだったが、俺の質問に対しバツが悪そうに後ろ頭をかく。

 言い辛いことなのだろう、きっと。俺の存在感が無さ過ぎて気配を感じないとか、そんなところか。

 それならそれで良いんじゃないか? 気配を消せるわけだし。

 ぴょこっとセコイアの右耳があがり、後ろ頭を倒し俺を見上げてくる。

 

「ヨシュアは首から上。それでいいじゃろ」

「しっかり護ってもらってるし。餅は餅屋に、だな」

「間違っても弱すぎるから気配が消せるなど思わぬこと。よいな」

「うへえ」


 変な唸り声が出てしまった。

 頭を抱えそうになった時、俺を見る二人の姿に気が付き、手を元の位置に戻す。

 どこかで見たような二人だな。

 一人は赤の着流しの下を胸から腰にかけて包帯でグルグル巻きにしている特徴的な衣装に、鮮やかな朱色の髪。頭から一本の三角形の角が生えていた。

 もう一人は新緑の髪に革の軽鎧を装備した秀麗な顔のエルフだ。


「この人たち。さっきの音」


 アルルが二人を指さし、そんなことをのたまった。

 ルンベルクと騎士団長がさりげなく俺と二人の間に立ちふさがり、俺の言葉を待っている。

 

「わざわざ俺に会いに来たのかな?」

「はい。お二人とも台覧試合に出場していた実力者です」

「あ、ああ。見事な試合だった。休憩時間も限られている。通してくれ」

「畏まりました」


 ルンベルクと騎士団長が俺の脇に立つと、二人が一歩前に進む。

 そこで彼らの間で無言のやり取りがあったのか、半歩前に進んだエルフの青年が片膝をつき右腕を胸元にやり頭を下げた。

 

「大公様。お会いできて光栄でございます。大森林のオーフラーと申します」

「ヨシュアです。貴国のハチミツは絶品です。花の蜜も……おっと、意図せず甘い物ばかりでした」

「いえ、大森林の名物を愛してくださりこれほど嬉しいことはありません。この場はご挨拶のみで残念ではありますが、次の準備もあります故、失礼させていただきます」

「またお会いしましょう」


 優雅で柔らかな人だというのが彼に対する第一印象だ。

 握手を交わした後、彼は一礼しこの場から離れて行く。

 お次は着流しの人の番か。

 

 左の手の平で右の握りこぶしを包み込むようにして礼をした着流しが真っ直ぐ俺を見つめた後、間を置いてから口を開く。

 

「遥か南の地の賢人よ。こちらの言葉に不慣れなもので無礼を許せ……して欲しい。ワタシはクレナイ」

「ヨシュアです。言葉遣いはどうかお気になさらずに。遥か遠い地からバーデンバルデンはさぞ長き旅だったことでしょう。旅路をお聞きしたいところですが、時間が無いことが残念です」


 柔らかな笑みを浮かべると、着流しことクレナイは口をパクパクさせたものの言葉が出てこないようだった。

 彼が喋っている言葉は公国……いや帝国語か。帝国語と公国語はそのまま喋ってもお互いに意思疎通できるくらい近い言葉だ。関西と関東の言葉遣いの違いより近いかもしれない。

 不慣れな言葉だとなかなか喋るのも難しいよな。

 彼が喋りはじめるまで静かに待つ。

 

「ホウライ。ワタシの国だ。賢人ヨシュア殿。……あ、え。来て……会って欲しい」

「分かりました。試合の後、私は先約があります。そうだな。バルトロ。頼んでいいか?」


 親指を立てるバルトロに頷きを返し、彼に微笑みかける。

 

「ありがたき、幸せ」

「またお会いしましょう」


 クレナイともオーフラーと同じように握手を交わし、この場はこれで解散となった。

 試合に出るルンベルクとバルトロが去る前に、ルンベルクにはオーフラーと会話してもらうように依頼する。

 彼とてただ会いに来たわけじゃあるまい。宴席の場で大森林やホウライの要人とゆっくり会話できればよいのだけど、確実じゃないからさ。

 俺たちがバーデンバルデンに滞在する期間は短い。

 せっかくだから羽を伸ばしたいところだけど、政務が……。

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― 新着の感想 ―
[一言] 早く5巻が読みたい…。
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