251.レーベンストック再び
やってまいりました、レーベンストック。
開催告知されてから数ヶ月あったのでまだまだ先だと思いきや、もう晩夏の季節になり祭りの時期となったのだ。
連合国でも収穫祭の準備をはじめないとなー。辺境側はよいとして公国側はどうしようか。公国は例年通りの伝統的な収穫祭にして無難に終わらそう。公国から辺境へ収穫祭見学に来た人はビックリしそうだけど、それもまた良し。
仮装衣装はガンマン風でペンギンとお揃いにしよっと。毎年毎年考えるのも面倒だし。アルルがカウガールの服を着たいと言ってたので……どうやって作ろうかと思ったけど彼女は裁縫が得意なので自分でやれちゃうか。
さて、此度の開催地であるがレーベンストックはバーデンバルデンである。
二度目の訪問となるけど、前回と同じく今回も飛行船で訪れた。馬車で行くと時間がかかり過ぎるし、途中で寝泊まりもしなきゃならない。腰が痛くなるのは難点だけど、ゆっくりした馬車の旅も良いよな。
知らない土地で野営するのはワクワクする。俺は何も準備をしないけど、さ。身分など関係なく俺も協力すると言っても、護衛付きの水汲みくらいしかやることが無い。ハウスキーパーらは非常に優秀で、瞬く間に準備を整えてしまうからな。
誠に遺憾ながら、政務がひっ迫しており移動に時間をかけるわけにはいかないため……飛行船になった。
そうそう、バーデンバルデンには立派な外壁があるのだけど、飛行船を外壁の中に停めることはできない。飛行船を発着させるには広いスペースが必要な上に周囲に高い建物がないとか色々条件があるから仕方ないことなのだけどね。
現在、いよいよバーデンバルデン上空へ来たところだ。彼らも二度目となるので俺たちが飛行船で来ることを知っていたようで、到着を目前にして思わぬ出来事に遭遇する。
「公国語なのですね! 綺麗です」
「んんと、花かな?」
エリーが目を輝かせ、両手を胸の前で組む。
一方で俺は彼女から受け取った双眼鏡でつぶさに地面の様子を観察している。
きっとアールヴ族が空から確認しながら住民を動かして立ち位置を決めたのだろう。
思わぬ出来事とは、花束を持ったバーデンバルデンの住民が並んで人文字を作っていたことだったのだ。
「ようこそ、バーデンバルデンへ」と公国語で描かれている。更には着陸予定の平原に目印までつけてくれていた。
彼らの歓迎に胸が熱くなりつつ、飛行船はバーデンバルデン外壁外へ着陸する。
タラップを降りると、二人の族長の歓待を受けた。
一人はアールヴ族の代表で可憐な見た目とは裏腹に発言が代表らしく大人びているエイル。
エメラルドグリーンの長い髪が風に揺れていた。アゲハ蝶のような翅と桜色のワンピースに小柄で華奢な体躯と……まるで御伽噺から出てきたよう。彼女がネラックを訪れたのも遠い昔のことのように思える。
もう一人はハスキー犬のふさふさボディに軍服と貴族服の間のような服を纏ったワーンベイダーだった。
「本来なら族長総出でお迎えしたいところでしたが、お許しください」
「ようこそ、バーデンバルデンへ」
ワーンベイダーにエイルが続く。
精悍な顔を崩し耳を立てたワーンベイダーとガッチリ握手を交わす。
次はエイルだなと向きをかえたところで、彼女がふわりと浮き上がる。
そのままポスンと俺の胸に飛び込んだ彼女がぎゅっとハグをしてきた。すぐに体を離した彼女はワンピースの端を両手でつまみ、お辞儀をする。
「驚かせてしまいましたでしょうか」
「少し。アールヴ流の挨拶なのでしょうか?」
「はい。アールヴ同士ですと左右の頬へ口づけする仕草をするのですが、他種族の方へは先ほどやったように行います」
「私も一度練習させて頂いてもよろしいでしょうか」
と言っておきながらしまったと内心舌を出す。
種族は違えど、彼女と俺は異性だからして。抱き着くのはセクハラにあたらないか?
いやいや、そんなことはないさ。アメリカンなハグの挨拶は特に非礼にならないはず。アメリカン同士なら……。
自問自答していると、彼女が背伸びして待っててくれていたことに気が付く。
それでは失礼して、半歩前に出て彼女をハグする。
するとお返しとばかりに彼女が浮き上がって俺の頬へ唇をちょんと当てた。
「ヨシュア様なら種族の垣根を設けるより、同族と同じようにするほうが好まれるかと思いまして……失礼でしたでしょうか?」
「同族のように扱ってくださって不快に思うはずがありません。歓待、誠に感謝いたします」
朗らかな笑みを浮かべ、エイルに言葉を返す。
ちょんちょん。
何者かが後ろから俺のコートを引っ張っているじゃないか。
だいたい予想がつくので振り返らんぞ。
「ヨシュア様。まずは宿にご案内させていただきます」
「族長自ら行わなくとも……」
「私はここで失礼させていただきます。今晩は宴席を設けております。後程宿に使いを行かせますのでまたその席で」
先導を申し出るエイルに戸惑っていると、ワーンベイダーがペコリと頭を下げ部下と一緒に去って行く。
ぐいぐい。
コートの引っ張りが強くなってきた。
「ヨシュア様、ご息女……失礼いたしました。ご友人がお呼びですが」
「気にされずに、お腹が空いているだけです」
「それは大変です」
スルーを決め込んでいたってのにこちらの事情を知る由もないエイルが「まあまあ」といった感じに口元に小さな手をあてる。
彼女もセコイアと同じように俺が想像する見た目年齢と実年齢が異なるのかもしれない。
見た目こそアルルとセコイアの中間くらいのなのだけど、仕草も言葉遣いも大人と変わらないんだよな。黙って座っていたら、幻想的で可憐な少女という感じなので、分かっていても違和感を覚える。
それに、髪色と触覚、ワンピースの色が全て淡い色だからまるで絵本から飛び出してきたという印象を受けるんだ。だから、尚更、「おおっと」と不意打ちを食らったような気持ちになる。悪い気がするわけじゃないんだけどね。ちょっとばかし驚くだけさ。
お、コートを掴んでいた小さな手が離れた。
俺のコートを掴んでいたのは言うまでもなくセコイアで、彼女の前にしゃがみ込んだエイルが包みを開いている。
包みの中は淡い黄色の団子が入っていて、エイルが「どうぞ」と差し出すと、セコイアが迷う素振りも見せずにそれを掴んだ。
「花団子かの。久しい」
「アールヴ族の伝統食ですので、お口に合えばよいのですが」
心配するエイルであったが、セコイアは躊躇せず団子を口の中に放り込む。
彼女は「うむうむ」と顔を綻ばせているから、大丈夫そうだな。
「すいません。涎……食いしん坊でして」
「これほどおいしそうに食べてくださると、嬉しくて仕方ありませんわ」
エイルが上品に微笑み、空になった包みを懐に仕舞う。




