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249.口に突っ込んでみた

 そういえば、懐に忍ばせた笛は一つじゃない。

 「自分は庭師なので外にいるから、これで呼んでくれ」とバルトロから頂いた笛。バルトロの実力を知った今となっては緊急時に彼へ助けを呼ぶ用も兼ねてたということが分かった。

 あとはアルルから預かった俺の耳では聞こえない音域が出るという笛だろ。彼女の耳には届くみたい。

 もう一つはセコイアから渡されたもの。この笛は普通の笛じゃなくて、吹き鳴らすのではなく魔力を通す。

 見た目は笛なのだけど、魔道具で魔素? 魔力? をセコイアに届けるものになっているらしい。一方通行の呼び出しコールみたいなものだな。

 

「アルルの。ちゃんと持っててくれたんだ。嬉しい」

「三つとも、肌身離さず持っているよ」


 ベッドにペタンと座るアルルに紐を通してまとめた笛を掲げて見せる。

 それぞれ形が異なるので、間違えることもない。

 いざという時があったとして、とっさに使うことができるのか疑問ではある。自慢じゃないけど、どんくさいからな、俺。


「そうだ。アルル用の笛は他の人には聞こえないんだよな?」

「ガルーガさんとセコイアさんなら聞こえるかも?」

「へえ。猫族……ではないか、人間以外の種族なら聞こえる音域なのかな」

「んー」


 もう夜も更けてきたし、みんなに聞こえる音は避けたい。

 ええと館の中は……アルル以外はみんな人間だったよな。だったら大丈夫か。

 

「アルル用の笛を吹いてみてもいいかな?」

「うん」


 と言いつつも体を縮こまらせ、両手で猫耳を抑えるアルル。

 たらりと冷や汗を垂らし、アルルに目を向けるがきゅっと目を瞑り待ち構えている様子で……いいのかな、笛を拭いちゃっても。

 笛ってこんなに小さいけど、力一杯吹くと耳がキーンとするほどの音が出ちゃうからな。

 人間と異なり、猫耳となると耳のサイズも大きいし余計にうるさく聞こえるんじゃ。

 

 戸惑っていると片目だけを開けたアルルが俺の様子を窺い、また目を閉じる。

 

「じゃ、じゃあ吹くぞ」


 そおっと吹けば良いかな。

 息を吸い込み、口をすぼめてゆっくりと息を吐く。

 俺の耳には聞こえてこないけど、アルルの肩と尻尾がピクリとしたことでちゃんと音が鳴ったことが分かる。

 

「うぐぐ」

「至近距離で鳴らすようなものじゃなかったよな」


 涙目になるアルルの頭に手を乗せた。

 サラッサラの金色の髪は絹のようだ。アルルは猫耳を抑えた自分の手を俺の手に重ねてくる。

 そんな彼女の指先には力が入っており、先ほどの笛が彼女にとって音量が大き過ぎたことを如実に示していた。

 

「大丈夫! 笛、壊れてないよ」

「うんうん。それにしても、エリーが来ないな」

「エリー、動いてないよ」

「まだかかるってことかあ。ふああ」


 連日の疲れからか、ベッドに座ると欠伸が出てしまう。

 アルルはベッドの真ん中でペタンと座ったままこちらに顔だけを向けている。

 セコイアならともかく、アルルになると絵的には完全にアウトだな。「ヨシュアさん、美少女猫耳を連れ込んだ」と言われても言い訳できない。

 しかし、しかしだ。

 俺も只の男じゃあない。大公なのだ。大公権力でスキャンダルをもみ消すことなど容易い。く、くくく。


「もみ消す?」

「あれ、口に出てた? 何でもない。アルルの世間体は俺が護る」

「ん? くくく?」

「それも口に出てたのかよ……。アルルは何も気にせずゆっくりと休んでくれればいい」


 ポンと自分の膝を打ち、微笑みかける。

 そのうちエリーも来るだろ。

 アルルと二人きりでも特に何か起こるわけでもないし、それよりなにより眠気が酷い。


「ヨシュア様。ごめんね」

「突然、どうしたんだ?」

「遅くまで。アルルと」

「そっか、俺の眠気の色でも見えたりするのか。いつもこんな感じだから気にしなくていい」

「うん!」


 俺が横になろうとしたらアルルがささっと真ん中から右に寄ってくれた。

 このベッドはキングサイズより大きいので、彼女が動かなくても余裕で寝そべることができるのだけどね。

 大きなベッドだとシーツを交換するのも大変だよな。俺はシングルサイズでも構わないのだけど、これも貴族のたしなみらしい。

 ルンベルクらが気を遣って用意してくれたものだろうから、異を唱えることもなく現在に至る。

 

 愛すべき枕へ頭を押し付け、頬を擦り付けた。枕さん、お待たせ。ちゃんと今日も君のもとへやってきたぞ。へへ。

 三日に一回くらいは寝落ちするんだよな……。


「ほら、アルル」

「いいの?」


 移動したもののまだ座ったままのアルルに呼び掛ける。

 フワリと俺の横に収まった彼女の背中をそっと撫で、そのまま手を動かしふわっふわの頭髪に手を乗せた。

 そう、彼女の望んだことは「添い寝」だったのだ。

 決して、R18な展開ではない。小さな子供が親に望むような、それだ。

 彼女の過去は知らない。だけど、親の温もりに飢えていたんだろうな、ということは何となく察する。

 ひょっとしたら親も親と呼べる存在もいなかったのかも。

 そう思うと、一時的とはいえ俺が代わりになるのなら添い寝くらいもっと早くやればよかった。

 忙殺を理由にハウスキーパーらの内情へ目を向けてこなかったから……。

 

「ありがとう。ヨシュア様」

「うん。ゆっくりお休み。俺も、もう……ふああ」


 アルルの頭を撫でていると意識が途切れ途切れになってきた。

 

 ◇◇◇

 

「重い……それになんか湿っぽい……」


 パチリと目を開く。まだ外は暗い。

 夜中に目覚めることなんて久しぶりだ。

 アルルは俺の意識が遠くなった時のまま、横向きでスヤスヤと眠っている。

 結局エリーはどうしたのだろうか?

 体が重たい原因はすぐに分かった。お腹の上に狐が乗っかっているからだ。

 呼んでないってのに。

 あ、あれか。アルルの笛の音を聞きつけてやってきたんだな。

 音も立てずに締め切った窓を開くなぞ、この狐にとっては造作もないこと。

 大聖堂の窓も平気で開けていたし。

 到着した狐は俺とアルルがぐっすりと眠っていた現場を目撃した。

 ならば自分もとわざわざ俺のお腹の上で寝入ったというわけか。

 仰向けになっている体をアルルの反対方向に傾け、狐をベッドの上に転がす。

 

「よし。湿っぽいのは我慢だ。着替えるのも面倒くさい」


 アルルの頭をそっと撫で、再び眠りにつく俺なのであった。

 ……。

 また登って来たじゃないか。

 完全に寝ているというのに、なんて奴だ。

 こんな時にペンギンがいればよい壁になるんだけど、生憎この場にはいない。

 

 仕方あるまい。これだけはやらないでおこうと思っていたが、どちらか一つなら多分起きずにいることができる。

 上着を脱ぎ、うわあ。べたついてるな。

 そして、開いただらしない狐の口に服を突っ込む。


「これでよし。今度こそ」

「もごご。こらああ」

「あ、起きた」

「そら起きるわ。人の口を何だと思っておるんじゃ」


 ぷんすかするセコイアを再びベッドの上に転がし、彼女に背を向けて目を瞑る。

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