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245.ルンベルクの過去

 「着席を」と頼んだにも関わらず、水差しから水を入れコップを運ぶルンベルクを横目に考えを巡らせる。

 彼が話せなかったことって何なんだろう?

 あ、あれじゃね。「メイドの嗜み」とかその辺のやつじゃ。

 「風紀が乱れております」とルンベルクが気に病んでいるのかも。俺は口調や礼節を気にせずってことを繰り返しハウスキーパーらに言っている。生真面目な彼からしたら公爵家に仕えるものとしての礼節が……とヤキモキさせたかも。

 昔見たアニメか何かのキャラクターが、「AにはAの、BにはBの役割がある」なんてことを発言していたように、人にはさまざまな立場がある。種族、家柄、職業……数え上げればキリがない。連合国は身分制社会であるからして、現代日本より立場による立ち振る舞いにうるさいのだ。

 どうしてもその辺に慣れない俺は、せめてプライベートである家の中だけでもかしこまらないで欲しいと思ってさ。

 今はセコイアやペンギンがいるから、友達感覚で接する人が増えた。かと言って、「ハウスキーパーらに公爵家に相応しい振る舞いを」なんて言うつもりはない。


 あ、しまった。ルンベルクが立ったままだ。


「座ってくれ」

「失礼いたします」


 二度言わないと座ってくれないのはご愛嬌である。コップを置いてくれたことで俺の「座ってくれ」はリセットされているからな。

 おっと俺から促さないと。彼はこちらの準備が良いと言うまで待っているのだ。


「失礼とか叱責するとか、ましてや罰則なんてことはするつもりも考えもしていないから、思っていることをそのまま伝えて欲しい」

「ヨシュア様は私の出自を聞かれませんでした。それは私など歯牙にも掛けないというわけではなく、ヨシュア様のお優しさだと重々理解しております」

「確かにハッキリとルンベルクに聞いたことは無かったな。父がルンベルクを付けてくれて、父が選んだ人だから心配も不安もなかった」

「亡きアルフレート様に全幅の信頼を置かれていたのですね。ですが、ヨシュア様のことです。たとえ私がならず者であったとしても笑顔で迎え入れたことでしょう」

「エリーやバルトロ、それにアルルもだよ。ルンベルクが連れてきてくれたから、俺に迷いはなかった。事実、ハウスキーパーの四人を信頼しているし、とても優秀だ。俺にはもったいないほどにね」

「ヨシュア様……」


 はらりと涙を流すルンベルク。

 絹のハンカチで目元を抑え、涙が止まった後、彼は静かに語り始める。


「ヨシュア様。聞いてくださいますか。私の過去を」

「ルンベルクが良いなら、是非とも」

「感謝いたします。ヨシュア様の元に馳せ参じる前は騎士をやっておりました。かのリッチモンド卿と馬を並べたこともございます」

「カッコいいじゃないか! 俺はルンベルクが元文官なのかと思っていた。事務仕事もテキパキとこなすし。書類に強いからさ」

「お褒めいただき恐縮です。私の本質は無頼漢。先代様の頃、幾度となく戦場へ赴きました」


 淡々と語るルンベルクは昔を懐かしむように目を細めた。

 出会った人たちの中でもトップクラスに穏やかで紳士的なルンベルクが戦いに身を置いていたことがあるなんて。

 言われてみれば……確かに武芸を身に着けている様子はいくつもあった。

 足音を立てないこととか、傾いても重心がブレないし、あの歳にして前屈すると余裕で手の平が床につく。

 ルンベルクはシャルロッテのように剣を腰から下げていたことがない。なので、まさか武器を使えるなんてことを思っても見なかった。

 いや、まさか。

 

「素手で戦っていたりした?」

「いえ。馬上槍や両手剣と大振りの武器を使っておりました。素手での格闘術も嗜みはいたしておりましたが、お恥ずかしながら下手の横好き程度です」

「ルンベルクのことだから謙遜しているんだろ。セコイア、あ、そうか」


 ルンベルクって素手でも強いんでしょ、と人の実力が分かるらしいセコイアへ声をかけたが、ルンベルクと二人きりで話すために中座してもらったのだった。

 つい先ほどのことさえ抜けるとは……働き過ぎだよな。うん。

 あちゃあと内心舌を出す俺とは対称的にルンベルクは真剣な顔で小さく首を横に振る。


「セコイア様と比べられるなどおこがましいことです。ヨシュア様。私が申し上げることではないことを承知しておりますが、かの方はこの世の理の外にある『大魔法使い』ですので」

「あの涎狐が、そんな風には見えないんだけど。確かに空を飛ぶとか飛行船を一人で操るとかすごいなと思っていたけど……魔法のことが分からないから魔法ってすげーとしか思ってなかったんだよ」


 魔法を使う人たちにもレベルがあることは一応認識はしているんだ。だけど、どれだけ高いレベルなのかってところは分からない。

 ほら、泳げない人からしたら泳げるだけでもすげーってなるじゃない。競泳選手の泳ぎを見ても全員同じように泳いでいるように見えて、すごいのは分かるが各選手の技術の差なんて推し測れないだろ? それと同じようなもんなんだよね。


「ヨシュア様。聞いていただきありがとうございます。このルンベルク。ヨシュア様にお仕えし、御守りすることこそ至上の喜びでございます」

「聞かせてくれてありがとう。日々の業務をこなすだけじゃなく、陰ながら俺を護っていてくれていたんだな」

「御守りしているのは、私だけではありません。バルトロ、エリーゼ、アルルーナも同様でございます」

「バルトロは……狩りをしている姿を見て戦えるんだろうなと思っていたけど。元冒険者だと言っていたし。アルルとエリーもなんだ……」


 アルルとエリーは交代で俺の「護衛」をしてくれていた。護衛、護衛と言いつつも、俺の世話役としてついていてくれていたとばかり……。

 実際、飲み物を出してくれたり、食事の用意をしてくれたりと「お世話」してくれていたから、護衛って微笑ましい表現だななんて思っていたのだけど、本気で護衛の役割を兼ねていたとは正直驚いた。

 でも、二人とも華奢な女の子だし、いざとなったら俺が護るんだ、なんて意気込んでいたりしたってのに。

『ヨシュアは貧弱だから無理じゃ』


「うるせえ! この前、ペンギンさんを持ち上げて鍛えたぞ」

「ヨシュア様、どうされましたか?」

「あれ、狐の声が聞こえたと思ったんだけど、気のせいだったか……自分の妄想力が凄い。やっぱり、疲れているのかも」

「大事をとってお休みになられたらと愚考いたします」

「いや。大丈夫だ。アルルとエリーが護衛もできると聞いて驚き過ぎて動揺していたからだと思う」

「二人は特化型ではありますが」

「折を見て二人に聞くよ。本人の了解なしに勝手にプライベートを聞くのも気が引けるから」

「ヨシュア様のお優しさ、このルンベルク、心が震えました」


 大袈裟だなあ、ルンベルクは。

 

「そうだ。ルンベルク。レーベンストックの台覧試合に出てみないか? 元辺境国から二人、元公国から二人出そうと思っていて。武芸のたしなみがあるのだったら腕試しにどうかなと」

「わ、私にそのような栄誉を授けていただけるのですか! ただの執事を、国家の威信をかけた場へ赴かせてくださると……」

「親善が目的だから、そこまで構えることはないさ。軽い気持ちで。もう一人はバルトロでいいかな? 彼が喜んでくれるのなら、だけど」

「バルトロならば、必ずやヨシュア様の期待に応えることでしょう」

「分かった。一応、本人にも聞いておくよ。それで、公国の二人は騎士団長と副長でいいかな? 一応、騎士団のトップだから」

「最高の人選かと存じます」


 滂沱の涙を流すルンベルクから顔を逸らし、気恥ずかしさから声のトーンを落とし彼に言葉を投げかける。


「父上、そしてルンベルクも。陰ながら護衛の役目をこなすこともできる人を招き入れてくれてありがとうな。俺が気を遣わずに政務へ励めるように黙っていてくれたんだよな。これからも、よろしく頼むよ」

「ヨシュア様……」


 ルンベルクの手を取り、ぎゅっと握りしめた。

 面と向かってこういうことを言うのは本当に恥ずかしいけど、言わなきゃ伝わらないからな。

 彼のむせび泣く姿に柔らかな笑顔を向ける俺であった。

こ、更新おくれました、、、。

二度目のワクチン接種で倒れておりました、、。

書籍版、追放された転生公爵4巻、発売中です。是非是非、美麗イラストだけでもチラ見してみてくださーい。

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