242.閑話.レーベンストックの思惑
部族国家レーベンストックは他の国家に無い仕組みがいくつもある。
基幹となるものは多数の部族がそれぞれ独自に勢力圏を築き、部族間の平等が重視されていること。
平等とはいえ、収入を均一化するとか、法を一本化するとかそういうものではない。
部族ごとにそれぞれの勢力内に法があり、他部族であっても各勢力圏に入ればそこの法に従う。
レーベンストックは独立国家の集合体のような国といえば分かりやすいか。それでも、全部族が守るべき法はある。
それは、外交に関する取り決めだった。彼らは各部族の合議制によって外交方針を決めている。一応、内政についてもごく稀に議論されることはある。たとえば犯罪者の引き渡しについてといった議題だ。
部族会議について、部族の人口によって発言権が大きくなったり小さくなったりしないように配慮がされている。各部族一票の原則、これが平等であると言われる所以である。
今日も今日とて部族の合議のために作られた街「バーデンバルデン」にて、連日熱い舌戦が行われていた。
普段はバーデンバルデンに集まった各部族の代表が議論するところなのだが、長が大集合する事態になっている。
というのはここ一年間で最も熱い議論となっていたからだった。といってもきな臭い議題ではない。
「我々と聖教国は長年芳しい仲ではなかった。お互いに手出し無用でこれたことは我が国の専守防衛にとって非常に喜ばしいことだった」
「細々ながら交易も行なっておりましたし、そもそも聖教国以外にも国はあります」
犬族の長に続き猫族の長が補足するように言葉を続けた。
レーベンストックに最も近い国で言えば、エルフが長を務める大森林国など、人間以外の種族が率いる国は聖教を信仰していない。
人間が主な種族の国でも全部が全部、聖教国というわけではなかった。
単にレーベンストックと接する国が帝国と公国で聖教国だったに過ぎない。
「進めた親交を数十年前に戻したい、ということですか?」
熱弁する犬頭に向け、アールヴの長エイルがはたとアゲハ蝶のような翅を震わせる。
対する犬頭は大袈裟に首を振り、心外だとばかりに大きく口を開く。
「レーベンストックは恩義を尊ぶ。これは我々犬族だけの話ではありますまい」
「はい。我々アールヴ族も他の部族の方々も皆一様に此度の連合国に感謝しております」
「然り。彼の国は未曾有の大災害にみまわれた。事後になってしまったが、復旧のために人手を出し支援することは誇りに思いこそすれ、非難する気持ちなぞ毛頭ない」
「みなさん、志願者を抑えるのに必死のご様子でしたものね」
口元を手で隠しくすりと上品に笑うエイルに他の部族の長たちは渋い顔をする。
部族によっては、我こそは連合国にと逸る若者たちを抑えるのに相当苦労した。
それほどまでに、彼らは追放され領地さえままならぬヨシュアが疫病から救ってくれたことに感謝していたのだ。彼はその場で見返りを求めなかった。「危急の際はお互い様です」とはにかみながら言った彼に誰しもが感動を覚えた。
レーベンストックが実施したことは人手を出すことだけではない。ヨシュアが公国に復帰し、連合国となってからは、彼の追放前のように積極的な交易が行われている。
どの部族もが聖教徒の多い連合国に対し親密な関係を築くことに反対していない。それ故に彼らの議論が紛糾していたのだ。
その議論とは――。
「猫族が代表ということでよろしいですかな?」
「先ほど猫族以外の全会一致で却下されたではないですか」
猫族はバーデンバルデンでの薬草探しの際にヨシュアの傍付きとして活躍した。更に大公のメイドの一人に猫族の娘がいるという。
メイドに雇われているということは、大公が猫族を気に入っている証左であると猫族の長は主張する。
「接した時間、という括りで申し上げますとアールヴ族にこそ代表となる資格があるのではないでしょうか?」
エイルは右の触覚をぴこりと跳ねさせ指を一本立てた。そもアールヴ族が当時の辺境国へ請願に向かったのだ。ならば、此度の代表もアールヴ族であると主張する。
「エイル殿とアールヴ族には褒賞を与えたではないですか。綿毛病の件での貴君らの働きを誰もが認め、讃えています。しかし、これとそれとは話が別ではないですか」
押し黙っていた犬族の長がついに口を開く。最大の人口を誇る犬族は自分の意見を強硬に主張することはない。これまでもこれからも。最大数というのはそれだけで圧力になってしまうことを犬族は重々承知していた。部族間の和が乱れぬよう、犬族は穏やかであれを美徳としている。
しかし、この時ばかりはアールヴ族、さらには猫族に対しても釘を刺した。
「いっそ、向かわせたい部族はそれぞれ代表を出すのはいかがですかな? ただし、部族一つにつき一人と取り決めませんか?」
「それが一番しっくり来ます。ですが、大人数で押しかけ大公にご迷惑がかかってしまうのではないでしょうか」
「立候補のみにとどめ、顔見せを兼ねてご挨拶いたしますか……」
「一つ、案があります」
エイルがすっと右手を上げる。
彼女の動きに全員が彼女へ注目した。
「大公御一行を祭へご招待するのはいかがでしょうか? いっそ、帝国、共和国、大森林など周囲の主要国へも招待状と参加依頼を送りませんか? そうすれば大公とて無碍にはなさらないかと」
「ほう。そいつは面白そうだ! エイル! 祭の席にてそれぞれの部族が挨拶を行う。そこでお披露目もできる」
族長らから拍手が飛ぶ。
長い長い会議が終わり、レーベンストックはかつてない規模の祭りに向け準備を始める。
各国首脳へ書状を届けることも忘れずに。
大公国以外の聖教国家はこの招待に驚くものの、レーベンストックの友好的な外交に対し歓迎の意を示し参加する旨をかの国へ届けた。
大公国も断る理由などなく、ヨシュアはレーベンストックへ向かうことになる。
盛大な祭りの裏に秘められたもう一つの祭りのことをヨシュアはまだ知らない。
閑話続きですいません!
次回より本編スタートです。ペンギンの花嫁




