239.閑話.大臣たちの昼下がり
農業担当バルデスは経済担当グラヌールと仲が良い。
見た目だけで言えば二人は正反対だ。バルデスは樽のようなお腹に薄くなり過ぎた髪の毛、柔和な顔つきと朗らかな印象を受ける。
一方グラヌールは痩せぎすで気難しそうな紳士といった感じで髪の毛もフサフサしていた。
こんな正反対の二人であるが、どちらもヨシュアによって貴族に引き上げられた経緯を持つ。
だからと言うわけではないのだが、彼らは妙に馬が合った。
二人が大臣にまで出世してからも、たびたび席を設けている。席ではお互いの政策談義がきっかけなことが多いのだが、愚痴や雑談の占める割合が次第に増えていった。
仕事の面でもローゼンハイムにヨシュアがいた頃は二人揃って彼の元に詰めかけ、どちらかが順番待ちをするハメになったものだ。
大公がネラックに居住するようになってからは、二人同時にローゼンハイムから抜けることは少なくなった。たまに魔石機車で一緒になることはあったが……。
久方ぶりに隣り合う席に二人が並んだ。そんな日の一幕。
「しかし、賑わってますなあ」
「そうですな。公宮関係者用の車両は肩身が狭い」
二人はいつものように談笑をしつつ、窓の外を眺め、感心したように「ほう」と息を吐く。
魔石機車は単線のため、多くの本数を走らせることができない。全部で5両編成にまで拡張されたものの、まだまだ乗客需要を満たしていない状況だ。
そのため、必要があってヨシュアの元へ向かう貴族、文官、武官用に準備されていた特別車両も開放している。
彼らが乗る時は別として。
なるべく多くの人を乗せるために連合国関係者が使う時間を決めるよう変更し、特別車両も多くの時間を一般客に解放していた。
「複線にするか、ええと何でしたかな」
「交差用に一部だけレールを複線にする案が出ておりますね」
農業担当大臣であるバルデスにとって魔石機車のことは埒外ではある。
しかし、彼だけでなくローゼンハイムの文官らの一番の興味は本件で、彼としても経済担当の立場から一枚嚙んでいるグラヌールに尋ねてみたというわけだ。
「今の技術力を考慮すると、転てつ機の自動化は難しい。全て手動になる。途中駅を上り下り車線にするのが望ましいだろうね」
突然割って入った声にグラヌールとバルデスは顔を見合わせた。
他に乗っている者といえば、護衛の二人くらいなのだが、護衛は入り口を固めたまま動いていない。
この時間帯は政府関係者しか乗車できぬはずだが……。
と、不思議に思ったバルデスが席から立ち上がり、進行方向にある列の席を見やる。
黒と白のずんぐりしたモンスター? 動物? が、席の上にちょこんと立っていた。
丸い目に嘴を備えたその動物は、「やあ」と右のフリッパーをあげ彼に挨拶をする。
「あ、あなたが? 喋ったのですか?」
「いかにも。この身はペンギンだが、人の言葉が分かる。数奇なものだね」
「そ。そうですか」
呆気に取られたバルデスはよろりと元の席に腰をおろした。
そんな相棒とは真逆に口元に微笑みを称えたグラヌールがすっと立ち上がり、ペンギンに恭しく礼をする。
「これはこれは賢者殿。ローゼンハイムに行かれていたのですか?」
「ネラックから乗りっぱなしだよ。確か君はグラヌールくんだったね」
「賢者殿、私の名前を覚えていてくださり感激です。先程の賢者殿の案、聞かせていただけますか?」
「大した案でもないのだが。転てつ機はガラムさんに頼めば問題ない。できれば切り替えするレールについてはブルーメタルを用意したい」
「転てつ器なるものは、レールの切り換えを行う仕組みのことですかな?」
「つい、説明を怠ってしまった。転てつ器の役割は君の認識の通りだよ」
打てば響くどころではない奇怪な生き物にバルデスが目を見開く、驚き過ぎて僅かに残った髪の毛が落ちてしまったと思うほどに。
「賢者殿……」
「私はそんな大したものではないよ。ペンギンとでも呼んでくれればよいさ」
絞り出すようなバルデスの声に片目をパチリと閉じおどけてみせるペンギン。
「一体何者なのだろう」とバルデスの脳裏に疑念が浮かぶ。そこで彼はグラヌールから聞いた話を思い出す。
「ヨシュア様が辺境で大賢者と出会った。予言は業腹だが、彼に出会えたことだけは素直に喜んでいる」とグラヌールが語っていた。
噂の大賢者がペンギンと名乗る今彼の目の前にいる奇妙な動物だったのだ。
見た目こそずんぐりとした黒と白の動物であるが、ヨシュア様が大賢者とおっしゃられるほどのお方。その叡智は計り知れない……ものなのだろう。
ゴクリと喉を鳴らすバルデスに、グラヌールが大袈裟に肩をすくめ笑いかける。
「賢者殿は気さくなお方ですよ。バルデス卿。せっかくの機会です。我らに叡智を授けていただこうではありませんか」
「是非に。賢者殿、お願いいたします!」
食い入るような二人にペンギンはぺちんと自分の真っ白なお腹を叩き、首を前後ろに動かした。
彼なりに弱ったなあとか困ったなあと言った意思表示なのかもしれない。ペンギンだけに人と表現が違うので仕草だとなかなか伝わってこないが……。
「転てつ機だけではなく、運用、安全性についても再考しなければ運転本数を増やすことはできない」
「安全ですか。柵を作り、線路を横断できるよう、所々に路を作ろうとしております」
「線路は一旦それで良いのでは。理想は高架だが、費用がかかり過ぎるだろうし」
「高架……とは」
「そうだね、城壁の上に線路を敷くようなものかな」
「それは……たしかに」
こともなげにペンギンは言うが、城壁の上となれば相当な労力がかかる。それだけでなく、城壁を作るための資材も不足するだろう。
とてもじゃないが、今すぐに手をつけることはできない。
眉間に皺を寄せ唸るグラヌールに対し、ペンギンは涼しいものだ。
淀みなく次は運用について語り始める。
「魔石機車の数を増やすならメンテナンスの規格化は必須かな。もう一つ、ダイヤグラムもあった方が時間割を組みやすいのではないかな?」
「規格化……はヨシュア様よりお聞きし、公国でも浸透しつつあります。ダイヤグラムとは?」
「紙があれば……いや、今は専用の羽ペンを持ち合わせていないんだ。すまないね。ネラックに着いたらヨシュアくんに書いてもらおうか」
「そ、そんな、畏れ多い。ヨシュア様のお手を煩わせるなど」
「そうかね? 『適材適所』と彼はいつも言っている。彼にしか書けないのなら、彼に頼むべきだと思うがね」
どうやら賢者の気さくさは敬愛する大公に対しても同様らしい。
世を捨て知識を探求すると言われる賢者は大魔法使いと似た気質を持っているようだ、とバルデスは心の中で考察する。
ペンギン、セコイア共に相手が誰であろうと態度を変えない。そのような生き方に畏敬の念を抱くが、自分では孤高たる在りように耐えることはできまいと小さく首を振る彼であった。




