238.閑話.鍛冶店2
向かうところ敵なしだった。史上最年少のトリプルクラウンとして君臨した冒険者バルトロは、現役にして伝説となる。
斬った、斬った、斬った。あらゆるモンスターを。秘境で、遺跡で、ダンジョンで。
しかし、強さだけでは冒険者として伝説には成りえない。
モンスターを討伐することは、冒険者稼業の一つに過ぎないのだ。武芸を誇るだけなら別の道がある。
闘技場でバトルマスターを目指すも良し、はたまた国のお抱え戦士として武芸大会を志すも良い。山に篭り一人モンスターを倒す暮らしも悪くない。
冒険者であるバルトロは、戦い以外のことは超一流とは言い難かった。
モンスター討伐ならば、ソロでも何とかなる。しかし、彼は隠された扉を発見することもできなければ、お宝の鑑定に至っては初心者冒険者にさえ劣るかもしれない。
「俺は調子に乗っていた。周りが見えていないだけのただのガキだったってわけだ」
何も応えず、バルトロを睨むだけの彼女に対し、彼はそのまま言葉を続ける。
自分が最強なのに何故?
彼は悩んだ。そこでようやく彼は気が付く。
驕り高ぶり、自分以外の者は添え物に過ぎないという考え方が間違っていたのだと。
互いに尊重することが大切だと理解したバルトロは、数々の冒険者と組み、偉業を達成し超一流の冒険者と成ったのだった。
といっても、生来のソロ気質からかマイペース過ぎるからか特定のパーティは終ぞ組まなかったのだ。
「まあ、そんで、いよいよあの時を迎えるわけだ」
「冒険者グデーリアンのことなど、聞かなくてもいい! 全部知ってる」
「俺が思い出すためだ。確かあの時は秘宝を探しに行くとか、そんな計画を立てていたのだっけ?」
「そうだ。白銀に木目が浮かぶ伝説に謳われる超希少金属『ダマスカス』をこの手にというところで、突然、お前は!」
「お前さんが俺にダマスカスでナイフを作ってやるとか言ってたな」
「……そんなつもりなんてない! お前をやる気にさせたかっただけ!」
キンキンとバルトロに向かって金切り声をあげるティナの興奮は収まらない。
積年の彼に対する想いが彼女を駆り立てる。
そこで出し抜けにバルトロが彼女へ麻で編んだ袋を握らせた。
袋はズシリと重く、30キロほどはある。それでも彼女は軽々と片手でそれを掴んでいた。
「まあ、開けてみろよ」
「賄賂でなど! そこまで落ちたか。グデーリアン」
と言いつつもティナはキツく縛られた紐をほどき、中を改める。
「こ、これは……」
ティナがペタンとその場で尻餅をつき、わなわなと喘ぐように両手を震わせた。
中には金色味かかった銀色の金属が入っていたのだ。それは、木目のような波紋のような模様を持っていた。
「それ、ダマスカスじゃねえかって、そんで持ってきた」
「覚えていてくれたの?」
「すまん。正直、ダマスカスを見るまで頭の奥底だったぜ」
「嘘でも、そうだって言うものだろ! そっか、女じゃなかったんだな」
「女、女って、お前なあ。俺はそこまで女好きってわけじゃねえ。口説くのも下手くそだからな」
「だろうな。ガッカリさせる名人だ、お前は。私の目は誤魔化せない。グデーリアン……ううん、バルトロのその目は夢を追う男のもの。何かに夢中になる少年の目。女の尻を追っているものじゃない」
「違えって。最初に言っただろ。初めて『すげえな』と思う人に会ったんだよ」
ようやく表情を緩めたティナは、ダマスカスだと思われる金属を指先で弾く。
くすりと鼻で笑った彼女は口端をあげバルトロを見上げる。
「そんなにか」
「おう。すげえ人だよ」
「それで、ダマスカスを持ってきたんだな」
「そうだ」
「そうか、ふーん。私の力が必要ってわけだな。こいつがあれば勝てると思って。そうだな。武器は大事だ。お前とやり合うことのできる者なんてファーゴットくらいだと思っていたが、世の中にはいるものだな」
「勝つ? 何言ってんだ?」
「へ?」
かああっと恥ずかしさからティナの頬が朱に染まる。
得意気に彼の想いを見透かしたとばかりの態度をとっていた彼女の思惑とバルトロの言うすごい人のイメージがまるで異なっていたからだ。
彼は彼女を小馬鹿にすることもなく、いつもの軽い調子で顎髭をさする。
「強い奴は傍にいる。尊敬はしているぜ? だけど、違うんだ。俺が力になりたいと思う人は。それほど役にたっちゃあいねえけどな」
「お前が役に立たないなんてことはない!」
おどけてパチリと片目をつぶるバルトロに対し、ティナはものすごい剣幕でまくし立てる。
そこでハッとなった彼女はぷいと彼から目を逸らす。
「その人はそうだな。ティナが軽々持つその袋でも、両手で抱えてやっと持ち上げるくらいかもしれねえ」
「貧弱な。男だろ?」
「そうさ。人ってのは力だけじゃねえ。辺境に行ってからは凄みが増した。すげえぜ、辺境は」
「魔石機車だったか。あれは確かに驚いた」
「ダマスカスもな。ヨシュア様が作ったんだぜ。すげえだろ。あの人の頭の中はどうなってんだろうな! いつもワクワクするんだよ!」
「お前、大公に仕えているのか?」
「おう。そうだぜ。あれ? 知らなかったか?」
「勝手にいなくなったお前のことなど、調べるわけがないだろ!」
ぼふん。
出し抜けにバルトロがティナの頭の上に手を置く。
わしゃわしゃと荒っぽく彼女の頭を撫でた彼はバツの悪そうな顔でボソリと言った。
「すまなかった。ティナ。夢中でお前に何も言わず飛び出しちまった」
「グデーリアン……いいよ、もう。でも、私、待ったんだからね。待ったんだよ」
「来るか? お前も、辺境に」
「行く。私がお前の剣をつくる。だったらもっと大公の役に立つだろ」
「ありがてえ。正直、余り役に立たねえかも」
「そこは嘘でも『役に立つ』って言うんだよ。このとうへんぼく!」
「見た目が変わらねえから分かり辛えが、すまん、忘れてくれ」
「歳の話はやめろ! これでも、お前よりだいぶ年上なんだぞ」
「じゃあ、頭を撫でるのはまずかったな」
「それは、別に構わない」
手を離そうとしたバルトロの手首を握るティナは眼光鋭く彼を睨みつける。
「やべえぞ。ルンベルクの旦那、アルルにエリー。それに、セコイアの嬢ちゃん。みんな、ヨシュア様を護る実力を持っている」
「ふん。それでもダマスカスの剣を持ったお前が遅れを取ることはないだろ」
「そこじゃねえんだけど。お前も来れば分かるさ」
「お前がどうしてもと言うからついて行くんだ。仕方なく」
先ほど自分で「行く」と言っていたティナの発言を覚えていないバルトロではなかったが、「だな」と目を細めた。




