236.言葉を伝えに
簡単な挨拶を済ませた後、食事会となった。本来はそれぞれの食事を席に運ぶのだが、あえて立食形式にしたのだ。
畏まって会話を交わすのは避けようと思ってね。枢機卿らがネラックの宗教関連に口を挟んでくることはないはずだけど……。
ローゼンハイムなど公国側と違って、ここネラックは宗教の垣根がない。畏まった場じゃ、口にしても問題になることでも砕けた場所なら問題なくなることもあるってことさ。念には念をってね。
そうは言っても先ほども述べた通り、聖教側から政治に関して手を伸ばしてきたことは一度たりともない。実は俺の預かり知らぬところでごにょごにょ……というのはあるかもしれないけど、少なくとも俺に向けては無かった。
いずれにしろ政治的な最終決裁は不本意ながらもほぼ全て俺に回ってくるわけなのだよ。なので、大きな決め事があれば嫌でも内容確認しなきゃならない。
そんな俺が聖教が政策決定に絡んだ案件が無かったと認識している。
なので、聖教がこの場で何やら提言してくることは考えられない。
聖教に関することなら別だけどね。
教会のデザインが、大きさがというお話しだったら、やはり砕けた場のほうがいい。
「枢機卿、これもお試しください」
「ヨシュア様手ずから。ありがとうございます」
屈託のない笑みを浮かべるとさすがの枢機卿も片眉をあげる。いくら世俗のことは別だとの建前があっても、相手が自分の国の君主となれば……ね。
俺は「世俗は別」の言を言葉通りに受け取っているに過ぎない。
老年期に差し掛かった枢機卿を若輩の俺が気遣うのは不自然じゃないだろ?
何を取り分けるか迷ったけど、ネラックにしかない作物も結構あるからさ。迷った結果、枢機卿に「どうぞ」とやったのは、サボテンと蒸しソーモン鳥を混ぜたサラダだ。
アボカドみたいなイメージだったのだけど、全然違った。少し粘り気のある野菜と言えばいいのかな。日本人だと嫌いな味では無いと思う。
「神のものは神に、人のものは人に、ですよ。枢機卿。世俗の身分など私とあなたの間にはありません。唯の人と人です」
「人と人ですか。そのような捉え方をするのはヨシュア様ならではです」
自らの考えを伝えると、枢機卿は上品に小さく首を振り料理に口をつける。
対する俺は苦笑しつつ言葉を続けた。
「教えに背くようでしたら改めますが……」
「いえ、神のお言葉は信徒の捉え方次第です。私がどうこうするものではありません」
「では、お飲み物も私がとりますね」
自国の枢機卿と会話していると帝国の枢機卿も加わって立ったまま談笑する。
ネラックの特産品を食べてもらうことも忘れない俺に抜け目はない。特に帝国の枢機卿は遠路はるばる来訪したのだから、是非ともここでしか食べれないものも食べて欲しいのだ。もちろん、はじめての食材だから合う合わないがある。なので、無難な料理も一緒に取り分けることにも抜かりはない。
「ヨシュア様。先に教会へ挨拶に行ってきたのです」
「そうだったのですね」
彼らはここに来る前にネラックの教会に寄ってきたそうだ。
教会について何かお願いがくるのかな、なんて思っていたが帝国の枢機卿から意外な言葉が飛び出す。
「感激いたしました! 身を寄せ合い皆でそれぞれの神に祈りを捧げる。あれほど尊い場はそうは拝見できません」
「私もです。ヨシュア様。人間以外の種族も多いと聞いておりましたので、最初にネラックの教会を見た時、私も帝国の枢機卿と同じ思いを抱きました」
そうだった。連合国の枢機卿がこの地を訪れるのは二度目だったな。
聖教としても、異教徒の宗教施設があることは特に問題ないようで安心した。
◇◇◇
第二皇女フリーデグント、第四皇女リリーとも無難に挨拶をして言葉を交わした。
アリシアとは一言挨拶した程度だったのが心残りだったけど、彼女の様子は屋敷の前で聞くことができたし、トータルで食事会はまずまずの出来だったと思う。
公国の枢機卿とアリシア、彼らの傍付の人たち数名は屋敷に泊ることになった。
大臣らもそうなのだけど、連合国の重鎮たちは屋敷に泊りたがる傾向がある。これも想定内だ。屋敷は客室もあるし、彼らを受け入れてもまだ部屋に余裕があるほど。
一方で、帝国側は予め準備した宿泊施設に泊ってもらうことになった。
他国の賓客だし、こちらも特に問題は発生していない。
「ふう……」
片付けも終わり、風呂にも入って自室のベッドに倒れ込む。
仰向けになって、額に手をあて再度大きな息を吐く。
「密度の濃い一日だった。明日からまた通常政務が始まる……お、終わりがねえな……」
ゴロゴロ、ゴロゴロとベッドの上で左右に転がるが、眠気も無く妙に頭が冴えている。
いつもなら寝ころぶと泥のように眠ってしまうのだけど、疲れすぎているのかな?
こういう時はお酒でも飲んで寝るに限る。
「余計なことは一切言っていないはず。まだまだ粘れるはずだ」
「余計なこと、でございますか?」
「うん。嫁だよ、俺の嫁」
「妃……ですか?」
「へ、あれ」
顔をあげると法衣姿のアリシアが顔を凍り付かせていた。
いつの間に……。
「何度かノックを差し上げたのですが、私を招き入れてくださったのだとばかり。失礼いたしました」
「独り言が多かったから、勘違いしても仕方ないさ。こんな夜更けにどうしたんだ? 嫁の件は気にしなくていい。俺の愚痴だからね」
「アリシアとしては非常に気になりますが、聖女としてのわたくしは聞くわけにはいきません……」
「う、うん」
目が怖い。口元に僅かな笑みを浮かべた聖女の表情を二人きりの時にわざわざ見せなくたっていいだろうに。
アリシアとしての感情が聖女スマイルってわけなのか?
う、うーん。何を思ってのことかまるで分からん。
妙な間が生まれてしまったが、先に口火を切ったのはアリシアだった。
「ご本人からは告げる必要はない、と言われたのですが、ヨシュア様にお伝えしますとわたくしと私がかの方に約束いたしましたので、聞いていただけますか?」
「うん。言ってもいいのかな?」
「はい。ご本人の想いをヨシュア様にお伝えすることで、かの方が気分を害されることはないと確信しております。かの方はヨシュア様を大変尊敬されておられました」
「その人って、まさか」
「ザイフリーデン伯爵です。かの方は魔素の渦に飲み込まれ命を落としました。しかし、魔素により動く屍へと変わり果てた姿になってしまったのです」
「アリシアとアンデッド化したザイフリーデンが邂逅した?」
「死人となり、ローゼンハイムを目指すという想いだけが残ったザイフリーデン伯爵でしたが、最期は安らかに天へと旅立たれました」
「そうか……ザイフリーデン」
「ザイフリーデン伯は最期の最後まで魔素に抵抗し、果てました。彼の公国とヨシュア様を想う気持ちは誰にも負けないものだったと」
「ありがとう。アリシア。ザイフリーデンを看取ってくれて。彼の想いを俺に伝えてくれて」
「いえ。アリシアの我がままです。伯爵は自分の最期のことをヨシュア様のお耳に入れ、ヨシュア様が憂うことを懸念されておられました。ですので、伝える必要はないと最期の言葉として残しました。それを私が、私の想いでヨシュア様に伝えています」
「それでも。知らないでいるより遥かに良い。ありがとう、アリシア。そして、ザイフリーデンよ。どうか、安らかに」
両手を組み、亡きザイフリーデンへ祈りを捧げる。
アリシアの目からはとめどなく涙が溢れ出していた。




