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235.皇女より聖女

 聞きたくない事前情報を与えてくれた枢機卿の一団がほどなく到着した。

 さすがに結構な人数だな。馬車が全部で六台も並んでいる。

 せっかくなら魔石機車で来ればよかったのに、と思ったがこれには理由があった。宗教的なものなのか帝国の習慣なのかは分からない。

 「帝国側の馬車の関係で魔石機車を使わないことにしたのだ」と従者の一人からルンベルクを通じて聞いた。

 俺の推測だけど、帝国の馬車を引く馬が関係しているのではないかと思う。魔石機車を使うと馬をローゼンハイムに置いて行くことになるだろ。

 となると、彼らの手で馬の世話をすることができなくなるってわけさ。厩舎くらいならローゼンハイムの聖教施設内にもあるんだけど。これを宗教的なのか習慣からくるものと考えたわけだ。


 一団を先行するはローゼンハイムの馬車で、聖教のひし形印と公国印が入っていることから分かる。

 そんなこんなで先に降りてきたのは元公国、現連合国の枢機卿だ。

 彼は人の心に安らぎを与える暖かさを備えた紳士で、彼と挨拶を交わすだけで日頃の疲れが癒されるほど。


「ようこそおいで下さいました」

「短期間に二度目の来訪になり畏れ入ります。帝国の枢機卿共々、改めてご挨拶に伺わせていただきました」

「聖務もある中、ありがとうございます。こちらへ」


 枢機卿らの迎えは自ら買って出たんだ。宗教的権威は俗世と違うところにあるし、身分の上下を超越していると俺は認識している。

 なので、単にホストがゲストを迎えるとなれば、俺が直接出向いてもおかしくない。

 別の目的もあったけどね。

 枢機卿の乗る次の馬車から姿を見せたのは、純白の法衣にヴェールを被ったアリシアだった。周囲を寄せ付けぬ静粛で荘厳な美しさは完璧ではあるが、冷たい雰囲気がする。

 しかし、彼女は遠目ではあるものの俺と目が合うとスッと表情を柔らかなものにした。他の人には見えぬよう、俺だけに見せてくれる。

 「私は大丈夫です」と俺に伝えるかのように。

 俺は俺で精一杯の柔らかい笑顔を彼女に向けた。

 そう、彼女が来ているかもしれないと思ったから、直接出向いたんだ。迎え入れるこの時だけ、彼女と二人きりで挨拶を交わすことができる。


「ヨシュア様。初めてこの地を訪れさせていただきました。短い間ですが、よろしくお願いします」

「うん。長旅だったろう。まずはゆっくりとくつろいで欲しい」


 かしずく彼女の前でしゃがみ込み、手……は触れることができないので、指先で「立ってください」と示す。

 その際、ボソッと彼女だけに聞こえる声で囁く。


「アリシア。元気そうで何よりだよ。できれば少し話をしたいところだけど……さすがに難しそうだ」

「わたくしは……いえ、私はヨシュア様に名前を呼んでいただいて、とても……幸せです」


 顔を隠すように手をかざした彼女は、俺だけに見えるように本来の微笑みを浮かべる。

 先ほどとは違う静粛さも荘厳さもない朗らかな柔らかな笑みを。

 また後でな。アリシア。

 彼女のことを名前で呼ぶことができるのもここまでだ。

 自国の人前ならともかく、帝国の聖教関係者がいるとなるとさすがの俺でも気を遣う。

 連合国の枢機卿はできた人だし、官僚たちも同じく大人だから俺が彼女のことを「名前で呼んでたぞー」なんてことを帝国に告げに行くなんてことはしない。

 そういう気遣いをしてくれている自国の聖教関係者に対し、俺も応えないとさ。

 なので、帝国の人がいる前では聖女と呼ぶ。一時期ずっとアリシアのことを聖女って呼んでいた俺が言うのもなんだけど、彼女は聖女と呼ばれるよりアリシアと呼んだ方が良いと俺が思ったから。なので、あの時から彼女のことは名前で呼ぶようにしているのだ。

 

 おっと、そうこうしているうちに帝国の枢機卿がこちらにやってきたぞ。

 彼は恰幅のよい60代前半くらいの壮年の男で、真っ白な髭と髪をしている。

 格好は連合国の枢機卿と同じ法衣姿だった。

 こちらもまた連合国に負けず劣らず人を穏やかな気持ちにする雰囲気を持っている。


「遠いところをよくぞお越しくださいました」

「大公自らとは恐れ入ります。我らを迎え入れてくださり感謝いたします」


 握手を交わし屋敷へ向かってもらう。

 お次は、帝国の第二皇女か……。他国には年長者と共になら出たことがあるが、単独では今回が初の外国訪問となる……らしい。

 

 ほ、ほほう。これは。俺の近くにはいないタイプかな。

 いかん、人を見た目で判断してはいけないぞ。

 濃紺のストレートで前髪は作らずそのまま垂らしており、メガネをかけていた。膝下くらいのチェックのスカートにブレザーぽい服装。

 皇族にしてはカジュアルな格好だなというのが第一印象だった。長旅だし、領民の前に出て挨拶をするという予定もない。

 ある意味、お忍びで俺の屋敷を訪問する形だものな。飾り立てない方が俺の好みだとか漏れているのやもしれん。深くは考えないでおこう。

 語弊を恐れずに表現すると、彼女の衣装は日本の高校の制服みたいだった。眼鏡のロングとかどこの委員長だよって思わなくもない。

 絶対にこのことを口にしちゃダメだ。余計なことを考えるんじゃなかったよ。

 

「フリーデグント・コンラート・ザーリアと申します。ヨシュア様、どうぞお見知りおきを」

「お初にお目にかかります。ヨシュアです」


 帝国式の淑女の礼をする第二皇女ことフリーデグントだったが、彼女の後ろからひょっこりと金髪ツインテールの幼い女の子が顔を出す。


「へえ。ちょっとなよなよしているけど、悪くないわね」

「リリー! 大公様に失礼ですよ!」

「いえ、言葉遣いはお気になさらず。幼い頃から言葉にまで気を遣う必要はないと、個人的には考えてます」

「話が分かる男の人って素敵! ヨシュア様、好きになっちゃうかも」


 きゃっきゃとツインテールを揺らす幼い女の子の名前はリリーというらしい。

 彼女は黒っぽい裾の短いドレスに身を包んでいた。肌を露出させないようにか、白の太もも上まであるハイソックスをつけている。

 第二皇女にこのような物言いをするということは彼女も皇族かな?

 

「この子……リリーはお作法を学んでいる最中で、失礼ばかり。重ね重ね申し訳ありません」

「リリーね、第四皇女なんだよ!」

「よろしくな。リリー」


 えへへーと前に出て来たリリーと握手を……っとまずかったか。伸ばしかけた手を引っ込める。

 連合国では相手が未婚の女性であっても、挨拶といえば貴族だろうが平民だろうが握手だ。

 直属の臣下となれば、敬礼ってこともあるけど。どうなんだろう。

 

 迷う俺に対し、リリーはスカートの端をちょこんとつまんで会釈をする。

 なるほど。なら俺もとばかりに会釈を返すことにした。


 と思ったらフリーデグントは普通に握手を求めてくるし、よくわからない。

 う、うーん。俺もまだまだ勉強が必要だな。

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[一言] また嫁が増えるのか?w
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