231.大公ヨシュア
「諸君、魔石機車が開通したことを嬉しく思う。先ほど述べた通り諸君らの奮闘があったことを改めて申し上げる。しかし、諸君。我々だけでなく、公国、そしてレーベンストックも大きな力を貸してくれたのだ。彼らにも心からの感謝を。そして公国東北部の災害は克服できた。未曾有の大災害を微力な唯人の手によって!」
領民は盛大な拍手をもって公国とレーベンストックに感謝を示す。
ここで一呼吸おき、群衆を見やる。拍手が終わると誰もが固唾を飲み次の言葉を待っていた。彼らも感じ取っているようだ。今日が大きな節目となることを。
神託と予言で伝えられる神の言葉。解釈が難しいという難点があるものの、必ず的中する。しかも災害となれば相当な規模のものまで含まれるのだ。神ならぬ人は、ただ災害が過ぎ行くのを待つのみ。
しかし、俺たちは一丸となり、協力しあうことで人の手によって大障害を乗り越えた。
これが大きな一歩と言わずして他に何がそう言えようか。
……しかし、集まったネラックの領民たちの興味は災害のことから次に移っている様子。
そうだな、彼らにとっては喉元過ぎた災害より、これからのことに関心があって当然だ。
過去は過去で振り返る時もあるだろう。だけど、最も重視すべきは現在、そして近い未来である。
「諸君。私は辺境伯を退こうと思っている。もちろん、ルーデル公爵に戻るわけでもない。先ほど述べた通り、私はこれからも諸君らと共に在ろうと思っている。我と共に歩んでくれるか?」
「勿論です!ヨシュア様!」
「ヨシュア様あっての辺境国です!」
ふむ。誰か一人くらい、「隠居してゆっくりとすごしてくれ」とか言ってくれるかなと少しだけ期待したけど、は、はは。
分かっているさ。後二年でなんとかしてやる。
「私はここに大公となることを宣言する。災害克服後、帝国から相談があったのだ。名乗りなど我々にとってさしたることではない。しかし、帝国からの好意を無碍にするのも忍びない。これからは大公と呼んでくれると嬉しい」
帝国と公国の関係性は隷属ではない。共に聖教徒が多く、根が同じ国だという事から今でも友好関係が続いているに過ぎないのだ。
帝国から内政干渉を受けるわけでもなし。ただ昔からの慣習というのがあって、完全なる独立国なのだけど公国と名乗っている。歴史の勉強は怠ってきたので、そこまで詳しくないのだけど、公国と帝国を含めた広大な領土を持つ旧帝国があって、内紛により群雄割拠時代になった。その中で元旧帝国の公爵だったルーデルが国を興したというわけだ。
旧帝国の半分以上の領土を現帝国が再統治して今に至る。そんなわけで王号ではなく、公爵位を名乗っていた。
といっても、現帝国の公爵じゃあなくてとなるので少し複雑なのだよね。
大公位は帝国から打診されたわけだけど、受けても受けなくても構わない。極論すれば俺が王を称したければ王であっても問題ないのだ。
しかし、歴史と伝統ってのは侮れないし、俺も尊重するところ。
といっても、国家運営において、爵位を変えた方が分かりやすかったという理由が一番だな。
「ルーデル公国、カンパーランド辺境国は連合国として新たな国となる。若輩ながら、私が連合国の大公として責務に当たることになった。どうか引き続きこの私を支えて欲しい。これより私は魔石機車でローゼンハイムに赴く。諸君らが汗水流して建造してくれたこの魔石機車で。連合国になるとはいえ、しつこいようだが私の住処はこの地ネラックのままだ。引き続きよろしく頼む。そして――」
大きく息を吸いこんで演壇を握る手に力を込め、正面を見据える。
「ここに、ルーデル・カンパーランド連合国の成立を宣言する!」
ワアアアアアアア――。
今日一番の歓声が沸き起こる。膝を付き祈りを捧げる人も多数。
公国を現状のまま放置しておくわけにもいかなかった。だけど、辺境国もこれからという段階になっている。
そもそも追放刑ということで辺境に来たわけだろ。じゃあ、追放刑が解除されましたとなったら、公国に戻り元鞘の公爵になるのが本来の既定路線ってわけさ。
そこを口八丁手八丁で公国の大臣らをまるめ……説得してネラックに留まることで円満解決した。
公国も辺境国も生かす道を。同時に俺が隠居する道筋もさりげなく盛り込んだ画期的な案なんだぜ。我ながら冴えてる。は、ははは。
内心ほくそ笑みながらも、言葉を続ける。
「カンパーランド辺境国とルーデル公国は一つになる。だが、一つになることと二つのままのことがあるのだ。外交政策と軍事に関しては一つにまとめる。国内に関することは、完全に独立し二つの政治とした。政治の中心地はローゼンハイムとネラックの二箇所だ。諸君。私からは以上だ!」
公国は俺が抜けても問題ない道筋をつける前に追放刑となってしまい、混乱してしまった。
だけど、一旦俺が抜けたことで大臣、文官、武官ら全てに自主性が生まれている。迷いながらも進もうとしてくれているんだ。
俺が公国時代にやろうとしてもなかなかできなかった一極集中体制が劇薬ながらも変わろうとしていた。
このきっかけを生かさぬ手はない。
公国は合議制が成立するよう持って行く。彼らにより自ら立ってもらうためにと俺はネラックで差配することになったのだ。
といっても、頻繁にローゼンハイムを訪れねばならない。ネラックとローゼンハイムの距離は馬車で数日かかる距離にある。
そこで、飛行船の定期便、大臣専用の飛行船に加え、人・モノの輸送を可能にする魔石機車による路線を開通させた。
こうすることでネラックとローゼンハイムの距離はグッと近くなり、大臣らの心理的な距離感を抑えることに成功する。
もちろん、経済的な効果は計り知れないものになるだろう。
途中駅も設け、数年もすれば駅周辺の人口が爆発的に増えているかも。
魔石機車網は今後も拡大していく。これが連合国の血脈になる予定である。
一方でカンパーランドはまだ政治体制ができていない状況だ。やっと人を雇い入れこれから官僚組織を作っていく段階にある。
なのでしばらくは手が離せない。
将来的には公国の政治を参考にカンパーランドでも合議制を導入する。公国が鏑矢となり、カンパーランドもそれに続く。
ふ、ふふふ。完璧だ。
そして俺は――。
「これから魔石機車に乗り、ローゼンハイムに向かう。かの地でも同じことを宣言するつもりだ。引き続き、よろしく頼む!」
歓声が鳴りやまないまま、演壇から降り魔石機車に乗り込む。
待っていたペンギンがパタパタとフリッパーを振って迎え入れてくれた。
間もなく汽笛が鳴り、魔石機車は動き始める。
「ヨシュアくん。お疲れ様だね」
「まだローゼンハイムが残っているからあと半分かな。少し休むよ」
「そうかね。なら、私は景色を見ていようか。この地の風景はとても興味深い」
「植生が地球とまるで違うよな」
「そうだとも!」
ペンギンに窓際を譲り、腕を組んで目を瞑る俺であった。
揺れる車両が心地よい眠気を誘い、すぐに意識が遠くなる。




