22.閑話 追放後のルーデル公国七日目
ルーデル公国公都ローゼンハイム――。
ヨシュア追放から五日目にして、ルーデル公国は国教制度を復活させる。
国教に選ばれたのはもちろん「聖教会」に他ならない。聖教会は元々ルーデル公国の国教だったのだが、ヨシュアが五年前に国教制度を廃止していたのだった。
これには領民から厚い信頼を受けるカリスマ公爵が決めたこととはいえ、一部から反発があったという。
当時のヨシュアは聖教会関係者及び、一部貴族、商会からの諫言を受けるも断固として拒否。国教制度の廃止を断行した。
曰く、公国内の聖教信者は領民の凡そ八割であり、全てではないこと。
曰く、国教指定を受けないからといって、聖教信者の信仰心に揺らぎが出るのか? もしそうならば、真の意味での信仰といえるのか? 聖教が公国内で愛されていることは火を見るよりも明らかである。
などと公布し、領民の理解を求めた。
自らの信仰心が試される時などとして、聖教内にも同調する者が多数いたためルーデル公国は多少の混乱を見せつつも国教制度の廃止を受け入れる。
これほどスムーズに受け入れられたのは、やはりヨシュア自身のこれまでの実績とカリスマ性によるところが大きい。これまで彼の治世によって多くの者が飢えから救われ、国が瞬く間に裕福になっていた。国教制度の廃止についても何か大きな意味があるのだろうと多くの領民が考えていたからだ。
事実、国教制度の廃止をしたことによって聖教を信仰しないエルフをはじめとした種族が公国に流入し、多様化した公国はますます繁栄することになった。
話が戻るが、ヨシュアを追放した聖女は聖教の最高責任者の一人である。
聖教に帰依し、全ては神の御心のままにを信条とする彼女が聖教を国教に復活させたのは何ら不思議な話ではない。
むしろ、当然のことだと言えよう。
更に聖女は国政の最高意思決定を行う場として相応しいのは、城ではなく聖なる教会の最も神聖な場所であるべきだとし、教会の中に調印の場を設けた。
政治中枢の場である公宮と城は一体化し同じ場所にあると言えるが、教会はそうではない。
教会はローゼンハイム中央に位置する城から程遠い街の最北端の小高い丘の上に立っていた。
調印の場を教会に移してからというもの、聖女は教会の奥深くから動けずにいる。
無表情に椅子に腰かける聖女の元へまた一人、農業を担当する大臣がやってきた。
「聖女様、こちらの書類にご署名を頂けませんでしょうか?」
「畏まりました」
深々と頭を垂れる文官からスクロール状になった書類を受け取った聖女は、しずしずと神像前にある台座のところで両膝を付く。
書類を広げ、四角く指を切った聖女は両手を組み神へ祈りを捧げる。
すると、独りでに文字が浮かび上がり、彼女の名を記した署名が完成したのだった。
「どうぞ」
「ありがとうございます!」
深々と礼を行った大臣がそそくさとこの場を辞そうとした時、聖女がぽつりと彼の名を呼ぶ。
「バルデス卿」
「何でございましょうか。聖女様」
「必要なことなのでしょうか」
「と申しますと?」
「全ては神の御心のままにご判断なされるのです。わたくしたちが決めることなど何も無いのでは?」
「そ、そうは申しましても、すぐに制度を変えるわけには……」
しどろもどろに答えた大臣は、逃げるように去って行った。
教会を出たところで、大臣が大きなため息をつき、天を仰ぐ。
「ルーデル公爵……。これが本当に神託が望んだことなのでしょうか……これでは何も決められません。神は我らに向け何ら言葉を発しません」
重い足取りで馬車に乗り込む大臣の顔には悲壮感が漂っていた。
◇◇◇
戻った大臣は親しい間柄の外交を担当する大臣に呼び止められる。
「どうされました? グラヌール卿」
「商会からまたせっつかれましてな……」
きっと愚痴を聞いて欲しいのだなとすぐに分かった農業を担当する大臣ことバルデスは彼をお茶会に誘う。
「――というわけなのですよ! 獣人の長が率いる部族国家レーベンストックが急に対応が冷たくなったとか言うのですよ。私はこれでも必死でかの国と取引停止になることを何とかしたというのに。これ以上何をしろというのだ! それに――」
グラヌール卿の言葉は留まることを知らない。
余程溜まっていたのだろうとバルデス卿は彼の言葉が止まるのを静かに待つ。
「――というわけなのですよ!」
「そいつは災難でしたなあ。グラヌール卿。私も今日、アレに行ってきたのですがね」
「おおお。ついに聖女様に苦言を?」
「できるわけなかろう。かの方は聖なる神に選ばれ『神託』を持つお方。いかな貴族といえども、口を出せるわけがなかろう」
「といっても、ですよ。そうも言っていられないのでは。まだ、ルーデル公爵が成し得た栄光の残り香がある。だが、それもいつまでももちはしないだろう」
「うーむ。そういえば大臣。悪い事ばかりでもありますまい。北の帝国は聖教国家でしょうに。かの国とより親密になれるのでしたら」
「あまり変わりませんぞ。ルーデル公爵は隣国と良好な関係を築いておられた。それが維持されるに過ぎないということです」
話題を明るい方向に変えようとしたバルデスはあえなく撃沈してしまった。
そんな彼に対し、グラヌールは苦笑を浮かべ紅茶を口に含む。
「そうそう。領主ではありませんが、ついに領主に準じる者が国を出てしまったお話は耳に届いておりますかな?」
「聞いております。伯爵の娘でしたな。あの方は公爵をいたく慕っており、公爵の信も厚かったですからなあ」
「ですな。令嬢が公宮にいた三年間は、とても政務が捗りました。公爵も彼女に触発されるかのようにますます政務に磨きがかかっていたものです。誠に遺憾ながら国元に帰られてしまいましたが、伯爵領が相当に栄えたとか」
「ルーデル様……私もいっそそちらへ向かいたい。ですが、あなた様が愛し育てた公国を捨てることはあなた様の成果に泥を塗りかねないとも思うのです」
「私も同意見ですな……たとえ泥船になったとしても公国はルーデル様の愛と努力の結晶。それを……」
雑談のつもりで話題を振ったグラヌールも撃沈してしまったようだ。
最後は二人揃って暗い顔になり、お茶会が終了することと相成った。
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