228.スライダー
そんなシャルロッテであったが、スライダーから滑り落ちてくる頃にはすっかり元の調子に戻っていた。
滑り台は楽しいものな。うんうん。
ひとしきりみんなが滑り終わるのを岩風呂にゆっくり浸かりながら眺めることにした。いい湯だな。うふふ。
せっかくゆったりしているというのに、セコイア、アルルが順にやってきて一緒にスライダーを滑ることに。
戻ってきたら今度はシャルロッテが。上で俺を待っている様子。
「自分もご一緒したいであります!」
「後ろでいいの?」
「はい! 閣下の後ろがよいであります! 自分は先程一人で滑りましたので」
スライダーの滑り口で座って構える俺の後ろにシャルロッテが座る。
続いて彼女が両手で俺の肩を掴んだ。
おっし、行くぜー。
本日三回目のスライダーだ。
流れているのが水ではなくお湯なのが不思議な感じだけど、慣れれば気にならない。
座ったままゆっくりと体を前へ運ぶ。
すると重力に引っ張られて、するりと滑り始める。
グルングルン回転しつつ一番下まで到達したら、体が浮く。
バシャーン。
シャルロッテと並んで岩風呂へ落ちた。
舞い上がる湯飛沫が心地よい。
「ヨシュア、次はボクじゃ」
「さっき滑ったじゃないか」
「あれは試走じゃ。今度が本番なのじゃよ」
「滑りたいだけだろ……」
「う……前に行かせてやるから、来るのじゃ」
かああと頬を染め、顔を逸らしたセコイアが俺の手を引く。
やれやれだぜ、全く。
どっちが子供なのか分かったもんじゃねえぜ。俺の三倍以上生きてるセコイアさんよお。
「さあ。行くぞ」
「へーい」
まあ俺も嫌いではないんだよ。スライダーを滑るのはさ。連続で滑っているから、そろそろ休憩を入れたかった。
今回で一旦終わりにするか。
――なんて、考えていたのだが……。
「ぎゃああ。速い、何でこんな速いんだ! 落ちる! 落ちる!」
「楽しいのお。ヨシュア。前だと眺めも良いじゃろ」
「筒を越え! うおおお!」
スライダーは筒状になっているが、上まで全て覆っているわけじゃない。
スピードが出すぎると囲いから上に出てしまう。
「落ちるうう!」
「分かりやすい反応じゃのー。愉快愉快」
が、見えない壁に弾かれ、無事に筒の中に戻る。
ドボーン。
無事着水した。
「何てことするんだ。魔法を使ったな」
「うむ。本番じゃと言ったろうに」
「前を譲ったのもワザとだろ」
「さあて、どうかのお」
口笛を吹く仕草と共に狐耳まで俺を挑発するかのようにピコピコ動く。
この後は岩風呂にゆっくりと浸かり、日頃の疲れを落とす俺なのであった。
全く……酷い目にあったよ。
飛行船バンジーに比べれば大したことはない。だけど、わざわざ絶叫マシーンに乗りたいなんて思わないのだ……。
こうして、俺の貴重な休暇が終わりを告げた。次はいつ休暇を取ることができるやら。
◇◇◇
「ふう」
飛行船の窓から外を眺め、アンニュイなため息をつく。
「珍しく立ったままじゃないか」
「俺だってそういう気持ちの時があるのさ」
いつもは俺の膝の上に乗っているセコイアが一人で座るのが寂しいのか、トテトテとこちらまでやってきた。
対する俺は儚げに首を振り、大袈裟に肩をすくめてみせる。
「ヨシュア、キミはいくつになったのじゃったっけ」
「歳のことはいいっこなしだ。だろ?」
「ぬ。どうやらキミはボクの闇を覗きたいらしい」
「自分から振っておいてなんて言い草だ!」
休暇の終わりが名残惜しくてしんみりしてるってのに、すっかり元に戻ってしまったじゃないか。
人の気も知らないでセコイアは、ふふーんと口端をあげ狐耳をピクリとさせた。
「現実逃避は楽しいかの?」
「な、逃避なんてしてねえし!」
「ふむふむ。して、戻ったら何をするのじゃ?」
「半分はそこのシャルに聞いてくれ。もう半分はペンギンさんに……ってセコイアもペンギングループの一味だろ」
「一味って途端に俗っぽくなったの」
「親しみやすいだろ」
にっと笑いかけるとセコイアもふんと鼻を鳴らしつつも目じりが下がっている。
「ふむ。宗次郎が中心とは、自分だと言わぬところがヨシュアらしい」
「実際のところ、ペンギンさんがいないと進まないしな」
「指示を出しているのはキミじゃろうて。しかし、キミは本当に種族だとか気にせんのだな」
「誰にだって等しくずけずけと……とでも思っているんだろ。俺だって人に敬意を払う気持ちを持っているんだぞ」
「じゃが、キミの敬意は、ええとなんじゃっけ。枢機卿だったかの。アレと宗次郎に持つ敬意は同種のものじゃろう?」
「そうだな。どちらも人として尊敬できる。セコイアのこともちょっとはすげえなと思ってんだぞ」
「そ、そうかの。でへへ」
「言うんじゃなかった」
飛びついてこようとしたセコイアの頭を上手くキャッチして払いのけた。
まぐれ当たりだよ。言わせんな恥ずかしい。
ペンギンがペンギンだからと言って下に見る理由なんて欠片たりともないんだ。
彼は望まないけど、彼の働きに俺としては出来る限り答えたいと思っている。辺境の発展はペンギンなくしては成り立たなかった。
今だってそうだ。彼がいてこそ未曾有の被害への対応策を講じることができた。
窓の傍にある手すりから手を離し、先頭の席へ向かう。
膝の上にちょこんと腰かけながら、セコイアがこちらを見上げてくる。
「もういいのかの?」
「外を見ても景色が変わらないしな」
「逃避時間は終わりかの?」
「だから、逃避してねえって!」
「また、旅に行くのじゃぞ。ボクも必ず連れてくるように」
「次の休暇のために頑張るとするか!」
「あはは。その意気じゃ」
できれば、ずっと休暇にして欲しい……とはセコイアの前では言えなかった。
今はまだ仕方ない。当初の目標である三年間は我慢の時である。
綿毛病やら公国東北部での災害やら予定外のアクシデントがあったが、セコイアらを始めとした公国時代の心強い仲間たちを得たことと差し引きすると大幅にプラスのはず。
ペンギンとの出会いもあったし。
となれば……三年を待たずして。
「それは無理だな」
「何がじゃ?」
「あ、口に出てたか」
「無理? 懸垂は無理じゃろうけど、キミの頭脳を使う仕事となれば、凡そ不可能なことなど無いじゃろ」
「懸垂くらい……」
「できるのかの?」
鋭意努力しよう。
懸垂なんてしなくても、生活に支障はねえし。むしろ、無駄時間だろ。
そんな時間を過ごすくらいなら一歩でも隠遁生活に近づけるように進むべきだ。そうだ、そうだ。
ん。アルルがしゃがんで「んー」と顎をあげこちらを窺っているじゃないか。
「ヨシュア様。あと、30分くらいって」
「そうか。もうそんなに時間がたってたんだ」
今日は寝て、明日から頑張るとしますかね。
はああ……。
この後、寝落ちする生活が続くなんてこの時の俺は微塵たりとも考えていなかった。




