220.加工の限界
「よ、よおし……もう少し刻めそうだよな」
「いや、ヨシュアくん。十分の一ミリ単位以下の調整は断念せざるを得ないと思うのだが、どうだろう?」
ブルーメタルに物差しを当て睨めっこしている俺に向け、記録が書かれた紙から目を離さぬままペンギンがもっともな意見を返す。
計測した結果、厚み1.3センチより分厚ければ完全に魔素を遮断することが分かった。
もう少しばかり厚みを削ることができると思ったのだけど、彼に言われて自分の間違いに気が付く。
こんな基本的なことに目がいかなくなっていたなんて、本末転倒だよ。
ブルーメタルの板を作る工程は手作業である。金型をとって溶けた鉄を流し込み、魔素を充満した部屋の中に鉄の板を安置してブルーメタルに変わるのを待つ。
金型をとるとはいえ、工作機械で施工するわけじゃないのでどうしてもムラが出てしまう。
ミリ単位で均等にすることが難しいってのに1.3センチから十分の一ミリ単位で削っていくなんてやれたとしても手間ばかりがかかり、作業効率が極端に悪くなる。
むしろ、余裕を持たせて1.8から2センチ程度で作った方がいいだろう。
必要な材料を減らすことしか頭になかった。
「視野狭窄に陥っていたよ。ありがとう。ペンギンさん」
「いや、私も先ほどまでヨシュアくんと同じくどこまで細かく調整できるかだけを考えていたのだよ。お互い様さ」
おどけたように嘴を鳴らすペンギンにつられてこちらも笑う。
コンコン。
その時、扉をノックする音が響く。
「ヨシュア様、バルトロさんたちが戻りました」
「通してくれ」
エリーが扉を開くと、バルトロ、ガルーガ、アルルが順番に部屋に入ってきた。
みんな怪我もなく元気な様子でホッとする。
先頭のバルトロが二本の指を額に当て「よお」とばかりに指を振る。
ガルーガに隠れるようになっていたアルルがひょこっと顔を出し、バルトロと同じような仕草をした。
彼らに挟まれる形になったガルーガは、緊張した面持ちではち切れんばかりの肩に力が入っている様子だ。
一方で俺とペンギンは顔を見合わせ苦笑いしていた。
彼らはローゼンハイムからネラックまで、恐らく馬で移動してきたんだよな。
そっかあ。もう少なくとも二日は経過しているのかあ。は、ははは。
外が明るいからたぶんまだ日中だと分かるが、日付感覚がなくなっている。こいつはヤバい。
避難民への対応もシャルロッテに全て任せたままだ。
一心不乱にブルーメタルの板に集中し過ぎた。
「エリー、彼らに何か飲み物を。バルトロたちはそこへ座ってくれ」
「畏まりました。すぐにご用意いたします」
お腹の辺りに手を添え、会釈をしたエリーが踵を返す。
バルトロら三人は俺の対面と右手に別れて座ってもらった。
「ヨシュア様、座っておいてなんだが、日を改めた方がいいか?」
「いや。そんなにひどい顔になっていたか?」
「お目目、赤いよ。ヨシュア様」
言い辛そうにしているバルトロにかわり、あっけらかんとアルルが指摘をする。
寝ても覚めてもブルーメタルの板と戯れていたからなあ。致し方ない。
「粗方調査は済んだから。あとはガラムたちに任せようと思ってる」
「その鉄の板……いや、ブルーメタルか。また何か面白れえことをしてたんだな」
「ほら、溜まった魔素を発散させただろ。放置していると川の水が流れ込み湖になるがごとく元に戻ってしまう」
「ヨシュア様のことだ。次の手を打つとは思っていたが、やっぱすげえな」
「適材適所ってやつだろ? 俺にはハングライダーで様子を探りに行くなんてこと無理だ。みんなできることをそれぞれやっている。俺とペンギンはこれ。エリーは俺たち二人を支え。その間、シャルが、ルンベルクがとみんながみんな動いてくれているからこそ。滞りなく進んでいるんだよ」
今名前をあげた人たちだけじゃない。ネラック、ローゼンハイムに住む街の人々だって皆が皆、それぞれ動いてくれている。
だがしかし、こうして正気に戻るといつも思う。
俺の親友の枕さんに会いに行かねばと、ね。あああああ。ハンモックでもいい。ダラダラ過ごしたい。
贅沢は言わん、一週間だけでもいいから。
「ヨシュアくん、ヨシュアくん」
「……あ。すまんすまん。ちょっとばかしトリップしてしまっていたよ」
フリッパーに肩を叩かれ、欲望を心のうちに封じ込めることができた。
そんな俺とペンギンの様子を見守っていたバルトロがポリポリと頬をかき一言。
「やっぱ、出直した方がいいか?」
「俺とペンギンの動きのことは後でエリーから聞いてくれ。ハングライダーで飛び降りた後のことを報告してもらえるか?」
「あんま説明が上手い方じゃねえから、伝わらなかったら都度言ってくれ。ガルーガかアルルが補足してくれる」
「なっ」とバルトロがガルーガの背中を叩く。
対するガルーガは鼻を鳴らし腕を組む。
微妙にバルトロから目を逸らしているのが、何とも言えん。この二人、仲がいいんだなと微笑ましい気持ちになった。
二人とも冒険者をやっていたから、馬が合うのかな。
冒険者稼業って男の子なら誰しもが憧れる職業だけど、実際やるとなると命がけだ。冒険に興味はあるが、自分が……となると難しい。
何しろ、体力の無さが折り紙付きだからな。ははははは。
「飛行船から飛び降りた俺たちはアルルの鼻を頼りにモンスターの気配を探ったんだ」
「飛び降りる……う、いやなんでもない。続けてくれ」
「おう。飛行船から探ったのと変わらず、モンスターの気配はなかった。で、そのままローゼンハイム方面に向かったんだ」
トラウマを思い出し口元がひくつくも、バルトロの話に耳を傾ける。
バルトロたちが到着した頃、ローゼンハイムの外壁に例のモンスターの一団が迫っているところだった。
遠巻きにモンスターの一団を観察する彼らだったが、外壁前に集合した騎士団が配置につくところに出くわす。
彼らは騎士団には合流せず、状況をずっと見守っていたそうだ。
賢明な判断だと思う。集団戦闘はその道のスペシャリストに任すのが良い。素人が手を出しても邪魔になるだけだ。
それで彼らが大怪我したら事だし、他の人が彼らが邪魔になって怪我したりするかもしれないしさ。
弓を射るも強靭な鱗や毛皮を持つモンスターには何ら打撃を与えることができなかった。そこで彼らは槍を飛ばしモンスターを仕留めて行ったそうだ。
準備万端じゃないか、騎士団長。
「でもな、奥にいるモンスターたちには通用しなかったんだ。んで、集団を率いていた黒衣の人型モンスターが出てきてよ」
「聞いているだけでハラハラしてきた……」
「黒衣は生ける屍――アンデッドだった。聖女の聖なる光によって黒衣は天に召されたんだよ。黒衣がいなくなるとモンスターたちは統制を失って最後は魔素切れで倒れた」
「殉職した人はどれくらいになったか聞いているか?」
「一人も死者は出てねえと騎士団が街で言っていたぜ」
「おお!」
アリシアが戦場に出ていたことに驚いたが、彼女が活躍したのか。
聖教徒の中には聖なる魔法を使いこなす人がチラホラいる。聖なる魔法は癒しの力が主で、敵を物理的に傷つける魔法はないとか聞いたような。
唯一、攻撃魔法と言えなくもないものが、死者を弔う魔法だったはず。
彼女は死して尚動くアンデッドを浄化し、呪いを断ち切ったというわけか。
前回の更新は219と218の差し替えしました。まだの方は218.閑話もお読みいただけましたら。




