215.応急処置
余りにも静かに事が運ぶものだから、実感が湧いてこないというのが正直な気持ちだ。爆発音が僅かに聞こえてくることだけが、俺に直接感じ取ることの全てである。
双眼鏡に映る景色はテレビ越しの映像のよう。
ダイナマイト型魔道具による絨毯爆撃を受けた街は、家屋のほぼ全てが瓦礫と化していた。魔素密度が最も高いザイフリーデン領の領都ダグラスは徹底的に破壊されていく。
ここまでしなきゃならなかったのかという思いが今更もたげ、ぐっと双眼鏡を持つ手に力が入る。
やらなければならなかった。
少なくとも自分が思いついたやり方では。
魔素を吸収するか、流れを変えて密度を薄くするなど他の方法はあったはず。それでも俺は大破壊というやり方を選んだ。
街の破壊を準備し、指示したのは全て俺の判断である。みんなは俺の想いに協力してくれただけ。
領都だけではない。ここに至るまで小さな村から街といえる規模の集落まで破壊してきた。魔素の密度によって破壊の規模が異なるが、無傷の集落はない。
この傷跡が必要だったのか、自問自答してしまう。後悔するならやるな、という話はもっともだ。
しかし、もたもたこのまま放置していては、ますます密度が増し、北東部だけじゃなく他の地域にまでこの環境が急速に拡大する可能性もあった。早く手を打たねばならなかったのだ。
いや、理由はどうだっていい。俺が選んだ。この事実だけ胸に秘めておけばいい。
「ヨシュア。終わったぞ」
首を大きく左右に振ったところでセコイアが俺の膝の上に乗っかってくる。いつもの調子で両足をぶらぶらさせ始める彼女に動揺は見受けられない。
「ありがとう。一旦はこれで何とかなったということかな」
「うむ」
「褒めてー」と狐耳で誘ってくるセコイアの頭をわしゃわしゃと撫で、彼女の両肩に手を添える。
察してくれた彼女が立ち上がり、続いて俺も椅子から腰をあげた。
俺の様子を見た船に乗った仲間たち全員が集まって来る。
一人一人の顔に目をやった後、大きく頷き精一杯の笑顔を浮かべた。
「みんな! みんなの頑張りがあって、公国北東部の魔素を発散することができた! ありがとう!」
シーンと静まり返ったまま全員が俺の言葉に対し頷いている。
そんな中、最初に動いたのは尻尾をくるりと巻いたアルルだった。
彼女がパチパチと手を合わせると、他のみんなも拍手を始める。
「ヨシュア様あってこそでございます」
手を叩きながらルンベルクが代表して、俺を称えてくれた。
この場で乾杯でもしたいところだけど、作戦は無事ネラックまで戻って完了となる。
最後まで気を抜かずにやりきろう。
「よし、では元の持ち場に戻ってくれ」
動き出すみんなの姿を眺めながら、腰を下ろす。
当たり前のようにすぐさまセコイアが膝の上に乗ってきた。
「これで終わったわけじゃないんだよな」
「うむ。『現時点』で北東部全て、問題ない。じゃが、魔素の流れを変えたわけではないからのお」
「だな。戻ってからすぐさま動かないと」
「そうじゃな。一週間に一度、魔道具で発散させるか、鉱物をばら撒くかするかの」
「魔素が濃くなり過ぎる前だったら、魔石にすればよいか、いや、魔石にするには魔素密度がうるさいからなあ」
「ともあれ、しばらくは高度10から20メートル辺りで爆発させる、でよいんじゃないかの。200もあれば足りるじゃろ」
「分かった。魔素を通さない物質があればいいんだが」
「魔素を通さぬ……か」
セコイアがうむむと顎に手を当てる。
そこでペンギンがパタパタとフリッパーを上下に揺らした。
「ヨシュアくん。我々は既に持っているじゃないか。魔素を通さぬ物質を」
「ん?」
「私たちは様々な物質に魔素を吸わせ、魔石をはじめブルーメタル、ミスリルといった魔法金属などを人工的に生成してきた」
「あ、そうか」
ミスリルとかブルーメタルといった魔法金属は一度変質すると、その状態で固定され魔素を吐き出すことがない。
この辺の性質は元の素材によって様々なのだけど、魔素的絶縁体と呼べるような物質もある。
最もお手軽なものは鉄から生成されるブルーメタルか。
「魔素を遮断する魔法金属で壁を作ればどうかね?」
「どれだけの範囲に壁を作ればいいのか、金属……使うとしたらブルーメタルかな? ブルーメタルの厚みはどれくらいにすればいいのか。壁の高さは……といろいろ課題はあるけど、試してみる価値はありそうだ」
「薄く伸ばしたブルーメタルの裏に木材なりコンクリートなりで補強すれば、高さがあっても支え切れる。セコイアくんと相談しつつ、実験と並行して地図作りから始めるとしようか」
「うん。戻ってから早速検討を開始しよう」
ペンギンと会話している間にも飛行船は領都ザイフリーデンから離れていく。
速度が上がり始めた飛行船だったが、ザイフリーデン領を出た辺りで再び速度が落ち始める。
何かトラブルが? と思ったが、どうやら違うらしい。
バルトロを先頭にガルーガ、彼らの後ろに隠れるようにしてアルルも俺の前までやってきた。
飛行船の操縦はリッチモンドが担ってくれている。念のためにルンベルクがいれば全くもって問題ない。
彼ら三人については到着まで俺と同じように休息を取っていてくれればよいのだけど……。
「ヨシュア様。一つお願いがあってさ」
「ん? ベッドはないけど、寝ててくれてもいいぞ」
ダイナマイト型魔道具を投下する作業自体に体力を使うけど、いつ何が起こるかわからない緊張感から作業量以上に疲労したはずだ。
うんうん。分かる分かる。
あれ? どうも違うらしい。バルトロが困ったように無精ひげへ手をやっているじゃないか。
「俺たちはそう疲れちゃいねえ。ありがとうな。気遣ってくれて」
「休むことじゃなかったのか。何かしたいことがあるのかな?」
「おう。念のためにってことで緊急脱出用に持ってきたハンググライダーがあっただろ」
「うんうん。使うことが無くてよかったよ」
万が一、飛行船が大破したり、他に不測の事態が起こった際にと思って持ってきていたのだ。
幸い、飛行船に何事もなく公国北東部の魔素を発散させることができた。
ところが、バルトロは意外なことを口にする。
「そいつで、今から空へ出たいんだ」
「危険じゃないか?」
「いや、こいつがあるだろ?」
じゃーんとバルトロがダイナマイト型魔道具を懐から取り出す。
確かに使い切らなかったからまだまだ魔道具は残っているけど。
「アルルが。モンスターを発見して」
「もしモンスターがいれば、こいつでドーンとやろうと思ってな」
アルルの言葉に被せるようにしてバルトロがニヒルな笑みを浮かべる。
なるほど。アルルの感知能力でもしモンスターが残っていた場合は、発見することができるよな。
「あ、俺にもようやく分かった。万が一モンスターが残っていた場合はどこに向かうのか、分からないってことか」
「おう。魔素が無くなり苦し紛れに外に飛び出す奴らもいるかもしれねえ」
「危険が無いようにしてくれよ。パラシュートも持っていってくれ」
「ありがとうよ。ついでにローゼンハイムの様子も見てきてもいいか?」
「構わない。だけど、くれぐれも」
「分かってるって!」
踵を返したバルトロが軽い調子で片手を上にあげた。
無理して残ったモンスターと対決するなんてことが無ければいいんだけど……。
許可を出したものの、不安になってきた俺は「やっぱり」と声をかけようとしたが、既に三人はこの場にいなかった。
いよいよ明日、追放された転生公爵が発売となります。
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