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210.閑話.ヨシュア追放後のルーデル公国 ヨシュアの手紙

 かくしてローゼンハイム領民の大移動が開始された。

 その数はローゼンハイム領民のおよそ半分に及ぶ。これには騎士団、警備兵が領民の移動準備を助け、治安維持にもあたることとした。

 幸いだったのが、暴動を起こす領民がいなかったことだ。モンスターの襲撃が迫っている中、毅然とした対応をとってくれている領民たちにホッと胸を撫で下ろす騎士団長の姿があったという。

 これもヨシュア様がこれまで築いてこられた信頼の賜物だ。

 騎士団長は心の中で敬愛する主君に感謝する。故に、迫りくる災厄があろうとも、副長と並んで馬を走らせる彼の顔に悲壮感はない。

 

 一方で彼ら実働部隊より過酷だったのは、経済担当大臣グラヌールと彼の部下たちだった。

 領民が移動するための資金を準備し、糧食や医薬品を配る。

 言葉にするとこれだけのことなのだが、資金にしろ必需品の配布にしろ彼らのキャパを軽く超えていた。

 彼らの様子を見て取ったバルデスを始めとした他の大臣は全文官に動員をかける。

 政務の傍ら、彼らはグラヌールらの「必需品の配布」を肩代わりすることを申し出た。

 この結果、グラヌールらは資金調達に注力することができ、なんとかこの困難を乗り切る。

 あくまでこれは準備段階。始まりに過ぎないことは誰しもが理解していたが、今は領民を無事送り出せたことを喜び合う。


 しかし、じっとしていられる時間が彼らには無い。

 領民の送り出しが完了したその日のうちに騎士団長、枢機卿を含む大臣、有力者が一同に会し、議論が行われることとなった。

 会議をリードするのはグラヌール。彼は敬愛する元主君から預かった手紙をそっと机の上に置く。

 指先で手紙を撫でた彼は、集まった人たちを見渡した後、それを開く。


 この方は、公国を離れても尚、ここまで公国のことを見通されておられる。

 グラヌールは指先をヨシュアのサインにあてながら、主君に想いを馳せた。

 彼の文言は提言であり、こうしろああしろと指示を出したものでは無い。

 この辺りはヨシュアの人柄が出ているといえよう。元々自分が治めていた国であっても、今は違う。自分は命じる立場にはなく、友好国として自分の案を伝えるといった体裁だった。

 そのことが嬉しくもあり、悲しくもあるグラヌール。

 命じて下されば、と思わぬと言えば嘘になる。

 いや、ヨシュア様は公爵であったとしても一から十まで指示を出すことはない。

 あのお方はまず自分で考えろとおっしゃったものだ。その後、彼は決まって言うのだ。

 「それでも、聞きたいことや迷うことがあるなら自分のところに来い」と。

 この言葉に甘えた大臣や文官は自分だけではない。

 バルデスだとて、騎士団長までもがヨシュアに意見を求めた。

 唯一の例外は、一人後方で立つ聖女くらいのものだ。

 

 聖女にまで考えが至ったところでグラヌールは横目で彼女の様子を窺う。

 彼女は相も変わらず口元に僅かばかりの微笑みを浮かべていた。

 聖女の微笑みは一見すると慈愛に満ちたものに見える。しかし、そこから表情が変わらぬとなれば、無表情と変わらないのだ。

 ヨシュア様との邂逅があり、民の前で祈りを捧げた彼女は変わったのかと思ったが、相も変わらずである。

 自らの考えを顔には出さぬよう細心の注意を払いながら前を向くグラヌール。

 この調子でヨシュア様の手紙に記載されているようなことが起こるのだろうか。

 いかな賢公でも読み間違うことだってある。彼は神ではなく人間なのだから。

 それでいいとグラヌールは思う。

 人は間違うし、悩む。だからこそ、人の世を統治できるのだ。

 主君も常々言っていた。「迷いや悩みがあって当然だ。だから、みんなで相談して決めていくんだろ」と。

 

「先によろしいでしょうか?」

「もちろんです」


 さすがのグラヌールもこれにはギョッとする。

 何故なら、一番最初に手を挙げたのが枢機卿だったからだ。

 

「グラヌール卿。予言と神託の解釈についてお聞きいたしました」

「何かございましたか?」


 枢機卿の含んだ物言いに、グラヌールは内心気が気でなかった。

 教会が否と言えば、解釈に修正を迫られるからだ。

 ところが、彼の懸念をよそに枢機卿が右の指先を四角に動かし礼をする。

 

「異存はございません。聖教は公国の発表を支持いたします」

「感謝いたします。聖教と公国の意見が一致しているとなると他国も同調することでしょう」

「はい。聖教も一丸となり、この国難に当たりたいと」

「公国も全力で事に当たらせていただきます!」


 枢機卿の力強い言葉にグラヌールの胸が熱くなった。

 聖教の申し出る「協力」はこれで終わらない。

 

「スクエアナイトも参加させて頂けますかな?」

「聖なる騎士を……ですか。彼らが戦いに?」


 聖教は独自の武力を持っている。といっても、広大な旧帝国が崩壊し、今に至るまでただの一度たりとも戦争に参加したことはない。

 聖教は平和と安寧を説き、決して人と人との争いに加わらなかった。

 戦いを非難し、戦いを止めるよう諭す。

 スクエアナイト――通称「聖なる騎士」は数も少なく、剣の腕を一心に鍛えてはいるが実戦に参加したことなどない。


「スクエアナイトの参戦はお邪魔ですかな?」

「いえ、天覧試合での彼らの強さは聞き及んでおります。ですが、スクエアナイトが参戦するなど教義に」

「反しません。聖教は人と人の戦いを憂い、人々に争いを止め、会話によって解決することを願っております。それは今でも変わりません」

「それが何故」

「安寧を願うからです。平和を願うからです。災禍を治めること。我ら聖教はこれまで、津波、火山の噴火……様々な災害に際し、一人でも多くの人々を救うべく活動してきました」

「騎士団長殿、ご判断を頂けますか?」


 これは自分では判断がつかぬ。

 グラヌールは防衛の最高責任者たる騎士団長に目を向ける。

 対する彼は直立不動のまま両目からとめどなく涙を流し、ビシッと敬礼をした。

 

「是非に。是非にご参戦ください! 人々の安寧を願う、その気持ち。しかと、しかと心に刻みました!」

「感謝いたします。スクエアナイトの指揮をお任せしてもよろしいでしょうか?」

「よろしいので……すか?」

「はい。我らだけで動くより、騎士団長殿の指揮下であった方が、より成果があがることでしょう」


 にこやかに微笑む枢機卿に向け騎士団長が再度敬礼をする。

 そうとなれば、すぐにでも裁可をとグラヌールは聖女の方へ向き直った。

 

「聖女様。本件についてすぐに書類を作成いたします。サインを頂いてもよろしいでしょうか?」

「全ては神の御心のままに。ペンを頂けますか?」

「大聖堂でなくともよいのでしょうか?」

「はい。それと、わたくしも赴きます」


 ガタリ!

 聖女の発言に集まった全ての人が席を立つ。

 皆、余りに意外なことを聞いたからか、思わず立ち上がったはいいものの誰も発言できずにいる。

 

「枢機卿の言った通りです。わたくしは人々の安寧を願っています」


 この場に聖女へ反対できる者などいるはずもなく、彼女もモンスターの対応に当たることになったのだった。



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