209.華麗に戻るのだ
領民の気持ちが冷めやらないうちにそそくさと教会の中に入り、大聖堂まで移動する。
この場所でなくてもよかったのかもしれないが、外はほら領民が所狭しと詰めかけているからね。
「ヨシュア様。近くあなた様の追放刑が無効となるお触れを出させていただく所存です」
「まだ早い」
グラヌールの申し出に対し首を横に振る。
刑を無かったことにするには二つの方法があるのだ。
一つは恩赦。これは為政者の独断で刑を免除する仕組み。俺がいない今、機能していない。
もう一つは刑の解除だ。
刑の解除には全大臣の八割が賛成し、今だと聖女が承認するという手続きが必要になる。
今回の署名を鑑みるに、大臣のうち八割の賛成は問題ないだろう。なので、刑の解除は行うことができる。
だけど、今すぐじゃ俺を追放した意味が無くなってしまわないか?
無くなるは言い過ぎか。最低限の条件が揃ったところで解除と言えばよいのかな。
「予言と神託の言わんとしていることが分かった今、ヨシュア様が公国に戻れぬ理由は無いと愚行いたしますが」
困惑したグラヌールが顎に手を当てる俺に進言してくる。
彼だけではなく騎士団長もまた眉間に皺が寄っていた。
アリシアとセコイアはいつも通りだったけどね。
「予言と神託の意味する所は、北東部の異常な魔素の高まりだった。副次的にモンスターの一団がローゼンハイムに向かっている。理由は不明。では何故、俺が辺境にと神託は言ったのだろうか」
「ヨシュア様の、ひいては公国領民に向け、この地に危機が訪れるため辺境に退避せよ、でしょうか」
「俺もグラヌールと見解が一致している」
「はい。ですので、何もヨシュア様のみに向けられた言葉ではありますまい。ローゼンハイムを憂いたヨシュア様は、この地に舞い戻って下さった。再度になり恐縮ではありますが、ヨシュア様が追放刑のままである理由は何一つないと愚考いたします」
「神託は『辺境に退避せよ』と告げていたとして。わざわざ俺を指名したのは、災害が起きるまでに俺に『退避できる場所を作れ』とも示していた。少なくとも領民が退避し、ローゼンハイムを憂う必要が無くなるまでは、追放刑を受けたままの方が望ましい。この意味は分かるな?」
「理解……いたしました。ヨシュア様は何と強靭なご意志を持つことか。このグラヌール。感激で震えが止まりません」
何も辺境でぬくぬくしたいから、追放刑を解除しないでね、と言っているわけじゃないのだ。
神託の意味を何とするかは、神ではなく俺たち人間である。
神託の言葉は変える事ができない。だけど、解釈は人それぞれ千差万別なのだ。
恣意的だと批判されても甘んじて受けよう。だが、この混乱の意味を公国として辺境国として発信した方が望ましい。
たとえそれが個人的な見解だとしても。
グラヌールと俺は神託の意味を問い、こうすべきだと先程問答を交わした。
此度の神託と予言は、「モンスターの大発生という災害」を予見するだけでなく、「災害を回避するため、俺ことヨシュア・ルーデルが公爵としての地位を外れ、辺境に退避できる土地を作り上げること」も示していた。
神は追放という形で公爵に辺境開発を託す。
いざ災害が起こり、領民が退避する段階になった。
「辺境に退避させろ」までが神託の言葉だから、少なくとも領民が大挙して動き始めるか、辺境に到着するかまでは、公爵に託された神託を果たしていない。
というわけだ。
だがな、神とやら。
神託に関しては不本意ながらも、個人的解釈が入ってはいるが従った。
しかし、退避して終わりなんてことを俺はさせない。
北東部にも、ここローゼンハイムにも人々の生活と思い出がある。
退去して故郷を偲びながらずっと暮らしていけ?
そうはさせないぜ。
ローゼンハイムの安全を確保する、北東部も取り戻す。
両方やらなくちゃならないってことが、為政者の辛いところだよな。
なあに、何も一人でやるってわけじゃないんだ。心強い仲間たちが多数いる。俺のやる事なんてほんのきっかけだけに過ぎないんだよ。ははは。
「グラヌール。連絡を密に取り合おう。場合によっては直接来る。使いはルンベルクかリッチモンドさんを充てるよ」
「承知いたしました。ヨシュア様。ご壮健であられますことを」
「グラヌール、騎士団長、アリ……聖女、みんな大変だが、頼むぞ」
三人が揃って頷きを返す。
よっし、一旦戻るか。辺境の受け入れ準備が完了しているとはいえ、実際に人が来るとなるとシャルロッテ一人に頼りきっているわけにもいかないだろ。
時間はそれほど残されていない。北東部はともかく、ピクニック中の別部隊をなんとかしなきゃならんからね。
当たり前だが、俺が剣を取って戦うことは想定していない。邪魔になるだけだもん。
悔しい。俺にもう少し筋力があれば、馬に乗り颯爽と戦場を……妄想はこれくらいにしておこう。虚しくなってきた。
「ヨシュア、ここで待っておれ」
「それなんだけど、セコイア。俺も連れていけない?」
話が終わったと見たセコイアが背伸びして俺の背中をポンと叩く。
とってもいい笑顔で耳をピンと立てているじゃないか。こ、こいつ。人の気もしらないで。
いっそセコイアの背中に結び付けてもらおうと思ったが、彼女は耳をぺたんとさせ残念そうに首を振る。
ワザとらしすぎて、乾いた笑いが出たよ。
◇◇◇
「……ん」
「起きたかの」
セコイアの顔がドアップに。幸い涎は垂れていなかった。
どうやら俺は彼女に膝枕されていたようで、いつの間に寝てしまったんだろうか。
「ここは?」
「飛行船の中じゃ。今、辺境に向かっておる」
ささっと濡れた手ぬぐいを渡してくれたルンベルクに礼を言いつつ、顔をふきふきする。
「確か、教会にいたんだけど。いつの間に飛行船の中に?」
「覚えておらんのか」
「何かあったような。思い出さない方がいいような気がするぞ」
「そうじゃの。何やら叫んでおったみたいじゃが、まあ、無事じゃったのだから、良いじゃろ」
「……俺、どうやってここに?」
「聞きたいのか?」
「いや、いいや」
記憶が吹き飛んだ方がいい事だってある。
セコイアが空に消えていく姿を見送ったところまで覚えているが、その先何があったのか霞がかっていてよく分からない。
世の中、知らない方がいい事の方が多いのだ。
「は、ははは」
飛行船は着陸させよう、と強く誓った俺なのであった。




