20.カンパーランド辺境国成立の件
――翌朝。
ハウスキーパーのみんなと報告会をしてからと思ったんだけど、徹夜で一日待たせてしまったから先に演説を行うことと相成った。
前回と同じくルンベルクとバルトロが集まった人たちの最前線に立ち、これ以上前に進まないようにしてくれている。
俺はといえばメイドに前後を固められたある種情けなく見える姿でてくてくと何もない庭を進む。
「公爵様がお見えになられたぞ!」
「ヨシュア様! ヨシュア様!」
「我らが至宝!」
うはあ。屋敷から出て来ただけでこれかよ……。
でも心なしか、前回より民衆のみなさんの絶叫の声が大きくなっている様子。
バルトロが程よいタイミングで移動させてくれた演壇に登る。
ウワアアアアアア――。
耳をつんざくような大歓声が響き渡った。
うわあ。
増えてる。明らかに増えていらっしゃる。
「ヨシュア様」
演壇の下から片膝をついたルンベルクが俺を呼ぶ。
対する俺は目だけ彼の方に向ける。
「集まった領民の数はおよそ600に及びます」
「あ、ありがとう……」
「ヨシュア様を慕う領民がこれほどまでに。このルンベルク、感無量でございます」
絹のハンカチを目に当てるルンベルク。
俺は胸いっぱいだよ……。
予想はしていた。だから、村規模ではなく街規模のインフラを整えようと動いていたんだ。
徒歩で来る人を含めれば、更に人が増えるだろう。
徐々に増えていっていることを幸いと捉え、急ピッチで設備を整える。
これしかねえ。
すうっと両手を広げると、思い思いの丈を叫んでいた領民たちが一瞬にして水を打ったかのように静まり返る。
「諸君。私を慕い、国を投げ捨ててまで集まってくれた諸君。新たにここを訪れた者も全て等しく私を慕い集まった人たちである。違うか?」
この言葉に誰もが頷き、もろ手をあげ一斉に怒号のような拍手が巻き起こった。
よし、反応は思った以上に上々。
覚悟を決めろ、俺。なあに、元より三年でなんとかして引退するって宣言しているじゃないか。
これからの演説は、単なる儀礼に過ぎない。
「諸君。私はこの地に街を作ろうと思う。そして、諸君にはこの地の領民になってほしいのだ。私を主として、共にこの地を盛り立ててくれないだろうか?」
「ルーデル公爵! もちろんです!」
「我らは公爵様と共に!」
「ヨシュア様万歳!」
感涙する人が半数。地に両膝をつけ四角く指先を切る人が次に多い。
両手を握りしめ天高くつき上げる人や、思いの丈を叫び続ける人……。反応は様々だが、誰もがやる気になっていると判断できた。
「私はもはやルーデル公国の公爵ではない。だがこの地を治めるにあたって名は必要だ。ここに宣言しよう」
ここで一旦言葉を切り、集まった人たちを見つめる。
群衆は再びシーンと静まり帰り、固唾を飲んで俺の次の言葉を待つ。
「ここをカンパーランド辺境国とし、街の名はネラック。私は今後、辺境伯と名乗ろう。ルーデルの名は捨てる。ただのヨシュアと呼んで欲しい」
次の瞬間、本日一番の歓声が湧きおこる。
ウオオオオオオ――。
「ヨシュア辺境伯様万歳!」
「カンパーランドに栄光あれ!」
国の名を宣言したところで、領民の生活が変わるわけではない。
しかし、名をつけ自分が公爵ではなく辺境伯である、と宣言することは決意の表れとなるんだ。
宣言することで集まった人たちは領民となり、俺は不本意ながらこの地の主となる。
国の体裁なんてまだ何もない。住宅さえこれから建築しようかってところだものな。
だけど、国として意識を一つにすることで、みんなが同じ目標に向かって歩いていくことができる。
やるぞって気持ちになれるんだ。
◇◇◇
大盛況の演説が終わった後は、一旦屋敷に戻った。
場所は食堂。エリーがお茶を出してくれて、ルンベルクとバルトロの二人が黒板を運びこむ。
余ったアルルがソワソワしていたけど、「残ったアルルは護衛なんだろ」と言うと落ち着きを取り戻した。
満面の笑顔つきで。
「それじゃあ、みんな着席してくれ」
「承知いたしました」
代表してルンベルクが応じ、全員が一礼してから椅子に腰かける。
「昨日聞けなかった報告から聞こう。じゃあ、ルンベルクから」
「ハッ! 水車を設置している地点を中心に探索に当たりましたが、脅威となるモンスターや猛獣は発見しておりません」
「カタツムリとかペンギンはいたか?」
「大型のカタツムリは多数見かけました。ですが、ペンギンとはどのような生物なのでしょうか?」
「こんな感じのずんぐりした」
黒板にへたくそな絵を描いてルンベルクに説明する。
対する彼は首を横に振り、出会ったことがない様子だ。
「重要な生物なのでしょうか。希少な素材に?」
「いや、個人的な興味だ。特に思うところはない。川を越えてまで探索してくれてありがとう」
「ハッ!」
「本日は別の任務を任せたい。年長者……でなくてもいいか。指導力のありそうな人、職人になりたい人、などなど領民に聞き込みを行ってくれないか?」
「全力で当たらせて頂きます」
彼ら四人だけでは指示を出す人手が足らなすぎる。
同じくガラムとトーレ、その徒弟だけじゃあ職人が足りない。
俺の予測だと、今後一ヶ月以内に領民の数は1000を超えてくるだろうから。
これだけ人が集まっているのなら、元々職人の人もいそうだけどねー。
「次、バルトロ」
「おう。新しく見つけた果実なんかは屋敷に持ち込んでいるぜ」
「ありがとう」
「他に……キラープラントとそいつを捕食するモンスターを見かけた」
「やはり、パイナップルに?」
「おう。パイナップルの群生地にそいつらはいた」
「脅威度は計れるか? 危険と感じたら撤退でいい」
「そうだな。キラープラントを捕食する稲妻をまとった獣型モンスターはちと危険かもしれねえ」
「稲妻だと……!」
興味を引かれ前のめりになる俺に対し、バルトロはしたり顔で鼻を指先でさする。
「ヨシュア様が興味を持たれると思ったぜ。狩猟するか観察するかどうする?」
「そうだな。捕獲が一番だけど、危険過ぎるよなあ……」
稲妻といえば電気だ。
いや、そのモンスター自体を発電に使おうなんて思っていない。
稲妻をいつでも出せるとなれば、いろんなことに使えるぞ。いや、威力の調整ができないか……。それでも、尚、試してみる価値はある。
「捕獲か。稲妻さえ何とかなる素材ならいけるんじゃねえか」
「ううむ。あ、そうか。雷獣の観察をして欲しい。そいつはいつもビリビリとしているのか?」
「雷獣?」
「ああ。勝手に名前をつけてしまった。そのモンスターって呼ぶのもあれだからさ」
「いいな! 雷獣って。雷獣を観察してみねえと常にビカビカしているかは分からねえ」
「もし常に帯電しているのなら、必ず近くに無事な生物がいるはず。そいつが雷に耐性を持っているはずだ」
「なるほど! さすがヨシュア様だぜ。じゃあ俺は、引き続き探索ってことでいいんだな」
よおっしと言わんばかりに拳を手のひらに打ち付けるバルトロ。
「頼む。じゃあ、ルンベルクには追加の任務となってすまないが、アルルとも協力して街の守護も頼む」
ルンベルクとアルルが会釈を返す。
今日はエリーが護衛だったはずだからアルルにお願いしたんだ。
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