191.図はちょっとな……
「魔素を見る魔道具だけど、この仕様なら都合がいい」
「都合が、とは?」
エリーがこてんと首を傾け問いかけてくる。
残ったメンバーだけど、ガラムとトーレは素材のチェックをしてくれていて、ペンギンとティモタは俺のことをじっと見つめている状況。
ペンギンは顔を上に向け嘴をぬーと伸ばしている。あれはたぶんもう次のことを考えているんだろうな。
一方のティモタはエリーと同じ疑問を持った様子だった。
「メガネならまだしも、両手が塞がったりすると顕微鏡を使うには二人がかりになってしまう。その点、ブレスレットならポケットに入れておいてもいいわけだ。それに視界を狭めることはない」
「顕微鏡なる魔道具は聞いたことがありません」
今度はティモタだ。彼の知見にないものだとすると、既製品を持ってくるわけにはいかないな。
なあに、そのための俺たちだろ。
「開発フェーズが始まるよ」ってことだ。
「顕微鏡はとても小さな物体を見るための道具なんだ。別名拡大鏡って感じだよ」
「魔素の動きを拡大するのですか?」
「魔素そのものが拡大するとどう見えるのか、わからないからな。人間の目にはぼんやりとしか見えないけど、拡大すると微細な動きが見えたりしないかなってね」
「私には想像もつかないことです。これがヨシュア様のおっしゃられるカガクというものなのですね」
ティモタの声に小さく首を振り、笑顔で応じる。
「魔法と科学の融合だよ。魔法と科学は決して別物じゃない。どこか重なっている」
正確には魔法的法則は絶対不可変な物理法則を書き換えてしまう。何ともまあ、物理学者泣かせなのだけど、この世界では当たり前のことなんだ。
だからこそ、純粋な物理法則の発展を阻害した。物理は観測に基づいて弾き出された数式だからな。
この世界では常に魔力が引っ付いてくるので魔法で変質する前がどうだったかを観測できない。
これは俺とペンギンから見たら、の話だけどね。
いずれ天才数学者みたいな人が現れて、魔力込みの物理法則を解明していくんじゃないかな。それがいつになるのかは分からないけどさ。
少なくとも今ではないから、俺たちがやらなきゃなんない。
地球の物理法則という羅針盤を持つ俺たちが。
「さて、ヨシュアくん。トーレさんの力を借りよう」
「うん。鏡だっけ?」
「いや、重要なのはレンズだ。私が簡単な図面を描ければよいのだが。生憎、ペンギンでね。フリッパーではチョークも握ることができない」
「ペンギンさん用のマジックハンドみたいな魔道具が欲しいところだね」
「あるのかね!」
足元でバタバタとフリッパーを上げ下げするペンギンだったが、俺は彼の求めるような魔道具は知らない。
仕方ないなあもう。
「ティモタ」
「とても高価な魔道具になりますが、義手ならあります」
「お、おお。でも義手か」
「はい。手足が人間のような種族用になりますが……」
「ペンギン用はないのかな」
「申し訳ありません。二百年生きておりますが、ペンギンなる種族を見たのは初めてでして」
「人間用の義手を調整すれば何とかなるのかなあ」
「ですが、ペンギン氏は指というものの感覚を持ったことがありません。義手は元々腕があった人が装着するものですから」
「記憶か。それなら、ペンギンさんにもある。でも、超高価なんだよな……」
「それもありますが、専門の職人を探さねばなりません」
そっかあ。
でも、希望がないわけじゃないか。
魔法文明万歳だよ。科学じゃ絶対に無理だ。
「ヨシュアくん、聞いてくれてありがとう。我が身はペンギンだ。そこは仕方あるまい」
「ペンギンさん、顕微鏡だけど、どのようなものにしようか」
「単純なものを作成し、足りなければ改良でどうかね?」
「それで行こう。最低限からはじめた方が早い」
「顕微鏡の仕組みは分かるかね?」
「う、うーん。ちょっとなら」
顕微鏡と言っても電子顕微鏡じゃなく、光学顕微鏡のことでいいんだよな。
小学校の理科で使うようなアレだ。
それなら、だいたい。
……エリーがキラキラした目で両手を胸の前で合わせて待っている。
ティモタもティモタで食い入るような前のめりだし。
「え、ええと。実のところ簡易的な顕微鏡を作るんだったら既にある技術で何とかなる。トーレなら一日で作っちゃうかも」
「さすがトーレさんです!」
「ほら、飛行船に乗った時、俺が持っていた望遠鏡を覚えているか?」
「はい。あの筒状の遠くのものが大きくなる道具です」
エリーが両手を伸ばし、望遠鏡を覗き込む仕草をする。
そんな彼女にクスリと笑いかけ、言葉を続けた。
「トーレとか職人が作業する時に使うルーペも分かるよな?」
「はい。小さなものが大きく見えます」
「望遠鏡を思い浮かべて欲しい。あれは覗き込むところと、反対側にレンズがあるだろ」
「あ。分かりました! ヨシュア様!」
うんうん。
レンズを通してさらにレンズを重ねることで、数倍にも拡大されるんだ。
望遠鏡と顕微鏡は結果こそ逆だけど考え方は似ている。
「ヨシュアくんは実に説明が的確だ。どちらもルーペと同じ中央が膨らんだ凸レンズを使う」
「ええと確か目に近い方が接眼レンズだっけ」
「そうだね。反対側が対物レンズだよ」
ペンギンの補足に俺も含め三人がうんうんと頷く。
エリーと入れ替わるように次に質問を投げかけてきたのはティモタだった。
「二つのレンズを準備し、筒にはめ込めばいいわけですね」
「うん。だけど、レンズとレンズの距離によって拡大率が変わるし、ちゃんと合わせないとぼやけてしまうんだ」
焦点が合わないと、どれだけ高品質なレンズを使っていても見えない。
なので、トーレに細かくレンズとレンズの距離を調整できるような顕微鏡を作ってもらおう。
ネジみたいなつまみを回すことで、上下に動くようなものなら調整しやすい。
「ヨシュアくん。シャーレではなくプレパラートも作ってもらおう。トーレさんの技術なら容易い」
「分かった」
ペンギンは細かいところまで気が付くなあ。
見習いたいが、抜けが多い俺にはなかなか難しい。
ん、エリーが何か言いたそうにうずうずしている様子。
「エリー?」
「プレパラートとはどのようなものなのでしょうか?」
「こう、ガラスの板に爪より薄いガラスの板を被せる器具なんだ」
「それもカガクなのですか?」
「科学というにはちょっと戸惑われるな。ほら、小さいものを拡大していくとさ。僅かでも動いただけで、見えなくなるくらい動くだろ」
「固定するために、なのですね。ですから、上からもガラスを被せて些細な風でも動かないように」
「そそ。エリーはとても理解が早いな」
よおしよおしとつい子供にやるみたいに頭をなでなでしようと手を伸ばしてしまう。
途中でハッとなり手を引っ込めたけどね。
危ない危ない。セコイアならともかく、エリーやシャルロッテにそんなことをしようものなら、嫌がられるって。
「では、ヨシュアくん。顕微鏡の全体図をトーレさんに伝えてもらえるか?」
「あ……」
ペンギンの申し出にタラリと額から冷や汗が流れ落ちた。




