186.魔力の奔流
「なるほどな。こいつあ、セコイアの嬢ちゃん以外はちいとばかしやばいな」
バルトロも魔力を感知できたのか、口端をあげ目を細める。
「何が起こっているんだ?」
「見てのお楽しみと言いてえところだが」
バルトロが俺の座る背もたれに手をやり、耳元で囁くように言った。
「魔力だ。魔力の奔流が集まってやがる」
「それって、『魔力溜まり』みたいなやつだよな」
「その通りだぜ。ヨシュア様。魔力の流れが変わり、モンスターが動いたりしていたあれに『似ている』」
「うん、魔力溜まりのことはセコイアかその辺から聞いたよ」
確か、辺境の南だったか? にも魔力溜まりがあって、魔力溜まりの場所が変わるからとかでモンスターが移動しているやらなんとか。
モンスターが街に来たら困る、ということでバルトロら元熟練の冒険者が討伐したって聞いた。
どんなモンスターがいたかまでは知らないけどね……。軽く討伐したって言っていたから、猛獣の群れみたいなもんだったのかも。
猛獣かあ……俺だとマシンガンをぶっ放すとかしない限りは、お近づきになるのも苦しい。
冒険者ってすごいよな。肉弾戦で猛獣を倒すんだから。
「公国東北部の魔力溜まりを求めて、魔力大好きモンスター御一行がゾロゾロと集まってきてるってことかな」
「こいつが魔力溜まりだったら、ヨシュア様の言う通りだ。この先は実際に見てみねえと分からねえ」
背もたれから手を離したバルトロは、お手上げだとばかりに肩をすくめおどけてみせた。
「……いっぱい。いるよ」
「まだモンスターが続々と集まっているとしたら、モンスターの経路からも避難させないといけなくなるな」
アルルの呟きに続くような形で言葉を重ねる。
一方でセコイアは可愛い牙を出しううむと唸り声をあげていた。
「それだけじゃとよいのだがの」
「ふ、不吉なことを」
「よいか。彼の地は……むぐう」
「す、すまん。その前にさっき言ってた魔法とやらは完了したのか?」
「もうとっくに終わっとるわい」
「きゃー! 素敵。さすが大魔法使い!」
「見事な棒読みじゃな……」
じとっとした目で見つめられても困っちゃう。
セコイアのことだから心配ないと思ったけど、わざわざ彼女が魔法をかけると言っていた。命に関わるものだろうから、念には念をだ、よ。
「して、セコイアくん」
「宗次郎の真似をしてもキミには威厳もへったくれもないのお」
「ぺ、ペンギンに負けるとは……」
「中身の差じゃな。宗次郎はああ見えて老成しておる」
「まあそうだけど。そこに異論はない」
脱線しまくっていたが、やれやれと息をついたセコイアが口を開く。
「魔力溜まりとは、他の地域より魔力の密度が高いところになる」
「うん。そうだな。俺とペンギンさんに分かりやすく例えるなら、水深と言い換えたらどうだ?」
「水の深さで表現するのかの。なるほど、言い得て妙じゃ」
「通常が陸地として、魔力溜まりは一メートルくらいの水たまりってところかな」
「もう少しかのお。五メートルくらいの池かの」
「ふむふむ」
「ところが、ボクらが向かっている公国東北部は深さ500メートルを超える大きな湖じゃ」
「そ、そいつは……」
思った以上に危険だな……。
水深5メートルなら沈んたとしても息ができないことを除けば、人体に殆ど影響を及ぼさない。
ところが、500メートルになると10メートルでプラス1気圧だから……50気圧だぞ! 体にかかる負荷が50倍になる。
うん、セコイアの魔法で護ってもらわないとみんなは分からないけど、俺はぺしゃんこになるね。うん。
「セコイアくん、水圧……ではなく魔力圧とでもしようか。魔力の場合は水のように深く潜るほど圧力が高まるのかい?」
「少し異なるのお。魔力はカガクの言葉じゃと、圧縮じゃったか? ぎゅっと凝縮される。圧力の高い部分と薄い部分があり、外側に行くほど段階的に薄くなる」
「ふむふむ。面白い性質だね。セコイアくんの湖という表現からするに、中心地となる領域も広いのかな」
「そうじゃの。中心地は領都ザイフリーデンだけでは足りず、その周辺まで飲み込んでおる」
「そこから層を成して薄くなっていっているということだね。高さはどうだろう?」
「高度があがると、同じく層を成して薄くなるのお。地上の方が広がりが大きく、上空はそこまで高くはない」
「観察するにはある程度高度を落とさなければならない。そこで、君の魔法の出番というわけか」
「うむ。しかし、安全性を考慮し高度200メートル……いや250メートルくらいに。中心地から離れた場所までに留めるでどうじゃ?」
ペンギンとセコイアだけじゃなく、バルトロとガルーガまで一斉に俺の方へ目線を動かす。
うーん。
「望遠鏡もあるし、300メートルからにしよう。その分、広範囲に調査を行おうか」
「何が起こっているのか、全体を把握するということじゃな」
「うん。調査ならまずはそこからかなと。詳細な調査が必要なら準備を整え、再度実施しよう」
「再調査ならば、キミと宗次郎、魔力的なものからガルーガも待機かの。場合によってはボク一人でもいい」
「中心地は対策を練ってからだな。セコイア一人に行かせるなんて危ないことはさせたくない」
「ボクを何だと……いや、ヨシュアはボクを心配してくれているのじゃな。愛いやつめ」
膝の上から顔を伸ばし頬を擦り付けてきたセコイアの頬っぺたをつかみ、むぎゅーっと伸ばしてみる。
そこで涙目になられて狐耳をしゅんとさせられると、俺が悪い事をしている気になってしまうじゃないか。
仕方なく手を離したら、にやーっとされた。
だ、騙したな。この僕を。
「ガルーガ、バルトロ、操舵を頼んでいいか?」
「おう」
代表してバルトロが親指を立て片目をパチリとつぶる。
「そろそろじゃぞ」
「分かった。アルル」
「はい!」
しゅたっとアルルが俺に双眼鏡を手渡してくれた。
膝の上にセコイアが乗っているから動けないんだよな。振り払うこともできるけど、魔法を使うために彼女を動かせないし。
いや別に、本気で俺の膝の上じゃないとセコイアが魔法を使えないとは思っていない。
彼女のやりやすい場所で魔法を使ってもらった方が、いいかと思ってのことだ。
上を向かれると鼻先を狐耳が掠めてむずむずしたりするけど、それくらい何てことないさ。




