183.変なのが来た
すっかり夜がふけてしまいましたが、魔道具なら魔力密度5の俺でも動かすことができる。
シャルロッテに毛布をかけながら小さな声で「おやすみ」と言ってから、やってきたのは風呂であった。
重ね重ねになるが、魔力が僅かでもあれば魔道具は動く。魔道具は電池可動式の製品みたいなもので、魔石を動力源にしている。
使用者はスイッチのオンオフを行って魔道具を稼働させるのだ。電化製品と違ってこのスイッチは魔力的なものとなっている。
単純にボタンをぽちんとしただけでは動かない。
コツ?
特に必要ない。「えいりゃー」とやればスイッチが入る。ペンギンだってできるのだから、公国で生まれ育った俺にできないわけがないのだ!
……魔道具で力説してしまったが、俺一人でもお湯を入れることができるということを言いたかった。
よっし、準備完了。酔いも覚めてしまったので暖まろう。
やはりと言いますか、できれば毎日風呂には入りたいものだからな。
しかし、どうせ誰もいないだろと脱衣所のドアを開けっ放しにしていたのがいけなかった。
「ヨ、ヨシュア様! 見てません、私、見てませんから」
「ヨシュア様、今からお風呂?」
なんとエリーとアルルに遭遇してしまった。
すっぽんぽんな俺と。
無言でタオルを手に取る。そのままタオルで腰回りだけを隠しながら、二人に問いかけた。
「今から風呂に入るの?」
「い、いえ。お掃除をしようと」
「アルルも。ヨシュア様と一緒、いい?」
「アルル! ダメに決まっているでしょ!」
「えー、でも。ヨシュア様はダメって言って……」
と言いつつも脱ごうしたのか服に手をかけたアルルの動きが止まり、猫耳がピクりと動く。
彼女の動きを見たエリーは柔らかな表情を引き締めた。
「何があった?」
「誰か。来てる」
「こんな時間に来客か。危急かもしれない」
「馬車で」
「門の前か」
うーんと顎に指先を当てコテンと首を傾げるアルル。どう説明したらよいのか思案しているのかな?
いずれにしろ馬車がいるのは、門かその付近だろ。
「私、見て参ります」
「待て、エリー」
「お、お、お手、お手を」
「すまん。つい力が入ってしまった」
「い、いえ。羽毛のようにふんわり柔らかです!」
表現の仕方が少しおかしいエリーだったが、行こうとした足を止めてくれた。
流石に女の子一人にお迎えさせるのはよくないだろ。普段から護衛の役目をしているとは言え……。
念のためバルトロかルンベルクを呼びに行ってからお迎えをしようか。
「先に服を着るよ」
「わたし、お手伝いする!」
「大丈夫、大丈夫だから。それ俺の下着ね」
「はい!」
にこーっと下着を手渡されても反応に困る。
まあ、アルルだし、悪気があってやっているわけじゃないか。
これだけ嬉しそうな反応をされると、手伝ってもらおうかなという気になってくるってものだ。
しかし、上着ならともかく下着はやめて……。
着替えている間にルンベルクが出迎えてくれていたようで、門が開けられ馬車が中に入って来る姿が窓から見えた。
夜だから暗くて見え辛いけど、街灯に照らされた馬車の様子から誰が来たのかを察する。
街灯の光のため色こそちゃんと確認できないけど、ゴツゴツした謎の動物の骨で装飾され更に水玉模様という独創的過ぎる馬車だからな……。
一体彼が何用でここに? もし公国中央から使者がくるにしても彼じゃなく、グラヌールとか政治的な動きができる大臣だと思うのだけど。
ともあれ、ルンベルクもあの馬車を一目見て、中に誰が乗っているのか分かったはず。
実は中に別の人が乗っていてお屋敷襲撃……なんてことはまずない。わざわざあんな馬車を奪い取ってここに来るとか、そんな手間暇をかけるくらいなら人手を集めた方が余程有効だ。
彼が馬車を他の者に貸すこともない。借りたくもないし……。
「エリー、アルル。客人を迎える準備を。俺は扉口まで行くよ」
「承知いたしました。執務室になさいますか?」
「そこでいいかな」
そんなこんなで夜遅くに客人が訪れた。
◇◇◇
「ルーデル公。いえ、ヨシュア様。息災でいらっしゃいましたか?」
「まあ、それなりにな」
訪れた客人は巻いた髭を指先で挟み、悪びれた様子もなく変な方向に首を曲げ彼なりの挨拶をする。
真っ黒のコートの下に紫色のシャツ。縦じまの黒と白のズボンにこげ茶色のローファー。
白髪交じりの40代後半の男はどこからどうみても尋常ではなかった。
彼の首の動きに合わせて片眼鏡がズレる。
うん、予想通りだ。この独特過ぎる風貌は一度見たら忘れる人なんていないだろう。
一応これでも領地持ちの伯爵なんだけどな……。領民は彼のことをどう思っているのか聞いてみたい。
「オジュロ伯。一体どうしたんだ? 突然」
「そうでしたそうでした。お願いに来たんでした」
片眼鏡の変人――オジュロ伯に尋ねてみたが、彼は首を直角に曲げ目を光らせる。
怖いってば。
余り接したくない類いの人ではあるが、能力だけは確かなんだ。
他のすべてに目をつぶっても良いほどに。
「まさか。オジュロが綿毛病の対応ができなかったというわけじゃないだろうに」
「綿毛病! 流行り病のことですな。辺境でも発生したのですか?」
「うん。もう収束したけどね。公国もそうだろ?」
「いかにもいかにもです。いかにもなんです。さすがはヨシュア様。吾輩が師と仰ぐお人。病の本質を見抜き、見てもいない公国の様子を正確に把握しておられる。素晴らしい! 素晴らし過ぎますぞおおお!」
ああああああ。耳がキンキンする。
クルトやエイルを通じて公国が綿毛病を克服していたことはそれとなく聞いていたし、オジュロならば全く問題ないと信じていた……いや確信していた。
むしろ、素人な俺たちの方がうまく綿毛病を凌げたことの方が幸運だったと言えよう。
ペンギン、セコイアらみんなの力を合わせて何とか達成した。オジュロならば単独でもうまくやるだろう。
そんな彼に専門スタッフが何人もついているのだから、鬼に金棒である。
両手でふさいだ耳から手を離した時、またしても彼の金切り声があああ。
「ヨシュア様はどのような方法で流行り病を仕留めたのです? きっとファンタアアッスティックなことでしょう!」
「ん。薬を作ることは即断念した。綿毛病の元になる胞子を不活性にすることで後は体調の回復に任せたかな」
「お、おおおおお! そのような方法が! 不活性にする手法が薬以外にもあったのですな! 興味深い、興味深いことですぞ」
「オジュロは特効薬を作ったんだな。さすがだ」
「いえいえいえいえ。医学的アプローチではなく、特性から本質を見抜くとはヨシュア様、やはり我が――」
だああああ。お願いがあってきたんじゃないのか。
ついつい、綿毛病の話に乗ってしまった俺が悪かった。
彼は興奮し始めると、延々と喋るからな。自制が利かない科学者……いや、彼の場合は医学者か。
こういう時は。
「ズズズズ。あああ。おいしい。ありがとう、エリー」
「いえ。よいのですか。伯爵様を」
「いいんだ。そのうち落ち着く。それまで会話にならないからな」
エリーに向け片目をつぶり、暖かいハーブティーを楽しむ俺であった。




